第10話
幸は部屋の片隅でガタガタと震えていた。手には淡く光るスマホがあり、それが少女の顔を冷たく照らしていた。
ピロリン
「ひっ!?」
スマホから聞こえる音が耳に入った瞬間、幸は短い悲鳴を上げた。そして、先ほどより震えながら届いていたメールを確認する。
「鈴鹿ちゃん……」
それは、彼女の 今の仲間である鈴鹿からのメール。それを見た幸は顔サッと青く染めるが、ゆっくりとそのメールを確認する。
「……【先日あげたプレゼント、どうでしたか?たまたま見つけたセイバーさんの剣。まぁ、メールを見た限りきちんと一人殺したんですね。流石です。これからもよろしくお願いしますね】……」
そのメールを見た後、写真の欄を確認する。その中に一つ、先日届いた幸が人を殺したことを伝える短いメール。それは消す気になれなくて、けれど見たくなくて、スクショを取り、保存している。
幸は、人を殺した。理由は簡単に、戦いに勝つためだ。殺すことから逃げるなと言われて、渡されたきな子が 最後まで生きようと。最後まで幸を守ろうとした証を鈴鹿に渡された。
断れなかった。鈴鹿も、幸も願いを叶えたいから。だから、殺すことから逃げるわけには行けない。けれど、幸は殺す気は無かった。
そんなことを言われた矢先、現れたガンナー。幸は近寄るなと念じていたが、彼女は近づいてきた。そしたらもう、やるしかない。
早く慣れないと。けれど慣れる気がしない。人を殺したという罪悪感が幸を押しつぶしてしまいそうだった。
「うっ……おぇ……」
幸は口から出てくる不快感をそのまま吐き出した。ガンナーの首がはねられる瞬間を、鮮明に思い出していた。
血なんてもう見たくない。 けれど、この先見ないと行けない。もう嫌だと。ならばこの命をたてばいいのかと、自分に聞くが答えは一つ『死にたくないし、戦いたくないけど願いは叶えたい』そんか子供じみた言葉しか、出てこなかった。
鈴鹿だってきっと、戦おうとしてる。自分より年下の少女ですらだ。
「私……弱すぎるよ…… きな子ちゃんに会いたいよ……」
幸は震えだす。けれど、そんな彼女の震えを止めてくれる人は、いない。そのことに気づいた幸は、声を出して泣き始めた。
これこそ子供だな。そんなことはわかっているけど、彼女の声はもう止まらなかった。叶うことなら、もう一度あの子に手を握って欲しかった。
けれどもう、その願いを叶えるためには、この罪悪感と戦い続けないと行けない。そんな現実に彼女は耐えれるのかは、彼女自身にも分からなかった。
◇◇◇◇◇
いつもの公園の芝生の上で、ブレイカーが寝転がって空を見上げていた。いつもニコニコしてる目ではなく、じっと暗い目では明るい空を見上げるのは、少し変な気がしていた。
魔法少女は残り4人。自分を合わせてファイターとシンガーのはずだが、なぜか一人多い。これは誰なのだろうか。
もしかしたら。なにかがいるのかもしれない。そのなにかは、あの黒いフードの魔法少女であるのはわかる。けれど正体は分からない。
新しい魔法少女が入ってきたのかもしれない。ブレイカーはなんとなくそれが誰かは考えていたが、確証が持てないし、誰かに言いたくても言えない。だから彼女は何も しない。言わないを貫いた。
「……誰です、そこにいるの?」
そんな声を突然ポツリと呟くと同時に草木を貫きながら、一人の少女が飛び出して、拳を突き出して来た。
それを見たブレイカーは地面を転がりながらそれを避けて、立ち上がる。そして目の前の少女の顔を見て「あら」と近所に挨拶する ような軽さで口を開けた。
「ファイターさんじゃないですか。どうしました?」
「ふぅ……ふぅ……その口をぉ……閉ざせぇ!!」
ファイターは荒く息を吐きながら、ブレイカーに向かってゆっくり歩き出す。地面を一つ一つ力よく踏み潰していき、身体中から憎しみのオーラーを放っていた。
「あなた……荒川京子なんですよね……?」
「どこで知りました?まぁ、正解です。私、荒川京子とーーー」
そこまで聞かずに、ファイターはブレイカーの懐に飛び込んで拳を突き刺し上に打ち上げる。
ブレイカーは口から唾を吐き、そして回転しながら飛んでいく。地面に体を打ち付けて、勢いを殺す為にワザと転がりながら、その勢いで立ち上がる。
ケホケホと殴られたせいで肺から押し出された息を吸い込みながら、ブレイカーはファイターの方を睨みつけて、口を開ける。
「なんなんですか?なぜ私を……?」
「江口家のことを覚えてないとは言わせませんよ……」
「江口……あぁ、アレですわね。 そう言えば一人だけ生き残らせましたけど、まさかあの?」
「……えぇ。私は、あの時生き残った江口鈴鹿です。貴方を……殺します」
その言葉をブレイカーに言った後、ファイターは迷わず彼女の顔に向けて拳をつきだした。ブレイカーはその攻撃を片手で弾くが、ゴキリと嫌な音がして、曲がってはいけない 方向に曲がる。
ブレイカーは顔をしかめはするが、すぐに無事な方の手でファイターの腕を掴みそのまま体を引き寄せる。そして、膝を腹にめり込ませた。
ファイターの唾を体に浴びると、彼女は途端に嬉しそうな顔になり、ファイターを蹴り飛ばした。ファイターは酸素を求めて何度も咳き込みながら、 ブレイカーを睨んだ。
「うふふ。先ほどとは逆になってますね。私達、気が合いそうですわぁ」
「黙れ黙れ黙れ!!口を閉ざしてそのまま死ね!!」
ファイターはそう言って片足を地面にめり込ませる。ドンっと音がなり地面が割れ、威圧感を前にブレイカーは一歩後ろに下がる。
地面が割れて行くのが 止まった瞬間、空気を割りながら、ファイターがブレイカーに向かって突き進んで行く。
右手を後ろに大きく下げ、一瞬で間合いを詰めた彼女は、ブレイカーの顔面に拳をめり込ませる。そしてそのまま、地面に叩きつけた。
脳を揺さぶる攻撃。ブレイカーと言えどもひとたまりもないはずだと、ファイターは 考えていたが、直後自分の体に突然何かがのしかかったかのような感覚に襲われた。
疲れたか?そう思うもつかの間、すぐに彼女はブレイカーのように地面に何かに叩きつけられた。そしてその何かにはまだ押し付けられて行く。
「な、なにが……!!」
「うふふふ……」
ブレイカーがゆっくりと笑う。 あぁ、その笑顔だ。その顔は愛する父と母。そして兄とともに見た最後の景色だ。
なぜ、なぜ。体が震えだす。何かしたことは明白なのに、何かされないように警戒してたのに、それすら彼女は突破するというのか。彼女はもう人間の域を超えているとでもいうのか?
そんなことを考えていると、ブレイカーは 立ち上がる。見下ろすな。私のことをそんな顔をしながら、見下ろすんじゃない。ファイターは飛びかかろうとしたが、それとは逆に体は地面に逃げて行く。
「確かに重く鋭い一撃でしたけど、あぁ、なんと残念でしょう!くるとわかっていたならダメージの軽減は容易ですし、カウンターも目を閉じながらでも 簡単に済ますことができましたわ」
「カウン、ター……?」
「グラビティハンマー。重力を使い相手を押しつぶす技ですけど、1日5回しか使えないし発動中は動けません!けれど、カウンターには最適ですわね。このまま押しつぶされてもらいましょうか」
「あく、ま、め……!!」
負け惜しみだった。 こんな言葉で動揺を狙えるとは思っていなくて、無意識のうちにこぼれ落ちたその言葉。それをブレイカーは嬉しそうな顔をして拾い上げた。
途端に止まる体の重み。その代わりにブレイカーがファイターの手を握り、ニコニコと。まるで子供のような笑顔を向けてきて、口を開ける。
「悪って言いましたわね! なぜそう思って、なぜその言葉を呟いたか、詳しく私に教えてください!」
「は……?」
なんだこれは。子供のような彼女のはしゃぎ声を、ファイターは風の音と一緒に聞いていた。何が起きてるかは、全くわからない。
悪。そうか。私は悪といった。まさかその言葉にここまで反応するとは思わなかった。なんなんだ、この存在は。悪魔として、子供として、姿を変えて私の前に立つな。そうファイターは叫びたかった。
「……なんで、そこまで悪にこだわるの……?」
、
やっと出た言葉を聞いて、ブレイカーは笑顔を止めて、悲しそうに目をさらに細める。そして、小さく言葉を紡ぎ始めた。
「悪役って、悲しい存在だとは思いませんか?」
「悲しい存在……」
ブレイカーはそう呟いて、ゆっくりと目を閉じる。その間にファイターは立ち上がる。逃げるのなら今だ。それはわかるが何故か足が動かず、彼女の声に惹かれてしまう。
「……私、子供の頃からヒーロー物のは番組を見るのが 大好きでして。えぇ、たくさんたくさん毎日毎日見ておりました。最初は正義の味方を応援しておりましたが……ふと、気づいたんです」
ブレイカーはそこまでいって片目を開けてファイターを見る。反応を待っているからしばらくそうしていたが、ファイターはただその目を睨む事しかしておらず、 それに気づいたブレイカーは片目をまた閉じる。
「ある日気づいたんです。悪役には、家族がおります。友がおります。恋人がおります。愛せるもの尊敬するもの……そんな存在が、悪役にもあるんです。わかります?それなのに、悪役はまるで殺されるためだけに存在してるなんて……あぁ、なんて悲しい 存在で、なんて酷い扱いをされるのでしょう……」
「…………」
「うふふ。だから私、決めたんです。そんな悪役になれば、きっとその苦しみ悲しい辛さ……全てがなるのではないかって」
「……そんなことのために、犯罪を犯したの……?」
「ええ」
「そんなことのために、私の家族を殺したの?」
「ええ」
「そんなことのためにセイバーさんや、アーチャーさんを殺したの……?」
「ええ」
あぁ。この人は子供でも、勿論悪魔でもない。そんな生易しいものじゃなくて、この人は、ただ単純に……
「狂ってる……」
無意識に呟いたその言葉が、ブレイカーの耳に入った時、彼女は両目を開けて パッと輝いたような笑顔になる。そして、ファイターの両手を掴んで、口を開けた。
「どこでそう思いましたの!?何故、狂ってると?どこでどうやって何故狂っていると思いましたの!詳しく、わかりやすく私に教えてくださいませんこと!?」
「ヒッ……」
「あぁ、恐怖で顔を歪ませてなんて素敵で可愛らしい……いや、いや。そんな顔はまた今度じっくり見せてもらうとしまして。さぁ、さぁ。教えてください。なんで?何故?どうして?私のどこが……狂ってると、いうんですか?」
ファイターは、自分の体が震えていくのがわかった。鳥肌も立っているかもしれない。彼女は、きっと 自分では倒せない。倒すは、同じような狂人ではないといけない。
自分にはなれない。一歩以上足りないその境地に立つことができるのは、きっと私じゃない。
でも、どこにいるのか。そんな人間なんて、存在するのか。いや、存在していいのか。そんな疑問が浮かんでは消えていくを繰り返す。
「……おや?」
そんな時ブレイカーが短く声を出す。ファイターは何があったかと思ったが、すぐにその何かの正体がわかった。
ゾクリ。寒気が身体中を走り抜ける。その寒気は、きっとあの時感じた寒気と一緒だ。目の前で、家族を殺された時、その時荒川京子から感じてしまった恐怖。
「……こんばんは。ブレイカーさん。それに、ファイターちゃん」
「あら、あらあらあらあら!誰かと思えば、えぇ、本当に誰かと思いましたわ!感じました、感じてしまいました!!貴女、私と同類になってますね?いや、なろうとしてますね!!」
「……シ、シンガー、さん……?いや、本当に シンガーさんなのですか……?」
シンガーは、目から光が消えていた。いつものような、優しさも消えた少女がそこにいた。
彼女の手には、折れた剣があった。そして、握る手からは赤い血がポタリと地面に落ちていき、それは彼女の歩く道を作っていた。
「……ファイターちゃん。私、決めたんだ……」
「決めた……何を決めたんですか?」
「私は……殺す。何もかも、全て。私も支えてくれるあの人に会うために、私が共にいたいと決めた、あの人の手を握るために。私は殺し続ける……それを、決めた。今、ようやく」
そう言ったシンガーは、折れた剣をブレイカーに向ける。ギラリとそれは怪しく光り、真っ直ぐとブレイカーを射抜いていた。
ブレイカーはその剣とシンガーを交互に見て、短く「あぁ」と呟いて、体をくねくねと動かし、頬を赤く染めて興奮したような顔つきになる。
「素晴らしいですわ……なんて、素晴らしい……私、初めて悪役になれそうな人を見つけました……あぁ、滾ってしまいます……」 「そんなことはどうでもいい。とにかく貴方を殺せば、一歩近づける」
「う、うふふふ……えぇ、えぇ!なんて最高の日でしょう!!同じ道を歩くのに、そのゴールに立てるのは、一人だけ!!真の悪になれるのは、どちらか!!あぁ、そう考えるととても興奮していきます……!!」
「……黙れ。その 口を閉ざして、そして死んでください」
シンガーはそう言って走り出す。剣を真っ直ぐとブレイカーの胸に向けるが、それはブレイカーの胸にあたることはなく、彼女は片手でそれを受け止める。
そして、シンガーの横腹に足を突き刺す。ゆらりと倒れてしまいそうになるシンガーに、ブレイカーは更に 連続で足技を繰り出す。
顔、胸、体全てがブレイカーの足の形に変わっていき、そのまま彼女は後ろに倒れる。
けれど、シンガーはすぐに立ち上がる。よく見ると、口を細かく動かしていた。ブレイカーはなんとなく、察して小さく微笑む。
「歌で強化するのは、自分にも効くのですわね。うふふ。まぁ、 その方が楽しいですし、構いませんよ」
「……悪に堕ちるのは、私だけでいい」
彼女はそう言ってファイターの方を向いた。その目は、一瞬だけだがとても優しく見えたが、それもすぐに消えてしまった。
走りだし、ブレイカーとまた戦いを始めるシンガーを見て、ファイターはわかってしまった。 狂人が、そこに二人もいることに。
あの世界に自分は入れない。堕ちる事を無意識に拒否していることに、気づく。殺すと息巻いていた自分は過去の存在。今は、ただ自分より恐ろしいものにガタガタと震えることしかできない、そんな存在に成り下がっていた。
せめて動けと、自分の四肢に言うが、彼女の身体はそれすらも拒絶する。それに、もはや動けないのではない、動き方を忘れてしまっていた。
気付くと、二人の狂人はフラフラと身体中から血を流していた。いや、シンガーの方が多く流していて、ブレイカーはまだ余裕がありそうだ。
「うふ、うふふふふ。さぁ、次で……終わりにしましょう?」
「望むところ」
しばしの沈黙。その長さは秒かそれとも分か。そんなことすらわからないほどそれは長く、そして短く。
二人の髪が揺れる。それが元に戻った時、風が強く吹いた。シンガーの剣とブレイカーのハンマーがぶつかり合う。
「……うふふ。やりますわね。いや本当に……けれどその戦いかたは、命を削る戦い方。この一撃に全てをかけてたみたいですが……残念ですわね」
「だったら次の一撃に全てをかける。それだけのことーーー!」
シンガーの剣がブレイカーの片腕に突き刺さる。だが、ブレイカーのハンマーはそれと同時に彼女の顔を貫いた。
鼻か。いや、顔面の骨が折れたのかもしれない。 そんなことすら、わからないほどの痛みがシンガーに襲いかかる。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか……」
ブレイカーはゆっくりと歩き出す。彼女の手がシンガーの首を握りしめ、上に掲げる。ギリギリと音がなり、シンガーが小さく呻き声をあげた。
シンガーは、ブレイカーを強く睨みつけていた。 その目を見た、ブレイカーは優しく微笑み、首を握る強さを更に激しくする。
このままじゃ、シンガーは死ぬ。そのことはファイターでも簡単にわかった。けれど、足は動かない。情けない。私はいつまでーーー
人間でいればいいーーー?
その時ーーー
ーーー雷が落ちた
ブレイカーたちの間に落ちたその雷。それは一度見たことがある。あの時、見てしまった、あの雷だ。
それを落としたものが歩いていた。ゆっくりとくるそれは、フードをかぶっていたあの少女。彼女がこっちにくる。
「……おや、なんで私たちの邪魔をするんです?」
ブレイカーがその少女に声を かける。けれど、その少女は何も言わなかった。まるで二人の戦いを止めるためにやって来たそれは、地面に突き刺さった槍を引き抜いて、二人に構える。
「いや、いやいやいや!待ちましょうよ!こんな楽しい戦い、止めるわけにはいきませんよ!なんで止めるために貴女は動くんです?何が目的何ですか? ランサーさん」
ランサー。その言葉を呟いたブレイカーは、ハンマーを投げる。それはフードの少女の眼前で止まり、彼女のフードを吹き飛ばした。
そこにいたのは、いつものような無機質な瞳を持っている、何者かによって殺されたはずの少女。ランサーが立っていた。
「貴女は、何者なんですか?」
今何が起こってるかわからない ファイターとシンガーの代わりに、ブレイカーは口を開ける。その言葉を聞いたランサーは、ゆっくりと目を閉じて、そして言葉を零した。
「私、この戦いの記録係をさせていただいてます。ランサー……機体番号、HALー3型マークIIでございます。以後お見知り置きを」
【メールが一通届きました】
【HALー3型マークII。もっと盛り上げるように頼みますよ。まだ、ラストバトルには速いですから】
【第十話 悪に堕ちるのは私だけでいい】




