第3話
いつものような日差しが白い壁を真っ黒に染めてしまいそうな。それほどまでの暑さがいま、そこに降り注いでいた。
そこは街にある大きな病院で、その中に白い髪をポニーテールにした少女が椅子に座っていた。彼女はきな子という。
別に彼女の親族などが病気でここにいるわけではなく、ただ、友人の付き添いでここにきていただけであった。別に付いてこなくていいとは言われたが、きな子はなんとなくその友人を一人にしたくはなかった。
いや、それは嘘だ。一人になりたくなかったのはきな子の方だ。だって、おかしくなってしまいそうだから。
あの日、目の前で一人の魔法少女の命が呆気ないほど簡単に消えていった。そのことをすぐに割り切れるほどきな子は大人ではない。
「キャスターさん……」
もう一度彼女を呼ぶように口を動かす。そうすればどこかから彼女が自分を呼んでくるような気がしたから。
けれどその名前はきな子の口の中を動くだけで、誰も彼女のことを呼んだりしてはこなかった。それは分かっているはずなのに、わかりたくない自分がいた。
「私、そういえば……キャスターさんの名前とか、知らないな……」
もしかして。もしかしたら、キャスターはあの世界の架空の存在なのかもしれない。けれど、もし、そうだとしてもキャスターはきな子達をよく気にかけていた。
治す力。それを持ってる彼女は、それを稼ぐために使うといっていたが、実際本当にそうならあの時、セイバーを助けはしなかったし、シンガーに丁寧に教えたりはしなかった。
きっと彼女はお人好しなのだ。口ではああ言っているが、目の前に助けを求めている人がいたら、体が動いてしまう。
そんな彼女が、なぜ突然殺し合いを始めることを宣言したのか、その理由はきな子には全くわからない。ただ一つわかることはキャスターは死んでほしくなかったと言うことだ。
「あ、待った?きな子ちゃん」
暫くすると、向こうから人影がやってきて、こちらに手を振ってきた。ピンクの髪を伸ばした少女は、弱々しく笑う。
「……ううん。大丈夫だよ、幸ちゃん」
きな子は立ち上がり、幸の方に歩く。彼女の顔をよく見てみると、目の下が赤く腫れていた。
きな子は大丈夫と聞こうとした。けれど、そんなことを聞くのはきっと失礼な行為だと言うことだと言うのをすぐに理解し、口を閉じる。
「……幸ちゃん。私、絶対にあなたを守るから」
「っ……うん。きな子ちゃん……私の目の前からいなくならないでね……」
「わかってる」
きな子がそう言うと同時に、スマホがブルブルと振動を繰り返す。二人は顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。
そして、病院の陰にまで行き、アプリのボタンをタップする。そうすると、彼女達の姿はもう消えていたのであった。
◇◇◇◇◇
【ーーー魔法少女システム『セイバー』起動しますーーー】
【ーーー魔法少女システム『シンガー』起動しますーーー】
◇◇◇◇◇
アンダーワールドに降り立った二人は、魔法少女でしての衣装に着替えていて、ゆっくりと歩き出す。
あの振動はアンダーワールドに化け物が現れて、それが暴れようとしているという通知だ。倒さなくても問題はないが、倒さないと現実世界に影響を与えるらしい。
だから、本格的に暴れる前に化け物を倒さないといけない。それが魔法少女達の基本的な仕事だ。
「……そうだ。私の必殺技教えておくね『我流奥義・火炎斬』っていうの。剣に炎をつけて斬りふせる……使える回数は12回。幸ちゃんは?」
きな子がそういうと、幸は慌てて自分の技を確認する。そこに書いてある文章を幸は読み上げた。
「えっと……『魂の歌……自分の命を削り、味方全体の能力値を上げる。1日に使える回数に限りはないが、その代わりに歌い続けると死ぬ』……!?」
幸はここまで読んで、ゴクリと生唾を飲み込んだ。まさかここでも死ぬかもしれないという恐怖に襲われるとは思っていなくて、幸の動きはピタリと止まる。
体がガタガタと震えてきたのがわかった。恐怖は乗り越えれていないということが、彼女に重くのしかかる。
そんな震えだす少女の体を、優しく何かが包み込んだ。それは目の前にいたきな子の小さくて、震えていた手であった。
「私はあなたを守るから……だから、大丈夫。大丈夫だよ……」
きな子のその言葉を聞いて、幸は少しだけ安心する。その少しだけの安心は、彼女が恐怖に溺れるのをすくい上げてくれた。
幸は短くお礼を述べて、ゆっくりと歩き出す。しばらく歩くと、少し先の開けたところに、黒い化け物がいるのが見えた。
「準備は、いい?」
「もちろん……いこう、きな子ちゃん!」
きな子の声に合わせて、幸達は走り出す。化け物はそれに気づいて、慌てたようにこちらの方に腕を突き出す。
きな子はそれをそれを剣で弾きつつ、敵の懐に飛び込む。そのままきな子は剣を振り上げて、化け物にダメージを与える。
化け物腹を切られるが、そのまま逃げるように大きく後ろに飛んだ。しかし、化け物は逃げたように見せただけで、壁を蹴りこちらに迫ってくる。
きな子はそれを避けることができずに、直撃を食らってしまう。唾を吐きながら、大きく吹き飛ばされたきな子は壁にぶつかるまでその勢いは止まらない。
ガンッ!と大きな音がなり、きな子は数秒壁に張り付いたのちに、ずるりと地面に落ちた。きな子は震える体を無理やり立たせて、剣を構える。
「きな子ちゃん!!……私の力を……!!ラ〜ララ〜♫」
幸は突然歌い出す。それを聞くと、きな子の体はブルリと震える。しかしそれは恐怖などではなく、力がみなぎるという意味で震え始めたのだ。
「ありがとう幸ちゃん……!これならいけるっ……!!」
きな子は走り出す。化け物も迎え撃とうと構えるが、きな子の気迫に押されてか、一瞬だけ動きが止まってしまった。
それだけで十分。きな子は深く化け物の体に剣を突き刺した。ぐちゃりと生肉を斬るような感触と共に、彼女は目を見開く。
そして、剣を握る手に力をこめる。そうすると、彼女の剣からゴウッと音がなり火炎が発生する。そのまま、きな子はその剣を上に切り上げた。
「くらえっ……『我流奥義・火炎斬』っ!!」
その声とともに、剣の軌道に合わせて立ち上がる火炎は、敵を包み込んで行き、そして大きく爆発する。その爆発に化け物は耐えることができずに、消滅していった。
「か、勝った……」
そう呟いてきな子は尻餅をつく。そして立ち上がろうとするが、なかなか立てることはできなかった。
そんなきな子を心配してか、幸が駆け寄り、彼女の手を引っ張り立ち上がらせる。きな子はその時に自分の足が震えていることに気づいた。
「……お疲れ様。私の騎士様」
「ありがとう……この格好じゃ騎士というより、番長だね」
そう言って、きな子は小さく笑う。それにつられて幸も笑い返す。なんだか、こんな時間がずっと続けばいいのに。そんなことを二人は考えていた。
その時、背後に気配を感じて慌てて二人は後ろを振り向く。そこには二つの影があったが、化け物の影ではなく、二人の少女であった。
片方は本当に騎士のような格好をした赤毛の少女。もう片方は銃を構えたオレンジの髪の海賊のような少女。名前はガードナーとガンナーと言った。
「二人ともお疲れ様だ!助けに行こうと思った時にはもう終わっててたのだが……二人とも強いのだな……」
「強い?化け物退治にあんなにヒーヒー言ってたのに?」
ガンナーがそう言ってクスクスと小馬鹿にしたように笑うが、彼女の頭をガードナーは全力で叩く。
ガンナーが文句ありげな顔を向けるが、ガードナーとはわざと無視をしてセイバーたちに話しかける。
「君たちに話しかけたのは少し聞きたいことがあってだな……キャスターくんについてだ」
「キャスター、さん……」
確かめるようにきな子がキャスターの名前をいうと、ガードナーはゆっくりと頷いた。
「私は少し気になっていてな……キャスターくんはなんであそこで裏切ったのだろうか。と。シンガーくんはまだしも、セイバーくんはわかるだろう?彼女がそんな人ではないということは……」
「はい。私も気になっていました。なんで、裏切ったのか。それに裏切る時でもなんであのタイミングなのか」
きな子の言葉にガードナーは頷いて反応する。話を聞きながら、幸は確かにと考えた。わざわざ裏切ることを公言する必要性など、冷静に考えたら無いのだ。
もし裏切るなら黙っておけばいい。彼女の戦闘力の高さなら、治療しにきた魔法少女を殺すことなど容易いことだろう。
「……なにか、意図があるのでしょうか」
「わからない。ただ、ランサーくんに聞けば何か手がかりがつかめるかもしれないと思うからな。実はいつもの広場に呼び出してある。君たちも一緒に来るか?」
ガードナーに誘われた二人。今から特にすることもなく、そして聞きたいこともあるため、二つ返事でその誘いに賛成した。
少しだけガンナーがめんどくさそうな顔をしていたが、四人はいつもの広場に足を進めて言ったのであった。
◇◇◇◇◇
どこかにある大きなビルの中に、一つ小さい部屋があった。そこに一人の少女が学習机を前に座っていた。
服はどこかの私立小学校の制服なようで、綺麗に立てかけてある学帽が彼女の生まれの良さを表していた。
カリ……カリ……
近くに『優しい数学』という参考書をおいて、それを解く。思った以上に簡単で少し拍子抜けしていた。何ページか解き終わった時、彼女は小さくため息をついた。
「笹本家であるなら……あんなことで動揺してはいけないはず……」
彼女は『笹本佐々』と言った。見た目からわかるように、彼女はまだ小学生。それも低学年だ。
佐々はスマホをつける。しばらく悩んだあと、一つのムービーを見始める。その映像には二人のコスプレした少女が映っていて、その二人の名前を佐々はポツリと呟く。
「ランサー……キャスター……」
佐々は。彼女は、一番にしか興味がない。勉強や運動。そしてもちろん、集合時間にもだ。だから彼女は『あの日』も、一番に集合場所に来ていた。確か、集合時間の2時間以上は前だった。
その時に、彼女は見てしまった。ランサーとキャスターが何か取り引きのようなものをしているのを。
見てはいけないものを見てしまった気がして、彼女はすぐに隠れた。そして、こっそりとその様子をスマホで撮影して、逃げるようにその場から立ち去った。
初めて彼女は一番になることより優先したいことができた。そのムービーの解析だ。しかし、彼女は別に読唇術を身につけてるわけじゃないので、なんとなくでしかわからなかった。
「……とりあえず大きなお金が動いてるのはわかった。わかったけどそれ以上は分からなかった……今度、ランサーに聞こうかな。キャスターはもう……いないし……」
そう言って彼女はまた大きなため息をつく。そして、頭を振って気持ちを切り替えたのちに、もう一度問題集に手を伸ばした。
もう頭の中にはランサーやキャスターのことではなく、何としても一番になることしか入ってなかった。
◇◇◇◇◇
「てやぁ!!」
何かを切り裂く音。そして、何かの叫び声が聞こえて、黒い影が消えて行く。それを見ていたきな子はホッと息を吐いた。
後ろの方から見ていた幸とガードナーが心配そうに駆け寄ると、きな子は大丈夫というように親指を突き出す。
「僕が手伝うほどじゃなかったねぇ。この調子ならランサーがいる場所まで、安心安全にいけそうだ」
「ちょっと待て。少しは手伝わないのかガンナー」
「嫌です。なんで、勝てる試合に力を貸さなきゃいけないのさ。そういうのは無駄遣いって言うんだよ」
そう言ってガンナーは大きく欠伸をする。その言葉を聞いてガードナーはため息をついて、きな子達に申し訳なさそうに頭を下げる。
「あ、いえ。大丈夫です。それにガンナーさん。さっきから遠くにいる怪物を狙い撃ちしてたじゃないですか。適当に撃ってるように見えて……」
きな子にそう言われて、ガンナーは顔を真っ赤にして俯く。彼女なりに手助けをしていたということがわかり、ガードナーは嬉しそうに彼女の背中を叩く。
「痛い痛い!もう……だからバレたくなかったんだ……」
「はっはっは!いやぁさすがはガンナーの『オールレンジショット』だな!どう撃っても必ず当たる!百発百中!」
「ちょっ!?な、何言ってんのさバカ!いやマヌケ!アホ!ノロマ!なーに必殺技バラしてるのさ!もうちょって隠す努力をしてよ!」
そうガンナーはいうが、ガードナーはまた嬉しそうに笑い続けて、何故かガンナーの頭を撫で始めた。
それを見ていたきな子達は、まるで姉妹のような二人のやりとりに、心を和ませながら歩き出す。ランサーがいるいつもの広場まではそう遠くはない。
しかし、仕方ないとしても後ろから騒いでいるガードナー達の声しか聞こえないというのはなんとも不気味である。なにか、起きてしまいそうな。そんな気がしてしまい、ぶるっときな子は体を震わせる。
化け物を倒してから何分歩いただろうか。ようやく四人は目的地であるいつもの広場に着いた。当初の目的通りに、ランサーに何故キャスターを殺す必要があったのか。と言うのを聞くために。
広場の中に一歩踏み込む。そして、この場所の真ん中に、一つの影が座り込んでるのが見えた。恐らくランサーであろう。それを見つけたガードナーはこほんと咳払いをして、ゆっくりと彼女に近づく。
「やぁ、ランサーくん。呼び出しに応じてくれてありがとう。早速だけど質問したいことが……?」
その時ガードナーは異変に気付く。ランサーがピクリとも動かないのだ。いつもなら、抑揚のない声ですぐに返事を返すと言うのに。
ガードナーは心配になり、彼女に駆け寄る。そして、彼女の肩に触れた瞬間。ごとりという音が聞こえた。
「……な、なっ!?」
ガードナーが驚いた声を上げて尻餅をついて倒れる。そして、先ほど音を出したものに視線を向けて、震えた声を出した。
「ラ、ランサーくんのく、首が……と、取れた……!!」
瞬間、この場に広がる異変の正体。ランサーの首が何かによってはねられていたのだ。しかし、何故か彼女の目は穏やかに閉じられていた。
「ま、まさか、セイバーくん……き、きみが……!?」
ガードナーがそんな疑惑の目を向けてくる。それは当然だ。なんせランサーの死因は首を何かに切断された事。そんなことができる魔法少女は剣を持っているきな子しかいない。
しかし、きな子にはもちろん見に覚えはない。そもそもランサーに今日初めてあったので、反論しようと口を開けようとするがその前にガンナーが口を開ける。
「ちょっと待ってよ。冷静になって考えて……さっきまで一緒だったセイバー達にこんな芸当できると思う?それに物を切り裂くことはセイバーじゃなくてもできる子いるじゃないか。そう『ランサー』とかね」
「な、じゃあ、ガンナー。ランサーが自害したとでも……!!」
「まさか。ランサーを倒した後、彼女の槍を奪えば、誰にでも殺せる。とにかくわかることは一つ……僕達の中に裏切り者がいる。でもまぁ、それはすぐにわかるよ。メールが届きさえすればね」
「む……そ、それもそうか。すまない。セイバーくん。君を疑ったりなんかして……」
そう言ってガードナーが頭を下げた瞬間、スマホが大きく叫び出す。そして、慌ててきな子達が確認するが、もれなくして皆が間が抜けた声を漏らした。そして、数分が経った後、ガンナーがポツリと一言だけ漏らしたのであった。
「……なんなんだ……これ……」
【メールが1通届きました】
【【 】とランサーが戦い、【 】が勝ち、ランサーが死にました。残りの魔法少女は08人です】
【第3話 僕達の中に裏切り者がいる】