最終話
少女はベッドの上に座り込んでいた。震えはない。いや、もう震えることすらできなかった。
少女。幸は、スマホをつけては消してを繰り返す。彼女は昨日、ブレイカーという魔法少女に見逃される形で今を生きている。
そして彼女はブレイカーという魔法少女と戦わないといけない。はっきりいって勝てる気はしない。けれど逃げるという選択肢は思いつけなかった。
少女の胸にある願いは、もう会えなくなった人に会いたい。それだけのシンプルな願い。けれどそれが叶うために必要な壁は厚く、そして多い。乗り切れる自信はあまりない。
けれど逃げるという選択肢はもちろんなくて、だからもう戦うしかない。彼女の日常を取り戻す為に、戦うしかないのだ。
ブレイカー。連続殺人犯であり、今回の戦いの中で一番殺害をしている魔法少女。確かに幸も一度人を殺した。この二つに違いはない。どちらも正しく、どちらも間違っている。
とにかく今は、生き残ることを選べ。そう考えた彼女の視線に映るのは、一通のメール。そこには差出人はなく、彼女はその文を読む。
幸はふらりと立ち上がる。メールの内容は、ただ一言怪物が現れたという内容であった。だから、少女は立ち上がる。
彼女の目は、何も照らしてなかった。
◇◇◇◇◇
ヒーローが嫌いというわけじゃない。むしろ好きだ。
昔からそういうものばかり見ていたから、よくわかる。ヒーローというのは素晴らしく、そして残酷だ。あまりにも残酷なのだ。
悪役が好きというわけじゃない。むしろ嫌いだ。
人を殺し、悪逆非道の限りを尽くすその存在は、幼い心に恐怖心などを植え付けていく。
けれど、少女はあまりにも、純粋過ぎた。
理解をしようとした。なぜ、悪役はあんなことをしているのだろうと。何か理由があるのかもしれないと。少女は知ろうとした。
だが、答えは出なかった。悪役がしたことは全てこなし、だんだんと自分の心が悪に染まっていくような気はしていた。けれど、足りなかった。
もしこの世に絶対的な正義がいるなら、私は絶対的な悪にならないといけない。悪は素晴らしくない。だから、私が悪の頂点に君臨してやる。
そうすれば悪は消える。私という絶対悪の前に、全ての悪は消えていく。そう少女は信じこみ、今ここにいる。
震えは消えた。だが、時間の猶予も消えている。この戦いで答えが出ればいいのにと、彼女は呟いてから、歩き出した。
彼女の目は、前を照らしていた。
◇◇◇◇◇
戦う意味なんて、もう失っている。
復讐だ、敵討ちだ。そんなことに燃えていた自分は何だったのだろうか。そんなことを聴きたくなってしまう。
あぁ、少女はたった一つの恐怖に心が折れてしまっていた。勝てないという思いこみは、想像以上に少女を厳しく締め付ける。それは、もがけないほどに。
いや。もうもがく気なんて起きないのだ。抗わない。彼女はもう、恐怖に身を任せていた。
戦う意味なんてない。けど、戦わないといけない。こんな矛盾の塊なんて、幼い心では受け止めれることはできなかった。
しかし、時間は過ぎていく。そのおかげで、彼女は無理やり進まないといけなくなってしまう。足を止めることは許されない。
彼女は座りながらスマホを操作する。それが戦いの合図なのだから。
彼女の目は、曇っていた。
◇◇◇◇◇
【ーーー魔法少女システム『シンガー』起動しますーーー】
【ーーー魔法少女システム『ブレイカー』起動しますーーー】
【ーーー魔法少女システム『ファイター』起動しますーーー】
◇◇◇◇◇
風が吹き抜ける。見通しが良いどこかの公園の中に、3人の少女が立っていた。別に、遊ぶためにここにいるわけでもなく、ただ、殺しあうためにここにいる。
「……改めて自己紹介なんて、どうでしょう?」
1人の少女の言葉に、他の2人は答えない。仕方なく彼女だけが口を開けた。
「私、ブレイカー。荒川京子ですわ」
「……シンガー。小林幸」
「ファイター、江口鈴鹿」
2人の少女がそう言うと、ブレイカーは満足そうな顔でうなずいた。チャラリと手に持ってある巨大なハンマーの鎖が擦れる音だけが、あたりに響いている。
どこかで鐘のような音が鳴った。地面が揺れ、耳の中に直接入っていく。その音の余興が消えた時、ブレイカーが飛び出してきた。
まっすぐ向かうのはファイターがいる方向。彼女は迎え撃とうとしたが、すぐさま後ろに大きく飛んだ。先ほどまで立っていた場所にはハンマーが深々と突き刺さっている。
ブレイカーは少しだけにこりと笑ったような気がした。そして、今度はハンマーを置きファイターに一気に接近する。格闘技の専門家のファイターに肉弾戦を挑もうとしているのだ。
「馬鹿にして……!!」
ファイターは逃げる足を止め、前に直進する。ブレイカーの拳から身を守りつつ、腹に向かって蹴りを入れる。
ファイターはなんとなく力が湧いてきているような気がしてきた。それもそのはず。後ろでシンガーが歌を歌って、彼女を激励していたのだから。
負ける要素がない。だからこそ、ファイターは逃げ出したかった。なぜ、こんな無謀な挑戦を彼女は仕掛けて来るのだろうか?
勝算がある。そうとしか思えないが、何があるかはわからない。ファイターはなるべく近寄らないように、攻撃を繰り返していく。
「ふふっ」
ブレイカーが確実に笑った。それとどうじに、ファイターの顔面に拳が突き刺さる。その時彼女は悟った。そこまでが作戦なのだと。
意識をブレイカーじゃなく、彼女の周りに集中させる。そして、散漫に鳴った瞬間、確実な一撃を打ち込むためだ。
それに気づいた時にはもう遅い。ファイターは後ろにいたシンガーのところまで吹き飛ばされていき、2人で地面に倒れこむ。
しまった。そう考え立ち上がろうとするが、それよりも早く彼女たちの上に何か重いものがのしかかってきた。
いやのしかかってはない。けれど確かにそこに何かがあるような気がしてしまう。答えは簡単。彼女たちに今、とてつもない重力が襲いかかっているのだから。
「ふふっ。これはもう私の勝ち、ですかね?」
答えようと思うが、口は開かない。グググと体がだんだんと潰れていくのだから、そんなことができる暇などない。
口から大量の血が流れ出す。内臓がいくつも潰れているような気がして、ファイターはこのまま死を覚悟する。何一つ残せずに、ここで終わるのか。
嫌だ。だが、だからと言って何かが変わるわけではない。立ち上がらない足は、もうここで終わっても良いと言っていた。
「いや、だ……!」
その声を出したのは、ファイターじゃない。後ろに倒れているシンガーだった。彼女はちま泣きながらも、折れた剣を支えにしてゆっくりと立ち上がる。
そして、ファイターの横を通りながら歩く。ファイターはシンガーの後ろの姿を見ることしかできなかった。
「あらあら、もう確実に死ぬほどの重さを与えているのに……なぜ?」
「私は……きな子ちゃんに、もう一度会いたい……だから、戦う……!!」
「あら、死んだ人を生き返らせるなんて、それは死者に対する冒涜なのではないですか?彼女だって、覚悟を持って死んだはず。殺した私にもわかりますわ」
ブレイカーの言葉に対して、シンガーは何も答えず、ただただ進んでいく。そして目の前に立った時、ようやく口を開けた。
「冒涜なんてわかってる。これは私の自己満足……それで良い。それがいいの!」
シンガーはそう叫んで剣を振るう。ブレイカーはそれをギリギリで避けて大きく後ろに飛んだ。
足元にあるハンマーを拾いあげて、シンガーに投げ飛ばす。それを彼女は剣で弾こうとするが、勢いに負けて後ろに弾け飛ぶ。
ガンッと体を何度も地面に打ち付けて、身体中から血を流す。ポタリポタリと垂れていく血を、ファイターは見ることしかできなかった。
「もう諦めたらどうでしょう?なに、あなたはよく頑張りました」
「……まだ。まだ全然……!!きな子ちゃんだけじゃない。キャスターさん、ガンナーさん、ガードナーさん、アーチャーさん、みんな。みんな頑張っていた!!だからここで私が諦めたら、意味なんてない!!」
「みんなが、諦めてないなんて言えるのですか?何人かは、最後は自ら死んだのかもしれませんよ?」
「そんなこと、ない……!あなたがそう思うなら、私はそう思わない!!それだけだ!!」
シンガーは駆け出した。ブレイカーは迎え撃とうとハンマーを構えていたが、突如シンガーの足が止まる。
糸が切れた人形のように、ばたりと彼女は倒れた。彼女はそのまま動かなくなり、変身が解けていく。
彼女の手からコロンとこぼれ落ちていた剣は、幸に寄り添うようになっていた。それを見た、ブレイカーは小さく笑いながら、幸に近づいていく。
終わりとばかりに、ハンマーを振るう彼女を見て、ファイターは慌てて立ち上がろうとする。けれど体は動かない。なんて情けないんだと思うことしかできない。
「さあ、終わりですわよ、シンガーさん」
そう言ったと同時に、ブレイカーは手を地面につけた。またあの技が来る。そう思った瞬間、ドスッと何か鈍い音がした。
「なっ、は……え?」
ブレイカーは訳がわからないというように、目の前にいる少女を見た。彼女の手には、折れた剣があり、それはブレイカーの腹に深々と突き刺さっていた。
「油断、しすぎ」
「ふ、ふふふ……」
ブレイカーは血を吐き、そして、力なく崩れ落ちる。シンガーは剣についた血を忌々しく見つめたあと、今度はブレイカーの体にまっすぐと剣筋を入れた。
「あ、あぁ……なんて、悪役、らしい……」
ブレイカーは自分に言い聞かせるようにそう呟いた後、体が二つになった。血を辺りに飛ばして、彼女は目から光を失っていく。
最後の戦いの終わりは、あまりにもあっけなかった。
◇◇◇◇◇
「おめでとうございます。生き残ったシンガーさんに、ファイターさん」
ブレイカーが死んだ後、彼女たちの前には光の輪が現れていた。そこから聞こえる声は、労いを一切感じないほど淡々と喋っていた。
シンガーとファイターはお互いの顔を見合わせる。これで何もかもが終わると考えると、どこかホッとしていた。
「さて、早速ですが願いを叶えてもらいます。それがこれの醍醐味なのですから」
その言葉を待っていた。ファイターは喜びが込み上げてくるのを身体中で感じていたが、次の瞬間それは全て消えていた。
「では。シンガーさん、願いを二つどうぞ」
「……え?」
ファイターは思わず聞き返す。なぜ、願いが二つともシンガーが叶えるのだ?そのことを聞こうとする前に、光の輪から声が漏れた。
「ほとんどなにもしてないファイターと比べ、あなたはサポート職ながら、とても素晴らしい成果を残しました。ゆえに、あなたは願いを二つ叶えてもらいます」
意味がわからなかった。けれど、それはただわかりたくなかっただけだった。シンガーが願いを二つ叶えるなんて、そんなものは彼女にとっては願ったり叶ったりだ。なんせ、叶えたい願いは二つあるのだから。
けれど、ファイターだって叶えたい願いがある。どうすれば、いいのだ。頭を回転させて、一つの正解にたどり着く。それしかない。そう彼女は自分に言い聞かせた。
「……幸さん」
シンガーの名前を呼ぶ。シンガーはとても申し訳なさそうな顔でこちらを見た。あぁ、せめてもっとバカにしてくれたような顔でいいのに。
グチャリ
それと同時に、シンガーの頭は宙を待った。吹き出る血を身体中に浴びているファイターは支える命令を出さなくなって、倒れていくシンガーをただ見下ろしていた。
「それでは、ファイターさん。願いを一つどうぞ」
「……私の願いは……」
◇◇◇◇◇
「はいどいたどいたー!工事の邪魔だよー!!」
ワイワイと聞こえる騒ぎの声を聞きながら、九郎は自分たちの住んでいた家がだんだんと変わっていくのを見ていた。
突然だった。突然、彼らの孤児院がリフォームされることが決まったのだ。前のようなボロボロな家ではなく、とてもしっかりした住居に。
いったいなぜかと、工事の人に尋ねたが、彼らも知らないらしい。とにかく頼まれたからやっているのだと、そういう言葉しか返ってこない。
返ってこない。
そうだ。九郎と共に過ごした、あの少女も帰ってこない。行方不明者として捜索を願っているが、まともな返事は一つもなかった。
この新しい家を見たら、驚いてくれるだろうか。だから早く帰ってきてほしいな。そんなことを考えながら、九郎は大きく伸びをしたのだった。
【メールが一通届きました】
【今回の戦いの勝者はファイターです。彼女の願いを叶えたのちに、契約をしていただきました。彼女が次回からのーーー】
【最終話 私の願いは】




