019 オーガ戦
町の北東部で偶然一人の女性を救った工藤達。しかし、油断が彼等を危険に晒す。
「クソッ!」
「エイジ様大丈夫ですか?」
「あぁ~其れより彼女を頼む」
「『ポンテ』です。私の名は『ポンテ』です。貴方の名は?」
「俺はクドウ・エイジ。皆は俺をエイジと呼ぶ」
「私はマギー。エイジ様の御傍にいるモノです」
「ポンテ。マギーの傍を離れるんじゃないぞ」
「はい。それと敵は多分オーガです。此処に来る前に大熊の死骸を見ましたか」
オーガ。鬼の類でこの辺りで一番強い魔獣として恐れられている。ゴブリンやオークが魔獣と称されるのは、女性を襲う畜生野郎だからだが、オーガが魔獣と称されるのは、圧倒的な力が有るからだ。雅に野獣と言う名に恥じぬ存在だ。
「確かに……このパワーと速さは、オーク如きじゃ無いな」
「エイジ様。オーガならば、正面切っての戦いは不利です。お気を付け下さい」
昨夜は俺が勝てると煽っておきながら、正面切っては不利だと言う。どっちなんだよと思いながらも、相手の動きに睨みを利かす。一目散に逃げたい気分だが、マギーとポンテを残しては行けない。結局、否でも男気を出すしか道は無いと諦める工藤だった。
『ブォォン』『シュッ』『ドゴォォン』『ズズ・バゴォーン』
激しい風圧が工藤を襲う。寸での所で交わすと後ろの大木に大きな裂け目が出来た。大木は耐えきれず大きな音共に工藤の腰の高さで砕ける様に折れて朽ちる。
「マジか!?スゴイ破壊力だな。だけど……コッチも易々と負けられねぇんだ」
気合を入れ、短槍を握り直す。飛び散った葉っぱの向こうに大きな影が一つ浮かび上がって来た。全身は赤い肌。筋肉隆々で身の丈は工藤の倍以上は有るだろう。
腰には毛皮で拵えた物を身に付け頭には一本の短い角が在る。上腕筋だけで工藤の太腿程の太さだろうか?その手には倒れた大木程の棍棒を持って居る。
「トラジマだったら雅に鬼そのものだな」
「オマエ。ニド、ヨケタ。タノシイ」
雅かの出来事だと工藤は一瞬固まってしまう。魔獣であるオーガが話をするとは思いもしなかった。否、彼の勝手な思い込みだから仕方が無い。それでも話が出来る相手とは、つまり意思の疎通が可能と言う事であり、戦いを回避できる事も有りうると言う事だ。
「嘘!?話せるのかよ」
「エイジ様!油断しては危険です」
「いや!だって!相手は話す事が出来るんだぜ」
「当然です。魔族や魔獣の一部には話を出来るのも居ります。其れが何です!」
「それが何ですって……話し合いは無理なのか?」
「人同士でも話し合いますが戦争は起こります。魔獣との話に意味は有りません」
確かに人間同士でも争いは続く。それでもと考えるのは平和ボケした世界で生まれ育った所以だろう。一瞬の迷いが隙を生む。『シュッ』と一陣の風が左腕に走る
『グッ!』咄嗟的に避けたツモリだが、風は工藤の腕を掠ると痛みと共に血がじんわりと滲み出す。
「おっと、いつの間にか上から目線で考えてたようだな。気合入れないとコッチが倒されかねないか……」
「エイジ様!」
「大丈夫だ。取敢えず、死なない・倒されない・負けないで終わるからさ」
「オモシロイ。ワレヲ・タオス?」
「倒すとも言ってないが……コレはどうだ!?」
短槍を三段突きで放つ。オーガの足元に『グサッ!グサッ!グサッ!』と槍先が刺さったが、奴の足を捉えた感覚は伝わって来なかった。代わりに『バサッ』と離れた位置で奴が着地する音が響く。
「オマエ・オモシロイ」
本気で放った三段突きを意とも容易く交わすオーガに工藤は打つ手なしの状況に落ち込む。が、その時彼の索敵スキルに新たな人影を捉えた。
「ジャマガハイッタ。オマエ・ナマエ?」
「工藤だ」
「ジャンゴ。オマエノクビ・オレガトル」
そう言い残してオーガは去って行く。その姿を確認して工藤はその場に座り込みフゥーと深い溜息を吐いた。
「大丈夫か!?」
複数の男達の呼び声が届く。ポンテを心配してか、それとも戦闘の音に反応してかは知らないが、冒険者達が駈寄って来た。彼等の登場で救われたと感じる工藤。
マギーはオーガにも勝てると言っていたが、今の自分では無理だ。もっと強く成らなければ、真面目に鍛えないとイケないと感じた工藤である。
冒険者達と街へ帰る事が出来た工藤達。その日はギルドへ報告し解散となった。翌日、自宅にポンテが礼だと言って挨拶に来たのは工藤の傷をマギーは癒した後の事である。
「昨日はありがとう御座いました」
「コッチも助けられた身だからな。そう気にするな。所で実験材料と言っていたが、何御実験をしてるんだ?」
「スライムのネバネバした身体は他の物質と化合する事で使い道が在るんですよ」
「へぇ~。差し支えなければ聞かせてくれ」
「一番は『熱を遮断』次に『衝撃吸収』でしょう。製造は今模索中ですが、過去の実験で二つは成果が出ています」
「熱を遮断か……おぉポルテ!其れって自由に形を作れるのか!?」
「イキナリ如何しました?ええ。確かに形は自由に作れますよ」
「よし!開発に必要な金と材料は俺が用意する。だから俺が思う奴を作ってくれ」
「願っても無い話です。此方こそお願いします」
工藤が考える屋台に必要不可欠な冷蔵庫に『断熱材』は必要不可欠だ。冷やし続けられれば『クレープ』に必要な『ホイップ』と『プリン』を安心して売る事が出来ると工藤は思った。
「冷やす方法はお考えですか?」
「水と風を使って冷やせると思うんだ」
「水と風ですか?」
田舎に行けば、冷たい川にキュウリやスイカを直に冷やす事が在る。冷却水を循環させラジエターに風を当てる事で熱を奪う方法を使って屋台が作れるそうだ。
ポルテが加わり思いを形に変える。その間にロミ達は勉強も学んでいく。ブエルは、宿の調理の合間に調理の手順を覚え、手際よく捌ける様練習を重ねて行く。
不思議な縁で出会った孤児達を更生させる為に思い付いた商売だが、やっと形が見えて来たと安心する工藤である。
「エイジ様。後が流行るだけですね」
「だよな。後は裏庭の家が完成すれば、形は整うね」
「其れも、後僅かだと聞いております」
「それじゃ~本腰入れて鍛える準備もしないとね」
「ええ。今度は是非オーガに勝って下さいね」
鬼軍曹の叱咤激励に苦笑いしつつ、大切な物を守る力が必要だと心に決めた工藤。
戦う事を避けつつも戦いの渦へ巻きこまれる定めに彼は抗う事を辞めた。