第7話
眠い。
きっと今私は寝ている。目を覚ませばきっと、現実に戻る。夢から覚めて、きちんとした日常が始まる。
目を閉じる。
目を開ける。
景色は変わらない。ぐちゃぐちゃになった肉片がそこら中に飛び散っていて、それを彩るように赤い液体が不思議な模様を作っていた。だが、これは現実な訳がない。いや、現実であってはいけない。
自分のスマホが鳴り響く。なんてリアルな夢なのだろう。音も鮮明に聞こえるが、これは夢だ。無視して構わない。
コトン
目の前に何かが落ちてきた。それは自分のスマホ。誘うように、聞こえてくる音を無視しようとするが、指をすり抜けて音が直接耳の中に入り込んでくる。やめろ。大声で叫んだが音は聞こえ続ける。
【メールが一通届きました】
そんな無機質な声が聞こえてきた。何故?何処から?しかし答えはわからず、いくら耳を強く押さえても、その音は無遠慮に自分の中に入ってくる。
【ブレイカーとセイバーが戦いセイバーが死にブレイカーが勝ちました】
嘘だ。夢だ。夢なら速く覚めてくれ。願い、鼓動が早くなる。ドクン。脈打つ心臓は、まるで世界を揺らしているのかと思うほどの大きく。そして、激しく。
【セイバーは死にました】
【セイバーは死にました】
【貴方のせいで】
【セイバーは死にました】
違う。彼女はまだ生きている。こんな幻聴に惑わされてはいけない。さぁ、夢よ覚めろ。もういいだろう。
【セイバーは死にました】
覚めろ
【セイバーは死にました】
覚めろ
【セイバーは死にました】
お願いだから、覚めて。
【セイバーは死にました】
覚めてください。
【セイバーは死にました】
許してください。
【いいや、許しませんわ……貴方は悪役の私に殺されるまで、許されませんのよ」
◇◇◇◇◇
「あぁああああぁあぁああぁあっ!!!」
布団を蹴飛ばしながら、少女は目を覚ます。激しく肩で息をして、額に浮かんだ大粒の汗を右手で拭う。
彼女の名前は大林幸という。ただの中学生であったが、今は違う。彼女は魔法少女である。
だが、魔法少女といってもキラキラとしているものじゃなく、どちらかといえばドロドロと、血で血で洗う争いのような世界であった。
「……」
幸はゆっくりと自分のスマホに届いてるメールを確認する。その中の一つ。脱落者のお知らせというのを見つけて、すぐさまスマホを壁に向かって投げつける。
「……きな子ちゃん……」
幸はもうこの世にいない少女の名前をポツリとつぶやいた。きな子。彼女は、幸の親友であり、幸を守る騎士。だが、彼女の剣はもう折れてしまった。
なんでこんなことになったのだろう。自分に質問をぶつけるが、答えは一つも返ってこない。運命と言って片付けれたらどんなに楽か。
幸は布団の中に潜り込む。そして、目を瞑り小さく丸くなっていく。
そんな彼女の耳に、スマホの通知音が問答無用で入り込んでくる。無視しようと思ったが、音はかなり大きく無視はできない。ごそごそと這い出て、幸はスマホを手に取った。
「……アンダーワールドに化け物が現れた。直ちに退治しなければ不幸が起きる……」
そう本文を読んでも、幸は動く気になれなかった。いつもそばにいてくれた、動く動機になってくれる存在がもう、いないから。
「……明日、お母さんのお見舞いに行こう……」
そう言って幸は深い眠りにつく。目を覚ましたとき、あの子がまた私に笑いかけてくれると、少しだけ期待しながら。
◇◇◇◇◇
「しーねしーね、しねしね〜♪んー。いつ歌っても変な曲ですわね」
どこかの森の中で黒いコートのようなものを着た魔法少女。ブレイカーがそう呟く。よく見ると彼女の頭の上には学帽のようなものがポツンと置いてあった。
はっきりいって似合わないが、彼女はその学帽を嬉しそうにペタペタと触る。青い学帽が少しだけ血が付いていて、ひどく濁っていた。それでも彼女は満足そうだ。が、突然ブレイカーはその手を止めて冷たい口調でしゃべりだす。
「……で?そこにいるのはわかってるんですわよ?こそこそしなくてこちらに来てはいかが?」
そう言うが、それの返事に帰ってきたのは一本の矢。それをブレイカーは後ろを振り向かずに掴み折る。そして、その矢を後方に投げ飛ばした。
「……ヒット♡」
その声と共に、誰かが木の上から落ちてくる。ブレイカーはそれを見に行くと、そこには肩に深く矢が刺さったエルフ耳の少女。アーチャーの姿があった。
「あんた、なんであの距離から当てられるのよ……頭おかしいわよ」
「褒め言葉として受け取ります。さて、何しにきたのか。と言う質問に答えてもらっても……?」
「簡単よ。一番になるためには、待ってるだけじゃ奪われるって気付かされたからね。一番目に人を殺したあんたを殺しにきた。それだけよ」
「勇気と無謀は違いますわ。逃げないならぶち殺します」
「逃げたら?」
「ぶち殺しますわ」
そう言ってブレイカーは右手を地面につけるモーションを繰り出した。それを見た瞬間、アーチャーは一気に駆け出してブレイカーの喉に矢を突きつける。
「ここで発動したら、あんたも潰れちゃうんじゃない?やめたほうが身のためよ」
「そうですわね。確かに貴方に発動したら、私も潰れてしまう」
クスクスと笑いだしたブレイカーを見て、少しだけアーチャーはぞっとする。しかしすぐに自分に動揺するなと言い聞かせる。
その時ふと気づいた。ブレイカーが右手を地面につけていて、アーチャーは何をやってるのかと問いただそうとした。だが、突然後ろから聞こえてくる音に判断が遅れた。
バッと後ろを振り向くと、巨大な木がブルブルと震えていた。そして、バキッと音が聞こえて木がアーチャーに向かって倒れてきた。
アーチャーは転がるようにそこから逃げ出し、先ほどまでいたところに弓を構える。だが、そこにはもう誰もいなかった。
「まさか、重力操作の場所は結構任意で決めれるってわけ……?まぁ。そんな力があっても私は一番になれるけど……」
そういいながらアーチャーは弓を構えつつゆっくりとその森から出て行く。どこかにブレイカーがいるのかもしれないと考えると、辺りを見渡す動きも早くなる。
「……なにこの気持ち。恐れてるの?私が?……笹本家の人間は動揺しない。そして目指す場所は一番のみ……」
そういいながら、時間をかけつつアーチャーは弓を直す。そして、走りそこから出て行った。
◇◇◇◇
「……は?」
病院の受付の前で幸は間が抜けた声を出した。受付に立っているナースは幸の耳に口を近づけてボソボソと言葉を流す。
「ですから……貴方のお母様は昨日の夜から姿が見えないのです」
「なっ……なにそれ……」
「わかりません……全く、やめてほしいわ」
そういうナースは幸の母のだが、幸の頭は警察に通報などと行った当たり前のことを思いつくことはできず、ただベンチに座り込むことしかできなかった。
すると突然幸のスマホが鳴り響く。慌ててスマホを開くと、そこにはメールが一通届いていた。
何かと思うとそれは、アンダーワールドに怪物が現れたという知らせであり、幸は無視を決め込もうとするが、その時ふとあることを思い出した。
「……不幸が起きる……もしかして、この事?」
幸は戦いを捨てようと考えた。しかし、それは許されない行為らしい。戦わないを選択すれば大切な人がアンダーワールドにつれていかれる。
じゃあ、母はアンダーワールドにいるという事なのだろうか。じゃあ。次もし戦わなかったら……?
「なんなの、これ……行くしかないって、こと……?」
幸は吐き気を堪えつつゆっくりと立ち上がる。そして、近くの物陰に隠れてスマホを操作しアプリを起動させる。彼女の姿が消えた後、その場には吐瀉物が落ちていた。
◇◇◇◇◇
【ーーー魔法少女システム『シンガー』起動しますーーー】
◇◇◇◇◇
アンダーワールドに降りた幸は、大急ぎであたりを走り回った。きっとどこかに母がいるはず。だから早く見つけて早く帰りたい。
そんなことを考えていて周りが見えてなく、ドンッと何かにぶつかる。まさか、怪物かと思ったが、よく見たら違かった。
右腕と左腕をサイボーグのようにして、そしてマフラーにジャージという安っぽいヒーローのコスプレみたいな少女。彼女はファイターだ。
「シンガーさん……大丈夫ですか?セイバーさんのことですが……」
「それは……えっと、あの……ごめん……あまり言いたくない……」
「そうですか……ところで、何か探してるんですか?さっきから辺りを きょろきょろと見回してましたが……」
「えっとえっと……お母さんが、お母さんが……!!」
「落ち着いてください。お母さんが、どうしました?」
年下であるファイターになだめられながら、幸はゆっくりと口を開ける。泣きそうになるのは堪えて、それでも涙はこぼれた。
「……わかりました。 私も、協力します。それと……よろしければ、同盟を結びませんか?」
「ど、同盟?」
「はい。今のシンガーさんは他の魔法少女から見たら絶好の餌です。だから、私と組みましょう。悪い話じゃないと思います」
「……わかった。ありがとう、ファイターちゃん」
そう言ってファイターに向かって幸は手を差し出す。ファイターはその手を握り、強く頷いた。
私より若いのに、なんて強い芯を持っているのか。これも叶えたい願いのためなのか。だとしたら、どんな願いなのだろう。
怖くてそれは聞けない。そして、途端に彼女も恐ろしく見えてきた。彼女は今、何を考えているのだろう。
「行きましょう、 手遅れになる前に」
そう言ってファイターは走り出した。幸は、一瞬遅れて彼女を追いかけていく。
この世界。化け物に襲われたら、魔法少女はともかく人間は死んでしまうだろう。だから、早く見つけないといけない。
「どこに……!!」
幸も必死に探しているが、それと同じ以上にファイターも幸の 母親を探していた。その時の表情などを見るに、演技とは思えない。
そういえば、彼女の家族構成などは何一つわからない。聞いたら答えてくれるだろうか。そう考えていたら、ファイターが突然幸を呼び止めた。
「あそこ、化け物がいます……気をつけた方が」
「ちょっとまって……」
幸はジッと目を こらして見た。そこにいたのは化け物とは別に一つの影が見えた。それは、病院服を着ていて、怯えた顔をしていた。
「……っ!!あそこにいるっ!!」
そこに倒れていたのは、幸の母親だ。逃げようとしていたが、体がうまく動かないらしく、這うようにして移動していた。そんな彼女を化け物はニヤニヤとした顔で母親を追いかけていた。
「お、お願いファイターちゃん!!」
「わかりました……失わせませんっ!!」
ファイターは自分の両頬を強くはたき、走り出す。そして、化け物に向かって拳を振り下ろした。
ゴンっと音がなり化け物は大きく飛ばされる。だが、そこまで強いダメージを与えてはいないらしく、化け物はファイターに飛びかかる。だが、ファイターは化け物の飛んでくる勢いを利用して、後ろに投げ飛ばした。
起き上がる化け物に向かい、ファイターは化け物の顔を蹴り飛ばす。そして、足を強く踏みしめて、大きく飛びかかとを脳天に落とす。
化け物は地面に落ちて、そして動かなくなる。 その間に幸は母親に駆け寄った。
母親は目をパチクリさせて今何が起こっているかわからないというような態度を取っていた。だが、説明する暇はない。
幸はファイターに声をかけて、一緒に母親を担いで歩き出した。後ろから化け物の呻き声が聞こえるが、それは聞かないふりをした。
「あの、貴女達は……それにあの化け物……何かの撮影とかですか……?」
「ごめんなさいっ説明してる暇はないの……急いでここから抜け出しましょう!」
「とりあえず安全なところに行きましょう。そこじゃないと変身を解くことができません」
ファイターの言葉に幸はコクリと頷いた。ここから出るには、一度変身 を解除しなけれならない。だから、帰る時が一番危険なのだ。
他の魔法少女に狙われないところ。基本的には建物の陰に隠れてこそこそと帰らないといけない。
暫く走ると、丁度いい大きさの建物を発見した。そこにいけばおそらくは安全に帰れるだろう。幸はホッと安心したように息を吐いた。
「……えっとあの……」
「説明は後……というか、してもわからないかと。とにかく帰りましょう……あ、あの、ファイターちゃん」
「……わかりました。ジンガーさんは、そこで見張りをお願いします」
そう言って、ファイターは幸の母の手を引き、建物の陰に入っていく。それを見送ったら幸は、 門番のようにその場に立った。とは言っても、戦闘力は全くと言っていいほどないのだが。
その時だった。何かの足音が聞こえて来た。化け物かと思って、幸は手に持っているマイクを握る力を強くする。しかし、そこにいたのは化け物じゃなかった。
「貴女……誰?」
そこにいたのは黒いフードを被った 人間。魔法少女の誰かだとは思うが、全く誰かわからない。しかし、幸は彼女が持っているモノをみて、顔をひきつらせる。
「それ……や、槍……もしかして、貴女が……!!」
「………………」
「な、何か言ったらどう……?貴女が、ランサーさんを殺したの?」
だが、目の前の少女は何も答えずに、 ただ槍を構える。幸は、その槍の先をみて、恐怖で後ろに一歩下がってしまう。いつの間にか、マイクが手から落ちていた。
「や、やめて……誰ですか?ガンナーさん?ガードナーさん?アーチャーさん……?ま、まさか……」
最後の名前は言えなかった。グッと奥歯を噛み締めていた幸に対しての返答は、 ただ一歩進むだけであった。けれど、それだけで幸の心にヒビを入れるのは充分であった。
ドスン。尻餅をついて幸は倒れる。そして、逃げるように這って移動するが、槍を持つ少女はそれを逃がさないというように、更に一歩踏み込んだ。
そして、幸の目の前に一瞬で移動して、手に持っている槍を 振り下ろす。幸は転がるようにして避けるが、軽くかすってしまい、血が飛び散る。
幸は慌てて立ち上がるが、それをみた槍を持つ少女は幸の右肩に向かって槍を突き刺した。ブチリと音がして、右肩が貫かれた。
「んーーーーっ!!」
声にならない叫び声をあげて、幸は倒れこむ。右肩を手で押さえて、 涙を流して赤く染まる手を見つめていた。しかし、それで終わるわけがない。
槍を持つ少女は、幸の首に槍をくっつけた。ひやりとした感触が、幸の体に広がっていき、ブルリと恐怖で震えていく。私も、死ぬのか。
怖い。けれど、体は動かなくて死が来るのをただ待つしかなかった。それがわかっているのか、 槍を持っている少女は、直ぐに槍を振り下ろした。
ザンッ
斬れる音。自分の首が斬り落とされたのかと思ったが、音が聞こえるということは、まだ生きてるということか。
涙で濡れた瞼を擦り、目を開けるとそこには幼女がいた。小学生が着てそうなごちゃごちゃとした模様が書いてあるシャツと、 スカートに黒いストッキングを履いていた。
しかし、そんな幼女見たことがない。幸は、頭にハテナを浮かべながら、その幼女に声をかける。
「えっと……」
「私です。ファイターです。貴女のお母さんを元の世界に返してたので、今はまぁ……いつもの格好です」
そう言ってその幼女はアプリを起動して、姿を変える。そこにはいつものファイターの姿があった。
「何してるんですか、シンガーさん。というかあの人は……いや、今は逃げますよ」
「で、でも……体が動かなくて……」
「……仕方ない。私の手を握ってください……そうそう。怖くないです。じゃ、行きますよ」
そう言って、ファイターは 機械に変えている右足を強く踏みしめた。地面にヒビがはいり、右足が光りだす。
「ギガ・ブレイクッ!!」
そう言って右足で強く飛び出した。そして、槍を持つ少女とは逆の方に走って行く。それを見ていた、少女は無表情に遠ざかって行く二人を見た後、どこかに姿を消したのだった。
◇◇◇◇◇
ドォン!!!!
黒いフードを着た槍を持っている少女が見えなくなった時、ファイターは思い切り地面を殴った。大きな爆発音とともに、あたりに破片が散らばる。
幸はペタンと地面に座り込んみファイターを見ていた。視線に気づいたファイターはこほんと咳をして、口を開ける。
「私の必殺技は、 敵との間合いを詰めて殴りぬける。そんな技ですが、今回は逃げるために使いました」
ファイターは腰に手を当てて少しだけ得意げな顔をする。けれど、幸はそれ以上必殺技には触れずに、話題を変えた。
「……あの……なんで私を助けたの……?」
幸の疑問。同盟を組んだからといえばそれだけだが、 もともとソロで活動していたファイターが身を呈して幸を守る理由がいまいち思いつかない。
その事を聞くと、ファイターは奥歯を噛みしめる。そして、少し息を吸ってから、言葉をこぼし始めた。
「残された方の気持ちは、わかるんです。もし貴女が死んだら、貴女のお母様が傷つく。それに、私も。 ですから助けました」
「……ありがとう」
何故礼の言葉が少しだけ遅れて口から出て来るのだろう。幸はわかっていた。だけど、何も言おうとは思わなかった。
「……もしよろしければ、今度オフで会いませんか?荒川京子について、聞きたいこともありますし」
「荒川、京子……」
幸はその名前を 口の中で何度も繰り返す。その様子を見て、ファイターはゆっくりと幸の手を握った。
「大丈夫。二人で勝ち残りましょう……そしたら、セイバーさんにも会えますよ」
「きな子ちゃんに……?」
「きな子……はい。生き残りの特権。願いを一つだけ叶えてもらう……それさえ使えば、きな子さんは生き返り ます。ですから、生きましょう」
希望が見えたような気がした。それはきっと針の穴のように小さな希望なのかもしれないが、幸にとっては、大きすぎるものだった。
涙がまた流れてきた。それ程までに、彼女に勇気と戦う力。そして、喜びを与えてくれた。
ぐしぐしと涙をぬぐい、小さく笑う。そして、 幸はファイターに「ありがとう」と言って、抱きついた。ファイターは驚いたような顔をしていたが、すぐに幸の背中に手を回した。
幸は流れる涙が止まって行くのを感じながら、ゆっくりと口を開け、ファイターにこう言ったのであった。
【第7話 必ず二人とも生き残ろうね】
【メールが1通届きました】
【ファイターです。シンガーさん、明日○○通りにある、誰もいない教会に来てください。そこで待ち合わせしましょう】