008 港町サビーネ
無事目的地の港町サビーネに辿り着いた工藤とマギーの二人は昼食を求めてプチ町の探索へと向かう事にした。
「お魚が美味しいですね~」
「やっぱ港町だから新鮮だよな」
「塩漬けの魚しか食べた事が無いので驚きです」
「あぁ~やっぱそうなんだ!くぅ~そうなると寿司とか無理なんだろうな」
「スシ!?って何ですか?」
「シャリって酢を通したお米の上に生の魚を乗せた料理なんだけど……まぁ~現物見ないと理解できないだろうな」
「生の魚……ですか。ちょっと驚きですね」
マギーは工藤の台詞で生魚を丸々一尾食べると想像したらしく少々腰が引けた様子である。
腹ごなしも済ませた二人は、その足でギルドへ転移届に向かう事にした。
「確か……この角を左に曲がっ……おっと!」
「御免よ~急いでるんだ!」
キョロキョロとギルドを探す工藤に角で鉢合わせるかの様にぶつかる影が在った。
影は思ったより小さく相手が子供であるのが直ぐに判ったのだが、工藤がよろけるのに対して、子供の方が元気に走り去ろうとしたのだ。
所がマギーが咄嗟にその子供の襟首を掴み工藤へ大丈夫かと言葉を掛けて来た。
「エイジ様ご無事ですか?」
「あぁ~相手は子供だからね問題ないよ」
「では、懐の財布を御確認下さい」
「えっ!?」
言われるがままに懐を調べると小金を入れていた茶巾袋が無い事に気付く。
「アレ!?さっきの料理屋でお釣りを入れた筈なんだけどなぁ」
「……」
「……素直に出せば、今回は見逃しましょう。ですが、抵抗するようですと衛兵に突き出しますよ」
襟首を掴まれそれでもじたばたと暴れる少年に諭す様に告げるマギー。逃げる隙を与えられないと踏んだ少年は、おずおずと彼の懐から工藤の茶巾袋を差し出した。
「ちぇ!コレで文句ないだろ!さっさとその手を離せよ!!」
暴れる少年に対し素気ない態度のマギー。不意に襟首を掴んでいた手を緩めると勢い余って少年はゴロンっと転がってしまった。
「痛ぇ!この暴力女。次会ったら覚えてろよ!序にボーっとしてるオッサン!財布にはもう少し金を入れてとけってんだ!バーカ!」
小汚い坊主は棄て台詞を残し、アッと言う間に人込みの中へ消えて行った。
「活気そうな町だけど、荒んでるんだな」
「何処の町でも弱いのは子供ですから……あの子の親も病気か魔物の手に掛かったのやもしれません。此のままだと何れ捕まって犯罪奴隷に落とされるのですが……心配です」
世界が変わっても生きる術が無いと犯罪に走り易い。それが明日を生きる糧なのだろうが、まともに生きる術を与えるのも、大人の役目なんだけどと工藤は思う。 この世界は生きるのに必死だ。術さえ学んで居れば悪さをする暇さえない。スリを働いた少年にも生きる術を得るチャンスが在ればと願う彼だった。
「目的のギルドは目の前だ。さっさと手続き澄ませて安心できる宿を探そう」
ドタバタ騒ぎに人垣が一瞬出来たが当事者たちが去った事で、自然と滞りも消え町は平常へと戻る。工藤とマギーも目の前のギルドへ向かって無事手続きを済ませるのだった。
「そうですね。お薦めは『ヒルトーン』か『ミンシュク』ですね。前者は一泊二千$もしますが、それは優雅な宿と聞きます。後者は一泊食事付きで5百$。料理が自慢の宿ですよ。ただ長く滞在するなら『アパトメント』で集合住宅か一軒家を借りるのもお薦めですね」
「へぇ~その『アパトメント』の仕組みを聞かせて貰えます?」
「一月単位で借りれる物件です。家具から備品全てが揃ってるのが一般的ですから身一つで直ぐ住む事が可能ですよ。詳しくは不動産屋に尋ねて下さい」
敷金礼金無しの上に家具まで揃ってると成れば、ウィークリーマンションと同等だろう。前金制度らしいが物件次第では安上がりかもしれないと工藤は思った。
「どうだろう!?」
「宜しいのではないですか?」
「じゃ~今夜は宿に泊まって明日不動産屋を訪ねてみようか」
こうして工藤は冒険者ギルドで話を聞く事が出来、今夜のお宿へと向かう事に成った。
「予約なしですが、一晩お部屋有りますか?」
「いらっしゃいませ。今ですと最上階の角部屋がご用意できますが」
「えっと……因みにお幾らでしょう?」
「今宵のお料理はどうされます?」
「食事付きで」
「其れですと、一部屋三千二百$と成ります」
流石高級宿屋、一泊で金貨三枚以上は破格だろう。それでも今の工藤には十分泊まれる金額だ。長期滞在は無理でも、初日の夜位贅沢しても罰は当たらないと彼は思った。
ボーイに連れられ最上階の五階へと向かえば、其処はフロアー貸し切りの部屋だ。インペリアルルームだったのかと内心驚く工藤だが、おくびにも出さずにボーイの説明をふんふんと聞いて居た。
「お食事は如何なさいますか?」
「と言うと!?」
「お時間のご指定並びにお部屋か下で個室をご用意出来ます」
「じゃ部屋で。時間は陽が沈む頃でお願いしようか。それと!口当たりの柔らかいお酒を食事と共にお願いしたい」
「畏まりました」
ボーイはそう言って部屋を後にする。チップは?とも思ったが、必要なら食事の後でも良いかと考えドアの先で彼を見送った。一人部屋の奥に居るマギーが気に成って近付けば、彼女は少々畏まって固まって居た。
「男爵様は余りお屋敷にお金を掛ける方では無かったので驚いています。一度だけ伯爵様の別邸を訪れた事が在りますが、此処は其れに近い雰囲気ですね」
「へぇ~そうなんだ。貴族様と言っても皆が優雅な暮らしでは無いんだね」
「はい。私が知る貴族様方は皆様贅沢より民の暮らしを考える方でしたから……」
そういう貴族も居るのかと思うと少し安心する。民が在っての貴族と考える事が出来れば、貴志君達が救う価値も在るのだろう。
「それにしてもエイジ様の対応にも正直驚きを隠し切れませんでした」
「そう?どこが?」
「デンと構えて立派なご対応でした。それにこの部屋の装飾を見ても余り驚いているご様子では有りませんし……」
「まぁ~俺も本物の城は見た事が無いケド、俺の所の城の内装は金箔や大理石と言った装飾が派手だからね。其れに比べると材質の木材は遥かに此方が良い品だろうケド、落ち着いて見える分気が楽だな」
「金箔とは派手ですね。確かにこのテーブルセットの材質はエントの古木の様ですね。コレだけの品ですと三十万$でしょうか?エイジ様は流石です」
備品のテーブルセットで3千万円って有るのかよ!?と内心驚くが、まぁ~外国だと似た感じの宿も在るだろう。但し自分が泊まるかと成れば別な話だ。コレが異世界ギャップなんだろう。
「値段はどうでも良いさ。それより長旅ご苦労様でした」
「出会う方々から面白い話が聴けて楽しい旅でした。エイジ様との旅は素晴らしいモノだと思います」
「そっか……出来るだけ楽しい時が過ごせるよう努力しよう」
「はい。一層励んで御供致します」
ベランダからは海辺が見えた。陽が傾き掛けているので出港する船は無い。それでも水平線の向こうには、サビーネに向って航行する帆船の影が見える。
工藤も何度か船旅の経験は有るが、夕暮れ時に帆船を何隻も見つめる事は初めてだった。マギーも同じなのだろう。自然と彼女の後ろから抱きしめる工藤にソット頭を預ける彼女。いつしか二人はベランダで赤く染まっていく。唇をそっと重ね、甘い時を過ごす二人である。