018 町の北東部
マギーの色香作戦に落とされた工藤は渋々町の北東部で新たな狩りを始める。
闘う事で敵を知るとは、この事だと初めて気付かされた。ゴブリンは異臭を放ち群れで襲い掛かる。奴等は魔獣の中でも力が弱く小柄だ。オークは思い描いてた奴とは違って居た。ゴブリン程臭くも無ければ非力でも無い。集団で襲い掛かるがゴブリン程数は多くない。
何方も魔獣と呼ばれる所以は、コイツ等が多種族・特に人の女性を襲うからと言われている。出産能力を持つ個体が居ないからだ。種族として如何かと思うが他所の種族を孕ませるなら出産機能を必要としないのも肯けるが、襲われる側は堪った物では無い。合意処か無理やりなのだから獣呼ばわりされ人に嫌われるのも当たり前だ。
危険なのはオークの襲い方に在る。ゴブリンと違って異臭を放たないコイツ等は発見が遅れ易い。身体に似合わず動きが早い為、男性だけのパーティーだと奇襲を喰らうケースが多々有った。女性ばかりのパーティーも危険だ。普段異臭を放たないオークも女性がいると話が変わる。異様な甘さの在る臭いを発する。『発情』って奴だ。神経系ガスに近い体臭はフェロモンとも言うべきか?この異臭が女性の動きを麻痺させ動きを鈍らせるのだ。昔からオーク狩りに行く時は男女混合チームで行えとは、この事から言われ続けている。
工藤とマギーは二人きっりでは在るが、この教えに偶然にも従っていたお蔭で奇襲に遭う事も無ければ、マギーが麻痺する事も無かった。但し、戦闘の大半は工藤一人が行うと言うハードな戦いだったのは言うまでも無い。
「ふぅ~雅かオークがこんなに強いとは思わなかったな」
「エイジ様に掛かれば、造作も無い事ですが、足手まといで、すみませんでした」
「嫌々、あの臭いでは、しょうがない。でも対策は考えないとね」
思わぬ苦戦を強いられたが、それでも工藤が勝てたとは今迄の戦いの成果だろう。
兎を狩り狼を倒し猪やら熊そしてゴブリンと数々の魔物や魔獣を倒してきた結果、彼は身に付けた魔法を強化でき進化出来たからだ。
「さっきの戦いで、気配探知の範囲が広がったし、地図も把握出来る様になった。次からは、そう易々と相手に後れを取る事は無いと思う」
「地図を把握とは、どう言う事ですか?」
「簡単に言えば、頭の中に周囲の白地図が浮かぶんだ。言った所は鮮明に記憶され足取りが判るのさ。其処に敵の位置まで知らせる力まで備わったから奇襲も迷子も心配ないかな」
「流石エイジ様。それも勇者様と並ぶお力なのですね」
位置情報システムと言えば、工藤には判り易い言葉だが、世界は丸くて星の高さから観察出来る事を知らないマギーや地元住民は、強化され統合された魔法の存在すら知らないのだろう。鈍い工藤ですら今回の魔法はチートなんだと理解し恩恵を素直に受け入れた。
「キャー!」
と突然女性の悲鳴が何処からともなく響く。此処はゴブリンやオークが住み付く場所だ。何処かで女性が襲われていると工藤とマギーは声の響いた方向を探し急いで駆け付けた。
「居ました!あそこです」
「アレって……オークでも無ければゴブリンでも無いな」
「スライムです。『青スライム』は溶解液を出す魔物。このままではあの女性の身体が解かされる危険性が有ります」
「判った。どう戦えば良い?」
「スライムは耐斬が有ります。体内のコアを突いて破壊するか魔法で外皮を燃やすのが一番です」
「よし!俺があの娘を助けて囮に成る。マギーは火属性魔法で倒してくれ」
作戦が決まり工藤はスライムと女性の間に割って入った。
「ヒィィ!」
突然現れた工藤の陰に女性は新たな魔物が現れたと思い驚くが、助けだと言われ我に返った。
「何方か知りませんが有り難う御座います」
「嬢ちゃんが、こんな危険な奥地に一人で居る理由は判らないケド安心しろ」
相手を落ち着かせ、短槍を構える工藤。スライムの何処に目が在るかは判らないが、彼は槍先を何度か突き出しながら牽制しつつ保護した女性を後ろへと逃がした。
「待って下さい!『青スライム』は大事な実験材料です。殺さず生け捕りに!」
「ぐっ!……マギー出来るか?」
「正直解かりませんが試してみます」
コアを突けば死んでしまう。高熱で焼き払うのもダメだと言われ、工藤はどうしたものかと悩んだ。
「氷で固めて下さい」
「氷!?低体温で結局死ぬんじゃないのか?」
「死に至るまでに時間が掛かります。仮死状態から必要材料は採取できますし、どっちみち倒さないと実験は出来ませんから」
確かに生け捕りでモルモットとは行かないのだろう。凍らせておけば、死滅する間に必要なモノを採取できるからと女性は簡単に言うが、工藤にはそんな魔法は無い。マギーに頼る他無かった。
「マギー氷魔法とかある?」
「いいえ!私は水属性しか使えません」
「私が風属性が使えます。其処の貴女!私と時を合せて属性魔法を放って下さい」
工藤が音頭を取り二人の女性が同時に魔法を放つ。水と風の魔法が反応し合って辺りに冷気が走る。飛掛ろうとしていたスライムが伸縮運動をした所で氷魔法が発動する。
「やった!これで念願の材料が手に入りました」
「ふぅ~其れは良かったと言いたいが、俺達が居なかったらお嬢ちゃんどうするツモリだったんだ?」
「えっと……隙をついて粘膜を採取できればと……」
つまり、行き当たりばったりな考えだと言う事だ。考えでも作戦でも無い場当たりな行動を幼い少女一人に行わせるのは如何かと憤る工藤。マギーが小声で注意を呼び掛けて来る。
「エイジ様。勘違い成されてるようですが、この方は立派な成人女性ですよ」
「えっ!こんなに小っこくて幼い顔をしてるのに!?」
「聞こえますよ!」
「あっ!……スマン」
「いえいえ、如何やら貴方様は、『齧歯族』を知らないようですね。初めてお会いする方は皆さん私達を幼子に見られる方が多いですから」
「齧歯族!?」
「ハイ。私の様な鼠人や兎人それと栗鼠人を総称で『齧歯族』と、今では特徴である『齧歯』を見せる種族は居ませんが、それでもその名で呼ばれています。特に鼠人と栗鼠人は小柄で幼い顔立ちが多いのです」
よくよく見ると、白鼠っぽい雰囲気が無きにしも非ずな気もするが、工藤から見ると、色白の幼い少女しか見えないが、彼女の長い尻尾に気付くと何と無く頷けた。
「で、その君が何故一人で此処へ?オーク達が多いと知らなかったのか?」
「それは知って居りましたが、どうしても実験材料が欲しくて……」
「まぁ~偶然居合わせた結果、君は助かったんだ。コレからは気を付けるんだよ」
「ハイ。助けて頂いて有り難う御座います」
見るとどうしても幼く見えてしまう名も知らぬ女性に説教臭く説くのは、中身がオヤジだから仕方が無い。それでも彼女がオークやゴブリンに襲われなかっただけでも今回は良しとするべきだろう。
一安心したと処に、突然影が襲う。
「エイジ様!」
気配探知が緊急シグナルを頭の中でガンガン鳴り響く。魔法が幾ら進化していても、使う者が疎かにしていたら意味が無い。今回は偶然が重なったに過ぎない。
工藤が影に気付くより先に動いた結果が引き寄せた偶然だった。彼が居た場所はゴッソリと何かに削り取られ、土煙が立ち込める。
「マギーこの人を守れ!俺は敵を察知して盾となる」
経験不足が招いた油断が、工藤達を危険に晒す。正体不明の敵が突如三人を襲う事に成る。