第2話
「えっ……このふざけてるメールに書いてあるのって……」
激しい風が吹き込む中、1人の少女が震えた声を出す。その声を聞いて、目の前にいる白髪の少女がコクリと頷いた。
「……このメールに書いてあることは本当。幸ちゃん。あなたは……殺し合いをしないといけない」
「な、に……それ……突然……殺し合い……じ、冗談だよ……ね、きな子ちゃん?」
幸の言葉に、きな子は首を横に振って答えを返す。それを見て、幸は短く「嘘」とつぶやいて、ふらりと体勢を崩す。
どさり。床に座り込み、幸は自分のスマホを睨んでいた。そして、試すように削除ボタンを押すが、もちろん反応はなかった。
「……大丈夫だよ、幸ちゃん。私があなたを死んでも守り切るから」
「……本当に?信じて、いいの……?」
「今は信じれないかもしれない。けど、私の剣に……コホン」
そう言葉を切ってきな子は手をまるで剣を掲げるように、大きくあげる。そして、しばらく言葉を探すように目を閉じて、ゆっくりと口を開ける。
「我が剣に誓う。数多くの魔の手から歌姫大林幸を守りきってみせる……ってね」
きな子はそう言っておどけたように舌を出す。それを見て幸は小さく笑って「ありがとう」とつぶやいた。
そして、きな子に引っ張られるようにして立ち上がり、もう一度同じ言葉をつぶやいた。いまだに、彼女の目には涙もありそして迷いもあった。
だけど、それでよかった。
「大丈夫。それに、殺し合いは強制じゃ無い……きっとみんなわかってる筈だよ」
きな子がそう言った時、スマホが鳴り響く。彼女が慌ててスマホを開くと、そこにはガードナーの名前が書いてあって、メールが1通届いていた。
「……ガードナーさんからだ……緊急招集……だって。きっと、殺し合いをしない話し合いだよ。いこう、幸ちゃん」
「……うん。お願いね、きな子ちゃん」
そのお願いにはどういう意味があるかは、きな粉には分かっていた。だから、短く返事をしてアプリをタップしたのであった。
◇◇◇◇◇
【ーーー魔法少女システム『セイバー』起動しますーーー】
【ーーー魔法少女システム『シンガー』起動しますーーー】
◇◇◇◇◇
こことは違う世界。アンダーワールドに2人の少女は降り立った。セイバー。きな子はいつもの番長のような格好でいた。
そして隣に立ったシンガー。幸の姿を見て「おお」と感心したような声を出した。
それもそのはず、シンガーの格好は淡いピンクの衣装で、清楚なアイドルのような格好をしていた。それに気づいた幸も感動したような顔をした。
「さて……行こう」
きな子がそう言って歩き出す。窓から飛び降りて進もうとするが、幸が飛べない可能性があるため、普通にドアから出て歩く。
しばらく歩くと広場に着いた。それは、この前ガードナー達と協力して化け物を倒したあの場所であり、そこにはきな子と幸以外の魔法少女達が集まっていて、幸達に気づいて声をかけ始める。
「貴方達遅いわよ。私は勿論一番目に来ましたけど」
そう言って黄色い髪を伸ばしてエルフ耳を生やした少女は小さく舌打ちをする。エルフ耳と手にした弓によって、まるで森の狩人のようであった。
「あの子は……アーチャー……?」
「あら、貴方はシンガー?へぇ……貴方の『せい』で殺し合いが始まるのね……」
そう言ってアーチャーはじっと幸を睨みみる。それを見てきな子は一歩前に出て、幸の前に立った。
「あらあら。まるで姫を守る剣士様みたいね……まぁいいわ。折角だから皆で自己紹介でもしたらどうかしら?この、殺し合いを起こす存在……あら失礼。シンガーさんに」
そうアーチャーがいうと、皆が顔を見合わせてコソコソと幸の方をみはじめる。少なくとも歓迎的ではないことがわかり、幸は少しだけ涙目になる。
そう。彼女達は少し前までは平和な時間を過ごしていたのに、シンガーが選ばれてしまったため、その時間は音を立てて崩れていっているのだ。勿論頭では彼女のせいではないとはわかってはいる。いるのだが、それとこれとは話が別だ。
幸がどこかに逃げようとした時、大きな声が聞こえて来た。その声を出した人物は一歩前に出て、こほんと小さく咳をして口を開ける。
「あぁもう!この空気私は大っ嫌い!……私はキャスターよ。よろしくね、歌姫さん」
「えっ、あっはい!よろしくお願いしますキャスターさん!」
「別にさん付けしなくていいわよ。さぁ皆。同じように自己紹介しなさいな。早くしないと迷惑料いただくわよ」
キャスターがそう言うと、謎の緊張感がフッと溶けていき、皆口々に自己紹介をしはじめる。
「私の名前はガードナーだ!よろしく頼むぞシンガーくん!」
赤い色の騎士のような格好をした魔法少女。ガードナーがそう言ってシンガーに握手を求めるように手を差し出す。シンガーはおずおずとその手を握った。
すると隣にいた海賊のような格好をしたオレンジ色の髪の少女が鬱陶しそうにガードナーの方を見ながら口を開ける。
「うるさいなぁ……僕はガンナー。こう見えてもプロゲーマーなんだ」
そう言った後短くよろしくと言ってシンガーと握手をする。それを見ていた黒い服のコートのようなものを着て、鎖の先にトゲ付きの鉄球がある武器を持っている少女がシンガーに握手を求めてきた。
「うふふ……私はブレイカーですわ。よろしくお願いしますわ……うふふ」
そう言って深い紫色のスカートの端を持ち、優雅にお辞儀をした。物騒な武器を持ってはいるが、本人の性格は良さそうでシンガーは内心胸をなでおろす。
そうすると紫の髪の少女がこちらにぺこりとお辞儀をする。彼女の右腕の右足にはなにやら機械のようになっており、まるでそこだけサイボーグのようになっていた。
「私はファイターです。長い付き合いにしましょうね」
ファイターの次は、茶色いよろいに身を包んでいる少女がこちらにやってくる。彼女の目にはあまり光がないように見えて、シンガーは少し後ろに下がってしまう。
「私はランサー。よろしくお願いします」
ランサーも同じように手を差し出し、シンガーも彼女の手を握る。こうして、皆はシンガーに歩み寄り始める。それをアーチャーは舌打ちをして、少しだけ遠くから見ていた。
「そういえばガードナーさん。緊急招集ってなんなのですか?」
「あぁ、それか……それは……」
「それは私から説明します」
抑揚のない声が聞こえて来た。声を出した主は、茶色い髪のランサーという魔法少女であった。
彼女はスマホを操作して、そして1通のメールを見せる。それは、皆に送信されたこの殺し合いのルールが書かれたメールであった。
「このメールをよく見てください。何処にも書かれてないんです。殺し合いを絶対しろとか、そう言った文章が……なので、ここに私は『殺し合い禁止条例』を提案します」
ランサーのその一言を聞いて、皆の動きがピタリと止まる。突然戻された現実に、皆口を閉じて考えてしまう。
そして、誰かが大声で喜びの声を上げて、それに続いて何人もの魔法少女がハイタッチををしたりして喜びを分かち合う。
「……しかし。もしかしたら殺し合いをしたい人もいるかもしれません。明日、改めてお願いします」
ランサーがそう言ってぺこりと頭を下げて何処かに去っていく。彼女の背中を目で追いかけながら、幸ときな子はホッと胸をなでおろす。
どうやら殺し合いをする必要性はなくなった。誰だって死にたくないに決まっているのだから。
そうしてランサーに続いて皆が散り散りになって行く中、一人の魔法少女がきな子たちに近づいて来た。緑色の服を着ているのは確かキャスターだったか。
「な、なんですか……?」
幸がそうおどおどというと、キャスターはあははと大きく笑い、幸の肩を叩く。暖かくて、優しい手の感触が伝わってきた。
「いやね。魔法少女初心者のシンガーに、少し色々と教えてあげようかなってね」
「えっ……で、でも……」
「なぁに、ちょっとしたお節介ってやつよ。特別にお代は頂かないであげるわ」
そう言われると無下に断ることもできない。警戒しているきな子とともに幸はキャスターの話を聞こうと彼女の目を見始めた。
「えっとね……私達、魔法少女はね、それぞれすごい大技を持ってるのよ。それ、知ってる?」
「……いや、知りませんでした」
「まぁ、そうよね。書いてないもの……多分、セイバーは知ってるでしょ?」
突然話を振られたため、きな子は一瞬固まってしまうが、すぐにコクリと頷いた。
それを満足そうに見たキャスターは自分の杖をかざす。そうすると、そこがピカピカと輝き出して、それに幸は目を奪われる。
「魔法少女によって違う……所謂、必殺技。私のは『グランド・ヒール』って言ってね、どんな傷もあっという間に治しちゃうわ」
「えっ。それじゃ、キャスターさんって無敵……?」
幸がそういうとキャスターはわざとらしく首を大きく横に振り、杖も下げてため息まじりに口をあける。
「ところがそうもいかないのよ。必殺技ってね、1日に使える回数が決まっていて、それは毎日0時に回復するんだけど……まるでアプリのログインボーナスね。兎に角私はグランド・ヒールを1日に『二回』しか使えないの」
そういってキャスターはため息を吐いた。しかし、二回しか使えないとしても、その能力はあまりにも強力すぎる。
どんな傷もなおすというなら、腕がもげても頭が消し飛んでも、彼女の手にかかればたちどころに治ってしまうのだろうか。
「……でも、確かキャスターさんって誰とも同盟結んでないですよね?」
きな子がそういうとキャスターは「ええ」と言って笑う。彼女の能力は、誰にでも欲しい能力だ。きっといろんな人が彼女に同盟を組もうとしただろう。
幸はそう考えたため、その内容をキャスターに伝えた。すると彼女は困ったように頬を掻いて口を開ける。
「いやぁ、だってこの能力……稼げるもの」
そう言ってキャスターはもう一度笑った。そして、幸たちに手を振ってどこかに去っていった。
その彼女の後ろ姿が見えなくなった時、幸ときな子はどさりと尻餅をついて倒れる。そして、小さく二人で笑いあった。
「もう大丈夫なんだよね、きな子ちゃん」
「うん……私たちは殺し合わなくて済む……みんなのおかげだよ」
そう言って二人ともアプリを起動して、元の世界に帰っていく。その後すぐに黒い化け物たちが先程まできな子達がいたところにどんどん集まり始めていた。
◇◇◇◇◇
時間というのはあっという間に過ぎていく。つい昨日までビリビリとした殺伐とした空気があったのに、今ではどこか穏やかな空気になっていた。
今日も、この前と同じようにガードナーからメールが届いたため、幸ときな子はいつもの広場に来ていた。そこにはもうすでに他の魔法少女が集まっていた。
いや、アーチャーの姿だけはなかった。が、それはある意味仕方ないことなのかもしれない。
「んー……珍しいな。アーチャーくんが一番遅いとは」
「遅いっていうかこないんじゃない?僕も君と一緒にここに来るのは嫌なんだけどね」
「な、なにぃ!?私の何が問題なのだ……!!」
ガードナーはそういって頭を抱えて悩み出した。それを見て、他の魔法少女はあははと笑う。幸ときな子も同じだった。
「…………」
「ん?どうしたんですか、キャスターさん」
どこかニヤニヤと笑っているキャスターに、幸は声をかけた。彼女はなんでもないっていって自分の頬を強く叩いて、ニコリと笑いかけた。
(ねぇ、きな子ちゃん。キャスターさんってあんなにニコニコ笑う人なの?)
少し疑問に思った幸はきな子にそう訊くが、きな子は首を横に振りそうでもないという意思を表した。そしたらなおさら、彼女の笑みの意味がわからなくなる。
その時、後ろからカツンと足音が聞こえてきた。その音がした方をみると、エルフ耳を生やした少女。アーチャーがそこに立っていた。
「ごめんなさいね。少しやるべき仕事がたまってたから」
「いえいえ。別に構いませんわよ。ねぇ、ランサーさん?」
「……はい。これで役者は揃いましたね」
ランサーは小さく咳をして周りにいる魔法少女達の顔を見渡した。皆がランサーに注目してる中、彼女は口を開いた。
「では、昨日申した通りに……『殺し合い禁止条例』を発令したいのですが……よろしいですね?」
ランサーのその言葉に幸ときな子は真っ先に賛成の意を述べた。断る理由も反対する理由もないから、言葉が出るの早かった。
そんな彼女達に続いて、他の魔法少女達もその殺し合い禁止条例に賛成し始める。理由もきな子達と同じであろう。
これでもう殺し合いは起きることはない。ずっと今までのように黒い化け物を倒すだけの魔法少女として生きていけばいい。
ーーーそう、思ってたのにーーー
「ちょっと待ちなさい!!」
突然響いたその声はきな子達の隣から聞こえてきた。その声を出した人物は前に歩き出して、ランサーの前に立つ。そして、こちらの方に体を向けた。
「キ、キャスターさん……!?」
そこに立っていたのはキャスターであった。彼女は少しだけ時間を置いた後、大きく息を吸って、口を開ける。
「私はこの条例には反対よ!」
「な、何をいうんだキャスターくん!!昨日あれほど喜んでいたではないか!!」
「気が変わったのよ。だいたい考えてみなさいな……私達がここにいる理由分かってるの?『願いを叶えるため』でしょ?」
願いを叶えるため。その言葉を聞いて、ガードナーがおし黙る。そう。この殺し合いに生き残れば願いをなんでも一つ叶えてくれる……つまり、ここにいるメンバーは皆、どんな手を使っても叶えたい願いが『ある』のだ。
そのことをあえて今まで口に出さなかった。出したら今の状態が崩れてしまうような気がしていたから。もし、殺し合いの先にそのような希望を見出してしまいうと、もう後戻りができなくなる。
「だからね、私には叶えたい願いがあるの。腐るほどお金が欲しい……そのためにはこの戦いはここで終わらせるわけにはいかないわ」
そういってキャスターはランサーに向かって杖を突き出す。確か、彼女は不意打ちと言っても化け物を一撃で倒していた。
きな子はそれを思い出して、慌てて二人の間に行こうとするが、そんなきな子に来るなというようにランサーは首を横に振る。
「……それがあなたの真意なのですね、キャスターさん」
「ええそうよ、ランサー。なんならあなたを殺してあげても構わないわよ?」
「……わかりました」
そういうとランサーは大きく後ろに飛ぶ。地面を踏みしめる音がこちらまで聞こえてきて、きな子は言い知れぬ恐怖を覚える。
ランサーは自分の槍を上に大きく投げ飛ばす。そうすると、その槍に雷が走るかのように、電気が発生していきその槍を包み込む。
「は……へ……?」
キャスターがそんな間が抜けた声を出した時、ランサーは大きく上に飛んで、その槍を掴み、小さく微笑んだ。
「ーーー『グングニル』」
そんな声が聞こえたかと思うと、ランサーはその槍を力を込めて投げ飛ばす。それは勢いが落ちることはなく、真っ直ぐとキャスターに向かって進んでいく。
「ちょっ、ちがっーーー!!」
キャスターがそう何かを言おうとした瞬間、槍はキャスターに直撃し、大きな音を出して爆発する。その爆発に周りの魔法少女達は吹き飛ばされていく。
ゆっくりとランサーが地面に降りた時、キャスターが立っていた場所には槍が地面に一本突き刺さっていただけであり、それをランサーは抜き取った。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。キャスターはどこに……?」
ガンナーが震える声でそうランサーに聞く。彼女は槍の方を見ながら、ゆっくりと口を開けた。
「彼女には見せしめになってもらいました」
「みせ、しめだと……な、ならば……!!ランサー!!貴様ぁ!!」
ガードナーかランサーに掴みかかろうとした瞬間、皆のスマホがけたたましく鳴り響くきな子は慌ててそのスマホを見てみると、メールが1通届いていた。彼女はそのメールを読もうとボタンを押そうとしたが、なぜだか指が動かない。
なぜか読んではいけないような気がして、読んだらもう何もできなくなってしまうような気がして。だから指が動かない。
その時、幸の手からスマホが滑り落ちる音が聞こえ、同時に幸が膝から崩れ落ちる。彼女のスマホにはメールが届いており、その文面がきな子の目に入って来る。
「ーーーえっ?」
きな子はそんな声を出して、自分のメールを確認する。そこには短い文章が1通届いていて、きな子はそれを確認する。確認したとと同時に、きな子は幸同じように膝から崩れ落ちた。
皆の目から光が一つ。また一つと消えていく中、手にあるスマホとランサーの目だけは怪しく光り続けていた。
【メールが1通届きました】
【キャスターとランサーが戦い、ランサーが勝ち、キャスターが死にました。残りの魔法少女は08人です】
【第2話 だってこの能力……稼げるもの】