第6話
どこかの公園で、二人の少女が一つのスマホに届いているメールをじっと見ていた。内容は簡単であり、それをやるのも簡単だ。しかし、問題が一つある。
一人の少女。白い髪をポニーテールにまとめた少女がメールの本文を音読する。それを聞いていたピンクの髪の少女は「えっと」と前置きして口を開けた。
「本当に会いに行くのきな子ちゃん」
「うん……幸ちゃんだって会いに行きたいよね。もしかしたら、何か突破口が開かれるかも……」
幸と呼ばれた少女は少しだけ不安そうな顔を見せる。メールの内容はただ会いたいというだけであったが、その会いたいという相手が問題だ。
ブレイカー。『幸達と同じ』魔法少女。そんな彼女が会いたいと言っている。平和的に終わればいいのだが、なぜか幸は悪い予感しかしなかった。
そんな幸を見かねてか、きな子は幸の前に拳を突き出す。それを見た幸はしばらくじっと拳を見つめていた。
「前も言ったけど、私はあなたを守る。それだけは忘れないでね」
「……うん」
信じよう。この狂ってる世界でできることなんて限られているが、せめて目の前の少女は信じ続けよう。
正しくなくてもいい。今は、それでいい。幸なそう考えながら、きな子の言葉に笑顔で返事を返した。
◇◇◇◇◇
「はぁ……」
一人の少女がため息をついていた。視線はパソコンの画面に向けていて、そこは何かの格闘ゲームのタイトルが出ていた。
オンラインのボタンを押し自分のランクを確認する。そこにはナンバーワンの文字が大きく書いていた。
彼女は『木場ミコ』と言った。プロゲーマーではあるが年はまだ13と言ったところだ。中学に入って、すぐにプロゲーマーの仲間入りをして、そして流れるようにトップに立っていた。
満足感はあった。しかし、まだ完璧じゃなかった。一つだけ、まだ一つだけ手にしてないものがあった。
「お姉ちゃん……」
そうポツリと言葉を漏らす。ミコには姉がいたが、諸々の事情でミコの前から姿を消したらしい。らしいというのは、母にそう聞いたからだ。
「僕はお姉ちゃんに会いたい……色々聞きたいことがあるからね」
そう言ってミコはスマホを開く。届いてるメールは大体名は知らない少女である、ガードナーから。そして大体化け物退治の誘いであった。最初は鬱陶しく感じていたが、今はそうでもない。寧ろ楽しみにしてる自分がいる。
そのことに気づいてミコは苦笑する。メールを一つ一つ確認する。化け物退治の内容は変わらないが、それを伝える文は全部違うので、読んでいて飽きない。
暇つぶしにはもってこい。しかし、化け物退治は暇つぶしにしてはいけないことはわかってはいた。でも、ガードナーと話すのは楽しい。
しかし最近、ガードナーに元気がないようにみえた。理由はわかっている。だからどうにかして元気つけてやりたいとは思っていた。
幸いにしてお金だけは余裕がある。母と父に渡してはいるが、それは全体の2割程度。それでもこれが10割と言っても信じてもらえれるほどの大金であった。
「……そういえばガードナーの好きなものとか一切知らないなぁ」
そう考えていたら、ガードナーからメールが届いた。内容はやはり化け物退治の誘いであり、時間が遅いことを詫びていた。
気づけばもう23時になりそうで、どんだけゲームに熱中していたのかと自分で自分を笑ってみる。
そしてガードナーの誘いはいつものように小馬鹿にしつつも、きちんとオーケーの返事を返した。そしてそのままスマホのアプリをタップして彼女の姿は消えていた。
彼女が消えた後、ゲームの画面に「ニューチャレンジャー!」と大きな文字が出てきたが、それに答える人間はここにはいなかった。
◇◇◇◇◇
【ーーー魔法少女システム『セイバー』起動しますーーー】
【ーーー魔法少女システム『シンガー』起動しますーーー】
◇◇◇◇◇
きな子と幸。二人が地面に降り立って、時刻を確認してみる。集合時間は23時で今は22時50分。だけども、もうその場にはまっている人物が立っていた。
「あ、ブレイカーさん……こんばんは」
「あらあら。セイバーさんたち……きちんときてくれたんですね!私、とっても嬉しいですわ」
ブレイカーはそういってきな子と幸の手を握り上下に激しく振る。ここまで歓迎されるとは思ってなかった二人は顔を見合わせて苦笑いをした。
しばらくすると満足したのか、ブレイカーはこほんと小さく咳をして、二人の顔見た。ブレイカーの顔はいつものようにニコニコとしていたが、それがかえって恐ろしかった。
「あ、あの……ガードナーさんたちは無事なんですか?襲われたって言ってましたけど……」
幸がそう聞くと、ブレイカーは途端に悲しそうな顔をして自分の目を手で押さえて地面にうずくまる。そして、小さく声を漏らした。
「ええ。ガードナーさんたちはとっても悪役な人に殺されかけましたわ……名前は……『荒川京子』」
ブレイカーの口から飛び出してきて名前を聞いて、きな子たちの体に緊張が走る。確かファイターが探している『殺人犯』まさか、この殺し合いに参加しているとは。
いったい誰が荒川京子なのか。そのことをブレイカーに尋ねると、彼女は少しだけ嬉しそうな顔をしたように見えた。気のせいかと考えていたら、彼女が口を開ける。
「そんなことより、ランサーさんを殺したのはセイバーさんですか?」
「……は?」
突然の質問。それに対してきな子はたった一文字だけしか返せず、すぐに慌てて言いなおす。
「違いますよ。確かに、私の剣ならランサーさんの首をき、斬り落とすこともできますけど……私は殺してません」
「そうです。その日は私たちは一緒に居たし、途中でガードナーさんたちに会いました。だから殺す余裕なんて……」
「本当にそうですかね?」
ブレイカーが突然そう言ってにこりと笑う。ちらりと彼女が時計を確認して、今が22時56分であることを二人に伝えた。
「……私も実はランサーさんの死体を見に行ったんですよ。その時、不思議だなと思ったことがありました……彼女、殺されたにしては『辺りが全然汚れてない』のです。むしろ綺麗すぎるくらい……」
そう言ってブレイカーは武器であるハンマーのトゲで自分の指先を少しだけ傷を入れる。するとそこからたらりと赤い血が流れて地面に落ちていった。
「私達魔法少女でも……血は赤い。しかし、ランサーさんは首を切られたにしては、血が一つも流れてない……これはいったいなんなんでしょうかね?」
そう言ってブレイカーは小さく笑う。その笑顔はまるで子供のように無邪気にみえたが、どこか暗いところがあるようにみえてゾッとする。
そんな時、ブレイカーのスマホからアラーム音が鳴り響く。どうやら23時になったらしく、彼女はまた小さく笑ってアラームの音を消した。
「さて。そろそろ始めましょうか」
何を始めるのか?ときな子が聞こうとした瞬間だった。ブレイカーの武器であるトゲ付きの鉄球が眼前に飛んでくる。きな子は慌てて後ろに飛びのき、剣を構える。
「な、なにを……」
「なにをって……殺し合いですわ。あなたたちが死ぬか、私が死ぬか。それだけの簡単なことですのよ」
そう言ってブレイカーは鉄球を振り回す。きな子の横に立った幸はきな子の方を向き逃げようと目で訴えてくる。それはきな子も同意したい。
けれど逃げてはいけない。なぜなら、きな子は歌姫を守る騎士とならなければならないから。ここで逃げては、自分は騎士にはなれない。
スッ……と足を後ろにずらして、きな子は剣を構える。その様子を見た幸は驚いたような声を上げて、きな子に逃げようと。今度は口から出して伝えた。
「シンガーは逃げて。私は戦う……どちらにせよ、あいつはここで倒さないと、もっと大変な目になる」
「……わかった。セイバーがそう言うなら、私も戦うよ。歌であなたに力を、与えます」
幸はそう言って小声で歌を歌い始めた。それは、きな子の心に余裕と勇気。そして闘志が湧いて来て、自然と剣を握る力が強くなる。
「歌姫とそれを守る騎士……そしてあなたたちと戦う私……あぁ。なんと悪役らしいのでしょう!素晴らしすぎて、お恥ずかしながら興奮して来ましたわ……」
そう言ってブレイカーはモジモジと体を動かす。今から殺しあうと言うのに彼女からはまるで好きな異性に告白するような空気すら感じられて、きな子は動揺する。
その時だ。ブレイカーは突然右手を地面に思い切り叩きつけた。するとどうだ。きな子の体はそれと同時に何かに押しつぶされるようにがくんと揺れて地面に倒れる。
「な、なにをした……!!」
「私の必殺技。『グラビティ・ハンマー』って言うらしいですわ。重力で押しつぶすだけの技……とは言っても」
そう言うと同時に、ブレイカーは後ろに飛ぶ。そこには幸がいて、彼女が非力ながらも拳を振り下ろしていた。
「これを使ってる間は動けないんです。1日に使える回数も5回しかなくて……後4回ですわ」
そういいブレイカーはくすくす笑う。おそらく彼女の技を数秒も食らったら体は完全に潰れてしまう。攻撃範囲が狭く、発動中は動けないのが救いか。
きな子の幸は二人で顔を見合わせて、頷き合う。そして、きな子は右に。幸は左からブレイカーの方に走っていく。
「成る程。確かにそれなら私の必殺技を避けながら近づけますわね。でも残念。私にはこんなのがありまして」
ブレイカーはそう言って手に持っているトゲ付きの鉄球を振り回す。ブンブンと風を切りながら、それはブレイカーの頭上をまわる。
それを見て二人は足を止めた。その一瞬を見逃すほどブレイカーは甘くはなく。すぐに幸の方に鉄球を投げ飛ばす。ゴギリと音が聞こえたかと思うと、幸は口から血を吐きながら、後方に大きく吹き飛ばされる。
「シンガーっ!?」
「あら。ちゃんと見てないと危ないですわよ」
ブレイカーの声が聞こえた瞬間、がくんときな子に重力が襲いかかる。それはすぐに解除されるが、突然軽くなった重力に対応できるわけがなく、きな子はバランス感覚を奪われる。
そのタイミングでブレイカーはきな子を蹴り上げる。そしてそのまま川の流れのように自然な勢いで顔面を殴り抜けた。
地面に体を数回打ち付けてようやく勢いが止まる。きな子は口から白い歯と赤い血を吐き出しながら、ふらふらと立ち上がる。
「あらあらまぁまぁ。流石騎士様ですわね」
「なん、で、こんな、こと、を……」
「あら。そういえば自己紹介がまだでした……私、荒川京子と言いますの。よろしくお願いしますね?」
ブレイカーが言った名前を聞き、きな子はハッとする。そして同時に理解した『この人間は今殺すべき相手』だと言う事を。
カチャリと、剣を握る力を自分の意思で強くして、一気に駆け出す。だが、ブレイカーの横を素通りして、きな子は幸のそばに立ち彼女の前に立つ。
震える足。だが、視線はまっすぐとブレイカーの方に向いていた。そこにいるだけで、幸は勇気をもらえて、ゆっくりと立ち上がった。
「セイバー……ありがとう。私はやっぱり、あなたを信じて戦う」
「シンガー……うん。一緒に戦おう」
「うふふふ。素晴らしい愛情!こんなものを壊せるなんて……なんて素晴らしい、あ・く・や・く・♡」
ブレイカーがそう言って目をゆっくりと閉じる。しばしの沈黙の間、聞こえてくるのは風が3人の髪を撫でる音だけであった。
数秒の間をあけて、ブレイカーがたっぷりと時間を空けて目を開き、そしてにこりと笑う。それが、合図になった。
きな子とブレイカーは同時に走り出す。後ろから幸は歌を歌い、きな子の援護を始めた。
「歌姫様の歌を聴けば強くなる……うふふ。それでも私についてこれますか?」
「ついていけるに決まってる……私もシンガーを信じてるから!!」
振るう剣。それをブレイカーはギリギリで避けて、無防備となったきな子の腹部に拳を突き刺す。
きな子は口からつばと血を吐き出すが、それでも目は死んでない。殴られても、きな子は両足でブレイカーの胴をつかみ、そのまま頭突きを繰り出した。頭に痛みは響くが、それでも今回初めてダメージらしいダメージを与えたのはきな子に勢いを与える。
頭突きによる痛みを感じてるうちに、きな子は剣を振り上げる。それはブレイカーの片腕に傷をつけて、そこから鮮血が飛び散った。
「ぐっ……『グラビティ・ハンマー』!!」
「やらせはしない!!」
そう言って突然横から来た幸がブレイカーを押し倒す。ブレイカーの必殺技は、地面を少しだけへこませるだけで無駄うちに終わる。
「こちらも決めていく……!!『我流奥義・火炎斬』!!」
火炎の轟が辺りにこだまする。その音が発生した場所にあるきな子の剣は、巨大な炎に包まれる。全てを燃やし尽くすほどの勢いを持つが、それはたった一人の少女の手の中に収まっていた。
上空に大きく飛び、そのまま勢いをつけてきな子は炎を振り下ろす。ブレイカーは慌てて避けるが、大きく燃える音が聞こえてかと思うと、ブレイカーの片腕が吹き飛んでいた。
「うっぐぬ……『グラビティ・ハンマー』ぬあっ」
ずるりと滑ったブレイカーは、またあらぬ方向に技を発動してしまう。彼女はまだ笑っていたが、片腕を抑えて、そこから流れる血が彼女に与えた痛みを表していた。
これぞ好機ととらえたきな子は勢いに任せて走り出す。そして、ブレイカーの首に剣を振り下ろした。
だがそれは、彼女の首の前でピタリと止まる。そしてきな子は息を吐きながら、彼女から離れた。
「もうこれであなたは死んだ……だから早くどこかに行って」
「あらあら……優しいのですね……ほんと、優しすぎる」
ブレイカーはそう言って鉄球を幸に向かって飛ばす。それに気づいたきな子は剣で弾く。しかし、気づくと目の前からブレイカーの姿が消えていた。
ぐちゃり。そんな音が後ろから聞こえる。慌てて振り向くと、幸の体から腕が一本新しく生えていた。
「優しすぎると、死んでしまいますわよ。この歌姫さんのように……ってあら、まだ息はありますわね」
そう言ってブレイカーは幸の胴体から腕を出した。そしてゴミを扱うように、彼女を遠くに蹴飛ばした。
「さちぃいぃいいぃぃ!!!」
「幸……?まぁいいですわ。片腕を奪った代償は払ってもらいます」
「ざっけるなぁあぁああぁあ!!」
きな子は駆け出す。目の前で大切な。守ると決めた存在が痛めつけられて、黙っていれるほど大人ではない。剣を持ち、目指すはブレイカーの首。
「うふふ『グラビティ・ハンマー』」
その言葉の瞬間、きな子の体に重力が襲いかかる。だが、きな子は倒れるより早く、剣を支えにしてその場にとどまる。
そして、ゆっくりと、一歩ずつブレイカーの方に進んでいく。もう、彼女を止めるものは誰もいない。そのことに気づいているブレイカーはくすくすと笑いながら、チラリと自分のスマホを見る。
「ところで、今何時かわかりますか?」
「なんの、こと……!?」
何か言ってるが、きな子には関係ない。足は止まらない。いや、止めるわけにはいかない。必ずあの悪魔を斬り殺さないと!!
「えーっと……ブレイカーが午前0時くらいをお知らせします」
その言葉の後、ブレイカーは口で「ポッポッポッポーン」と、時報のような音を鳴らした。きな子がその言葉の真意に気づく時には、もう遅かった。
一瞬だけ、きな子の体が軽くなった。だが、それは一瞬だけ。すぐに、きな子の体にまた重力に潰される。そしてそれもすぐに消え、また潰される。
そういえば、キャスターが言っていた。必殺技はログインボーナス。毎日午前0時に回復すると。
「あっ」
きな子はそう言葉を漏らす。そして、4度目のグラビティ・ハンマーを食らって、きな子は地面と体を完全に合わせる。
それと同時に、きな子の剣が折れた。
【メールが一通届きました】
【セイバーとブレイカーが戦い、ブレイカーが勝ち、セイバーが死にました。残りの魔法少女は07人です】
【第6話 午前0時くらいをお知らせします】