013 トライ&エラー
新居生活が始まって一月が経った。工藤とマギーの同棲生活は大分馴染んだモノとなった。午前中は狩りをし昼からは自宅で工藤は実験を繰り返す日々である。
昼からの工藤の作業と言えば、もっぱらライズの糠取作業だ。元の世界で言えば
糠取は摩擦で取り除くものだが、ソレが難しかった。ライズの粒はコメの4倍程も大きい。その分糠の厚みもあるのだろうか剥がれ難い。モロコも似た様なモノで大きさはトウモロコシの5~6倍。よくよく調べると無色の殻が実を包んでいる。
一晩水に浸せてみると腐り、蒸せば青臭さが際立ちすぎて為す術無しの八方塞だ
「クソ~邪道だけど、少し砕いてみっか!」
お米の粒は炊き上がった時に程よい水分と柔らかさが命。米粒が割れていると、その部分が損なわれるのだが、工藤は破れかぶれの思いで大きい粒の玄米を包丁の柄で思いっ切り叩いてみた。
「おぉ!こ、コレは……」
包丁の柄で叩かれた大きな玄米は見事に真っ二つに割れた。工藤が驚いたのはその中身だ。玄米の中に米粒が何粒も入っている。毬栗や柑橘類の房の様に玄米の中には、小さな真っ白い米粒が何粒も詰まっていたのだ。
「これが異世界の米か……コレじゃ簡単に糠は取れる筈はないワナ」
試しにモロコも同じ様に真っ二つに割ってみれば、中から何粒ものトウモロコシの粒が出て来たのが確認できた。
「ヨッシャ!第一関門突破~。後は試しに炊いてみるだけだ」
『初めチョロチョロ中パッパ。赤子泣いても蓋取るな~♪』鼻歌交じりに工藤は火加減に注意を払いオコメを炊き上げる。特製釜からは白い湯気が立ち上がり、今までとは明らかに違う美味しい香りが立ち込めて来る。……結果は上々。特製釜には、甘くて柔らかい見事な銀シャリが炊き上がっていたのだ。
「エイジ様。ホンノリ甘くて柔らかくて美味しいです。コレが言ってらっしゃったオコメなのですね!?」
「あぁ~そうだ。くぅ~これで飯のバリエーションが増えるぞ」
「楽しみにしておりますエイジ様」
ひとしきり感動を味わった工藤は次の実験を始めた。
「マギー少し音がするけど驚くなよ」
フライパンに小粒のモロコの実をジャラジャラと入れ、膨らんだ蓋を被せると振るう様にフライパンを熱っしていく。やがて『ポン!ポポン!ポン、ポン、ポン』と軽快に弾く音がキッチンに鳴り響いた。
「何が起こってるんですか?」
「昔ながらのお菓子だ。俺の所じゃ品種が違うんだが、まぁ~異世界ならではって事で納得してるけどさ。まぁ~もう少し待ってろ」
工藤がニヤリと笑いながらマギーに話し掛けている。その内にポンポンと軽快に鳴ってた音が鳴りやんだ。フライパンを火から下し、テーブルに置く。
「マギーゆっくりと蓋を開けてごらん」
湯気と香ばしい香りを漂わせ、真っ白いモノがモコモコと湧き出して来た。
「フライパンから溢れる程に出て来るコレって……料理じゃ無く手品ですか?」
「成功だな。コレは手品じゃ無くちゃんとした調理だ。一つ食べてごらん」
「……」
「どうだ?」
「スゴイ!カリッとして軽くて、香ばしいです。穂のかな塩味ですか?食欲そそりますね。あぁ~ダメ!手が止まりません。エイジ様の分が……」
「気に入ってくれたんなら嬉しいよ。『ポップコーン』って名だ。材料は山程残ってるし、食べれるんなら全部食べても良いよ」
「あぁ~凄い!甘い卵焼きも忘れられない味でしたが、オコメもポップコーンも美味しいです~。手が止まりません。如何しましょう!?」
実だと思ってたのに房や殻が有ったのには驚いたがネタが判れば後は簡単だった。アレだけ苦労してたのが嘘の様にライズとモロコは見事、御米とモロコシに化ける。マギーを見てるとコッチの世界でも十分評価を得られる事は想像は付く。後は如何に簡単にライズとモロコを割るかだ。この辺は鍛冶屋と相談しながら話を進められると思う工藤だった。
手本としたのは手動式のコーヒーミルだった。其れに手を加え殻と糠を風と重さを利用して実と分ける様にする。二段式の回転刃が上段でライズとモロコを砕き下段で糠と殻を砕いて取り除く最後に綺麗な小さな実が残る。何方も同じ手法で成功した。若干モロコの方がハンドルを回すのに力が要るが、十分だろう。鍛冶屋の親方の力作のお蔭で工藤は先に進めると大喜びだ。
「おや!旦那久しぶりですね」
元気な声で挨拶をしてくれたのはミンシュクの女将マレーだ。最近はライズとモロコに掛かりっきりだった為に、顔出しはマギーに任せっきりで、工藤はご無沙汰振りの顔出しである。
「そうそう!ライズがあんなにモッチりとして穂のかに甘い食べ物に在るなんて!ってウチのが驚いてましたよ。私はモロコのカリッと感が気に入りましたけどね」
先日、評価を確かめる為に炊き上がったオコメとポップコーンをマギーにミンシュクに届けさせていたのだが、中々好評を得た様子だ。
「オコメなら料理の幅が広がりそうだってウチノが言ってましたケド、アレって卸せるだけの量って有ります?」
「実は、その件で顔を出したんだけどね」
店は丁度昼を過ぎた頃、ミンシュクは宿の他に夜は食堂を営業してるが、昼間は休憩中だ。そこで工藤は相談を持ち掛けたのだ。
「成程、ライズにしてもモロコにしても下拵えが大変なんですね。まぁ~簡単だったら誰かが直ぐに気付いてたんでしょうが……そうですか働き手が居ないじゃ、量産は厳しいですね」
女将は顔が広い。誰かを紹介して欲しいと相談しに来たのだが、誰でも良いと言う訳にも行かず、気長に人探しを依頼する他無かった。
どうしたものかと思いながら工藤は町を練り歩く。するとマギーがコソコソと誰かを付け歩く仕草が目に留まった。彼女の視線の先には。何時ぞやのスリの小僧がマギーと同じく誰かを付け狙って居る。
視線の先の知らない男性が動き小僧が動く。その瞬間!マギーが『ガバッ!』とスリの小僧の襟首を掴んだ。
「うえぇぇ~!」
「なにしやが、ゲッ!!いつかの暴力女!」
「邪魔すンじゃ無ねぇ!あぁ~折角のカモが……行っちゃったじゃないか」
カモと言われた男性を見るとキョロキョロと辺りにを見渡し人込みに消えて行く工藤から見ても危なげだ。自分も同じ様にみられてたかと思うと悲しく思えて来た。
「あの足運びは……一見商人に見えますが、あの人は訓練を積んだ方ですね。貴方!もしくは貴方のお仲間は、最近派手にスリ行為を行ってませんでしたか!?」
「な、何だヨ、藪から棒に!人を犯罪者扱いするのは辞めてくれよな」
「実際、貴方は犯罪を犯してましたケド……まぁ~良いでしょう。ですが、あの人は囮ですヨ。私が止めなければ貴方は確実に捕まってましたね」
マギーがそう警告すると人込みの中から騒動が聞こえた。警笛が鳴り響くと何処からともなく衛兵の群れがワーッと押し寄せて来るのが工藤の場所からも見える。
「見なさい。アレが貴方の未来の末路ですよ」
「……マジか」
「坊主。良かったなマギーに感謝するんだぜ。コレに懲りて足を洗う事だ」
事の経緯を見ていた工藤だったが、二人の騒ぎが大きくなると思って割って入る事にする。
「ワッ!!。チィっ。オッサンまで来やがった。五月蠅ぇ!他人が俺達の何を知ってるって言うんだ!?説教なら十分聞き飽きたぜぇ!」
「馬鹿野郎!あんな風にお前も捕まりたいか!捕まったら奴隷にされるんだぞ」
「犯罪奴隷の行き場は重労働です。貴方の様な子供でも例外は無いですよ」
「悪い事は言わねぇ。坊主!サッサと足を洗うんだな」
「間抜けなオッサンに暴力女の言う事なんか聴いてられるか!」
『パシッン』
乾いた音共に右手を振り抜いたマギーの姿を見た。左の頬を真っ赤にした坊主が驚いた顔で彼女を見つめている。
「貴方は奴隷の苦しみを知って居ないからそんな事を言えるのです。自分だけが恵まれ知り合った奴隷の末路を貴方は見た事が無いから……」
「うるせぇ……よ。奴隷の末路なんか知るもんか!だけど寒い冬空の中、死んでいった仲間の顔なら俺って……俺だって知ってるさ……母ちゃんと姉ちゃんが死んだ日の事を忘れちゃいない……でも、それでも孤児の俺達に何が出来るって言うんだよ!教えろよ!教えてくれよ!!スリが悪い事だって馬鹿な俺達だって知ってるさ。
それでも喰わなきゃ俺達も死んじまうんだ。小さいガキ達が腹を空かせて帰りを待ってるんだ!犯罪じゃ無く稼げる方法を教えてくれよ!!バカヤロウ……」
「坊主……」
「施しをするのは簡単です。ですが、それで貴方のプライドは保てますか?プライドを持ってるのなら、己の命を懸けて戦いなさい。私が貴方に教えられるのはソレ位しか有りませんよ」
「たたかう?」
「あぁ~別に武器を持って魔物に挑め!って事じゃないですよ」
「坊主、戦い方は人其々だ。生きる為に贖う。もがく。努力しろって事だ」
「そう言われたって……」
「任せろ。俺に少し考えが在る。先ずは坊主の仲間の所へ俺達を連れて行け」
不思議な縁で知り合った孤児の子を立ち直らせる為に工藤は動き始める事にした。