第5話
「ここ、かな?」
蝉の合唱とともにきな子がポツリと言葉を漏らす。その声を聞き、幸はコクリと頷いて目の前にあるアパートの一室を指で指した。
そこはお世辞にも綺麗とは言えないアパートで、少しでも大きな地震が来たらすぐに崩壊してしまいそうだ。
「ここにいるんだよね……えっと、御手洗さんが」
「うん。行方不明の娘……御手洗楓さんを探しているおばあさんがいるはずだよ」
そう言いながら幸はチャイムを押す。ピンポーンと音がなり、次にドアを開ける音が聞こえた。
そこにいたのは一人の女性であり、彼女はどちら様ですか?ときな子達に尋ねる。きな子はえっと。と、少し言葉を探しながら口を開けた。
「私達御手洗楓さんの知り合いで……あ、あの。行方不明になったって新聞で見まして、だから、少し力になれないかなって……」
「……楓の?……おばあちゃーん。楓の知り合い来てるけど、どうするー?」
女性がそう声を出すと、老婆の声で「入りなさい」と聞こえてきて、女性は二人を招き入れた。
お邪魔しまーすと言いながら、女性に案内されるがままに歩いて行くと、ベッドの上に横たわっている老婆の姿があった。
「貴方達、楓の知り合いかい?」
「は、はい。キ……楓さんにはよくしてもらってました」
きな子はそう言ってぺこりと頭を下げる。それを見た御手洗は「礼儀正しくしなくていいのよ」と優しく声を投げかけた。
きな子達は御手洗楓の方は知らないが、彼女のもう一つの顔はよく知っている。だからこそ、ここにきて彼女の話を聞こうとしていたのだ。
御手洗楓とは、きな子達にとってはキャスターのことであった。
もしかしたら、キャスターのことを深く知ることができるかもしれない。それによって、少なくとも彼女達はキャスターと楓の両方を記憶することができる。それがきっと彼女の為になると信じていた。
「……楓さんって優しい人ですよね。少し、お金が好きなところがあったような気がしますけど」
「ええ。でもそれはね、私の責任でもあるのよ」
「責任……?」
御手洗の言葉にきな子が思わず聞き返す。彼女は小さく笑って「ええ」とつぶやいて、口を開けた。
「私見た通り上手く歩けなくてね、それの介護費やなんやらでお金がかかるの。介護は、介護士の皐月さんがやってくれるんだけど、楓は何もしない自分が嫌だーって言って、お金だけは払うって言って聞かなかったのよ。それからなのよ。楓がお金を集め始めたのは」
それを聞いたきな子達は少しだけうつむいた。この話を最後まで聞くと、もしかしたら強い後悔に包まれるかもしれない。
けれど、聞かなければ楓とキャスターのことを知る人物はもうこの世には存在しなくなる。そう思うと、楓についての話に二人は耳を傾け続けた。
そんな時ふと、御手洗が思い出したように「そういえば」と一言置いて、口を開けた。
「あの子がいなくなる前、とても儲かるいい仕事を見つけたって言って大喜びで報告してきたわ。その後から音沙汰がないのだけどね……」
儲かる仕事。それはなんなのか。それを聞こうと思ったが皐月という介護士がそろそろ帰って欲しいというオーラを放っていたため、二人は慌てて帰る準備を始める。
帰り始めた二人を見て、御手洗が呼び止めて、ひとついいかと尋ねた。きな子はコクリと頷いて、御手洗の言葉を待つ。
「あの子は……私がいうのも変だけど、周りのことも気遣えるいい子なの。いや、気遣いができすぎる……もし会えたなら、少しは自分の身も考えてって伝えてね?私も伝えるから」
そう言って彼女は弱々しく笑う。きな子達はその顔を見て『本当のこと』を知っているが、それをこの瞬間だけは『嘘のこと』と思い込んだ。
だからきな子達は少しだけゆっくりと口を開けて「はい」と返事を返す。その時、二人は体が奥から震えている感覚にとらわれていた。
失うこと。それを知らないこと。もしかしたら、知らないことの方がいちばんの不幸なのかもしれない。そう一瞬でも考えた二人は逃げるように家から出て行った。
「あの二人……本当に楓ちゃんの知り合いなのでしょうか?」
皐月が二人が出て行った後にそう御手洗に言う。御手洗は少し悩んだ後、口を開けた。
「わからないわ。わからないけど……多分あの子達は、私達の知らない楓の姿を知ってる気がするわ」
◇◇◇◇◇
きな子と幸はトボトボと帰り道を歩いていた。予想より遥か上のダメージを二人は受けてしまっていて、少しだけ後悔していた。
けれど、それ以上に二人は記憶した。楓の、本当の性格を。そして、彼女がなぜ死んだかと言う手がかりも。
稼げる仕事が見つかったと言っていた。それはなんなのか。その事について二人は話し合う。
「稼ぎのいい仕事。かぁ……一体なんなんだろう……」
「わからない……けれど、なんとなくつっかえてるものがあるんだよね」
きな子がそう言うと幸もうんうんと頷いた。つっかえてるもの。それの正体がわかれば、きっとキャスターがなぜあんな目にあったのかがわかるような気がするのだ。
だから思い返す。しかし思い返すたびに、キャスターが死んだその瞬間を全て思い出してしまい、体がガタガタと震え始めた。
目の前で初めて人が死ぬ光景を見た。死んだ人間は一瞬で消えたが、その光景は脳裏には強くこびりついており、落としたくても落ちることはない。
キャスターはあの時条約を破棄した。だから、ランサーに殺された。見せしめとして、あっけないほど簡単に。
「……ねぇ、幸ちゃん。キャスターさんが死ぬ時、なんて言ったか覚えてる……?」
「えっと……た、確か『ちょっ、違う』だったっけ」
「……何が違うのかな」
きな子がそうポツリと呟く。その言葉の意味がわかればきっと真相にたどり着けるとそう信じていた。いや、たどり着かないといけないのだ。
暑い日差しが照りつける中、考え事をしすぎたからか、喉が渇きを訴え始めた。幸はキョロキョロと辺りを見渡し、自販機を見つけてそこに駆け寄る。
悩むことなく幸は一本の炭酸のボタンをピッと押す。それと同時にきな子が短く「あっ」と短い声を上げた。
幸はそのことが気になって、きな子の方に近寄る。きな子は少しだけ青ざめた顔で幸の方を向いて、口を開けた。
「……キャスターさんは、殺されたんじゃない……殺されに『行ったんだ』よ……!」
「えっ、と……そ、それはどう言う……?」
幸の口から出る当然の疑問の声。その言葉を聞いて、きな子は少しだけ悩んでいた。しかし、意を決したように口を開けた。
「正確に言うと、キャスターさんは元から見せしめになる予定だった。でも、多分殺されるほどじゃなくて、軽く痛めつけられる程度だった……」
「で、でも……それってキャスターさんに得ってないような気がする……」
「いや、ある……それ自体が稼げる仕事だったんだよ……そう仮定すると全てがカチッと綺麗につながる……」
きな子がそう言うと幸はつるりと自分の手にあった炭酸を落としてしまう。コロコロと転がっていくそれはやがて道路脇の溝に落ちていった。
それはあくまできな子の推測に過ぎない。しかし、もうそれとしか思えない。キャスターは痛めつけられ行き、そして殺された。そんな無慈悲な現実が答えだった。
そうすると次に二つ気になることができてきた。それはキャスターを殺したランサーについてだ。なぜキャスターを殺す必要があったのか、そして誰がランサーを殺したのか。と言う点だ。
はっきり言ってあんな凶悪な必殺技を使えるランサーと戦おうと考える魔法少女はまずいないし、いたとしてもおそらくランサーの武器を奪って殺すと言う芸当は難しいだろう。
「……もう、わかんないや……」
きな子はそうポツリと呟く。幸も頭を回しても一切そこの答えは出てこなくて、そんな自分が嫌になる。
死んだ魔法少女のことを理解できない。それはとっても辛いことだ。だから、幸は御手洗の前では耐えれた涙が出そうになっているのに気づいた。
ツーっと幸の頬を滑り落ちる涙は、地面に落ちる前にきな子が拭った。そしてそのままきな子は幸の手を握りしめて目をゆっくりと閉じる。
きな子の手は暖かく、幸はなんだか自分の心までもが彼女に暖められてるような気がしてきた。幸はすぐにその握った手を自分の胸までに近づけた。
「……大丈夫。私は貴方にもうこんな思いをさせない。私の剣が折れても、私は貴方を守り続けるよ」
「あり……がとう……」
幸がそう呟くと同時に、彼女たちのスマホが鳴り響きメールが届く。それはアンダーワールドに化け物が現れたと言う内容だった。
幸ときな子は目を合わせてコクリと頷く。そして、二人はスマホのアプリをタップしてアンダーワールドに行く。
その剣で歌姫を守ることを証明するために。
◇◇◇◇◇
大きなビルの一室で一人の少女が椅子に座りながら、数学の問題集を解いていた。彼女の名前は佐々といった。
彼女は何事もトップを目指していた。だから、小学生の今から中学や高校の内容を覚えている。
それが父に期待され、いつかこの世界のトップに君臨する自分が今できることだと、彼女は信じて疑わない。だから今やることをやっている。
そんな時メールが彼女のスマホに届いた。いつもなら勉強中は電源を落としている彼女だが、今回は違う。とても気になることがあるからだ。
そんな彼女に届いたメールにはひとつのビデオが添付されていた。その内容を再生して、佐々はニヤリと笑った。その子供らしくない顔に自分でも少し引きながら、そのビデオの内容をもう一度確認する。
「……やっぱりね。キャスターが死んだのは決まっていたこと……ふふふ。きっとこの真相に最初にたどり着いたのは私ね……」
そう呟くと同時にまたひとつメールが来る。それはアンダーワールドに化け物が出たと言う知らせ。しかし、彼女は興味がないと言うようにそのメールを削除した。
(どうせ、化け物退治なんて他の奴らが勝手にする。私はナンバーワンになる運命にあるのだから、やるべきこと以外はなにもしなくていいの)
そう思いながら、佐々は動画を何度も何度も見返す。とある筋に頼んで入れてくれている字幕はその動画に映ってる少女たちの口の動きからなにを喋ってるか予測したものであり、それを何度も見て彼女は笑う。
この事実を誰かに伝えたらどうなるか。皆が私をナンバーワンだと称えてくれるがしれない。そして、ブレイカーの危険性と、ガードナーたちを助けたこと。その二つを教えればもう自分の地位は『確定』したようなものだ。
さぁどうしてやろうか。まずはブレイカーの処刑。そのあとは自分がトップに立った時の完璧なる統治も考えないといけない。そんな妄想を彼女は繰り返していた。
時間を立つのも忘れて考えた結果、彼女は突然尿意を覚え始める。佐々は少しだけ嫌な顔をしながら、トイレに向かった。
トイレの中ではさすがにその妄想はしなかったが、彼女は少しだけウキウキとしていた。だからふと、父に会い少しだけでもいいから褒められようと考えた。
まだ小学生でありながら、高校レベルの問題を解けると言うのは褒められても問題がないと、ニヤニヤしながら父の部屋の前まで行く。
いざ入ろうとした時、扉が少しだけ開いてるのに気づいた。そこからそっと顔を覗かせると父が誰かと電話してるように見えた。
もしかしたら久しぶりに褒められるかもしれない。そう考えていた佐々だが、誰かと親しそうに話す父を見てスッとその部屋から去ろうとする。
「ーーーあぁ。次の社長はもう決まってる」
突然聞こえてきた父の言葉に、佐々は帰ろうとした足を止めてその言葉に耳を傾ける。聞かなければいけないような気がしてだ。するとまた父は笑いながら、口を開けた。
「佐々?あの子はダメだ……社長にはしない。社長には佐々の姉にやってもらうつもりだ」
その言葉を聞いて、佐々は自分の中の時が止まったような気がした。そしてフラフラと自室に戻って行く。
バタンと扉を閉めて佐々はポスンとベッドの上に体を倒して、初めて体の中から消えて行くやる気というのを感じていた。
姉は、確かに優秀だと聞いていた。しかし、笹が生まれる前に突然家を出て行きそのあと音沙汰がなくなったらしい。そんな姉と聞いていたから、自分がいつかトップになると信じていたのに。
何故。
何故。
何故。
「なんで私はトップになれないのよ……!!」
佐々はそう言って思い切りベッドを殴る。優しい感触が返ってきたが、今彼女が欲しいのはそんな感触なわけがなくて、さらにイライラを加速させてしまう。
いつもそうだ。誰も彼女のことを認めようとしない。誰も彼女を一番とは認めてくれない。どんなに頑張っても彼女は一番にはなれないのだ。
「……いえ。まだよ。まだ私は一番になる方法も場所もある」
佐々はそう言ってスマホに手を伸ばす。そしてひとつのアプリに指を伸ばして、タップする。そうすると彼女の体が光り始めた。
「まずはこの世界の頂点に君臨する……それができないと一番になれるわけがないわ。とりあえず、ガードナー達を……」
そこまでいって佐々は少しだけ口を閉じる。次の言葉を言うのをためらってるように見えたが、やがて確かめるように口を動かした。
「……必ず殺す」
その言葉と共に佐々の姿は消えた。そこには何も残されていなかった。
◇◇◇◇◇
「……ふぅ。ようやく倒したね、幸ちゃん」
きな子がそういいながら目の前から消えていく化け者の姿を目で追っていた。最後はスッと消えるそれはなんだか不気味に見える。
完全に消えたあと、幸がゆっくりとこちらに近づいてきた。まだ、化け物でもなんでも『死ぬ』と言うのを見るのはきついのだろう。
それでも彼女はきな子についていく。単純に一人が怖いと言うのもあるだろうが、それなら家にいればいい。ついてくる理由はおそらくきな子を信頼してるから。
「……歌姫様。今宵もあなたを守り通しましたよ」
「うん。ありがとうきな子ちゃん……いや、私の騎士様……でいいのかな?」
そういって二人は笑いあう。この時間だけ、まるで殺し合いという世界から切り取られているような感じであった。
その時、突然きな子のスマホがなる。彼女は首を傾げながらスマホをつけるとメールが1通届いてるのが見えた。
ガードナーからか?と思ったがどうやら違う。送り主の名前を確認すると、きな子は少しだけ驚いたような声を出した。
「どうしたのきな子ちゃん?誰からのメール?」
幸がそう尋ねてくる。きな子は言うかどうか迷っていたが、やがて口を開けて送り主の名前を幸に告げた。
「ブレイカーさんから……会いたいって」
【メールが1通届きました】
【ブレイカーです。実はガードナーさん達が襲われて今一人なのです……よろしければ明日の夜。11時頃に会いませんか?いい返事を待っております】
【第五話 私の剣が折れても、私は貴方を守り続けるよ】