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ルインズ・ワールド

作者: 鈴鏡 涙刃

お久しぶりです、涙刃ですっ!

さーって、今回は夏に書いた短編小説をうpしてみますっ!

内容は、少年少女を軸としたお話です。

結構、定番だぁ~という風に書いたので、

私にしてはまともなモノが出来たかと…(ただし、誤字脱字や散文になっていないとは言っていませんw)


でも、今回は割と真面目に書いてみたので、良ければ覘いて行ってやってくださいね!

世界戦争により、世は荒廃した。


 生命と呼ばれる生命は刈り取られ尽くされ、肥大なる大地は荒野に、豊穣をもたらす海原は枯れ果て、数多ある不発弾は地面に突き刺さったまま放っておかれ、使われた後の薬莢も散りばめられたまま、蒼穹の空は黒天の夜に光すら映さなくなった。


 そんな世界で俺は……生き残った。


 小さな町の中でただ一人、俺は生き残ってしまった。

 隣のおばちゃん、ひげの濃かった町長さん、いつもムカつかされていた悪友、毎日通っていた学校の先生、何でも屋をしていた怪しいおじさん、面倒見が良かったお向かいのお姉さん、深い愛情で包んでくれていた母、厳格で俺を叱ること絶やさなかった父、その全てが……居ない。


 今でも鮮明に覚えている。


 隣町から帰ってきた俺は静かな町に人が何人も倒れていて……何かがおかしいと思い、焦燥感に駆られながら家に向かう……がそこには、鮮血を流し倒れていた父と母が寄り添うように、倒れている姿があるだけだった。

 両親ともに触ってはみたが冷え切った体が俺の手を伝い、体中に這ってくる。空気は鉄っぽいニオイで充満していて、唖然とした俺は嗚咽すら出来得ない……そう、あまりにも事態を飲み込むには急な出来事で、感情が追いつかない。


 俺が、初めて世の中に絶望した瞬間だった。


 大切なものが奪われ、活力は忘れ、今まで抱いていた夢すら霧散した。

 日常が、いとも簡単に壊れるとも思わなかった、もう一つ無茶な願いを言うなら。

俺も、殺して欲しかった。

 絶望を与えたのは誰か分からない、が、俺以外の命を残らず狩り取れるのなら、全てを抹殺することも出来る筈だ。人間が蟻を踏み潰すみたいに。

 だから、俺も絶命しようと考えた。みんながあっさりとこの世から居なくなれるなら俺にも出来る筈だと、そうすればこんな気持ちから解き放たれる、俺は自由になれるんだ。とも思った。


 けれども俺はあまりにも……精神が軟弱だった。


 ナイフを持って動脈を切ろうとしても、手が震えて切れなかった。

 縄を使って首を吊るしあげようとしたが、体が言うことを聞いてくれない。

 頭を壁に打ち付けて、川に飛び込んで、自らの周りに火を焚いて、爆弾を用意して、拳銃を日頭部に突き付けて……その全て俺は実行すら出来ない。


 結局俺は、自分が大切だった。みんなが死んでも俺は自分が大切、なんて自己中心的でエゴイストで保身的で、醜い。

 自らの意思で死ねないと理解した俺は、町のみんなを丁寧に埋葬した後、荒野になり果てた大地を一人歩こうと決めた。

 もちろん、自分の命を絶つ為だ。

 絶望しか無いこんな世界で生きていても無駄だし、帰る場所も無くなってしまった。今の状況で夢を語れる楽観的な人間でも無ければ、案外自分に対しては優しい愚か者だ。故に、自然に倒れる方法……餓死を思い付いた。そうすれば、俺は仕方なく息絶える。みんなの所にいける。空腹は苦しいかもしれない、けどみんなの味わったと思う苦痛より遥かにマシなはずだ。


 こうして、俺は独り歩き始めた。


 風達は空気も読まず大地の上で踊り続けており、土埃はまるでダンスのペアを務めているのか一緒に舞っている。太陽と空は俺を見下すだけ見下して、枯れ果てた植物たちは救いを求めている様にも見える。乾いた空気は相も変わらず無限供給され、時折悲しく雨が降り注いだりもする。たまに廃屋を見かける度に、一心不乱に食料を探そうと試みた……やはり俺は死ぬ気が無いみたいだ。


 リュックの中には水筒があれば、少なからず食料も入っている。寝袋もあれば、火を焚く為のマッチ、縄、少々の紙と廃屋から拾った薪を数本……、腰には何かの時の為に小柄なナイフも携えている。

本当に、初志貫徹の精神なんてあったものじゃなかった。


 生きる為の術はスポンジのように吸収していき、町を約2週間……倒れもせずに、ただ何で俺が生きているのかが分からなくなり始め、自己を嫌悪し、もしくは世界に疑念し、苛立ちは空回りし、撒き散らされ始めながらも、相も変わらず荒野を歩いていた。

 いつも通りの筈だった。

 東からぼやけた空気の中出てくる太陽を西に沈んでいく今日を、過ごす予定だったのだ。





 けど、今日は違っていた。






 向かい側から……俺が歩いてきた荒野の反対側から誰かが、歩いてくるのだ。

 今までこんな事は一度もなかったし、歩いている人を見かけたとしても、ただの物乞いであったりしたものだ。が、今回は何やら様子が違う。

 全身をフード付きの黒いローブで包まれていて全貌は分からない。


 しかし、放つオーラが違う。


 物乞いだとフラフラとした足取りに、オーラが何処か死にたがりに近いものを感じるのだ。死神が周囲を漂っている感覚と言えば良いのだろうか……。

 そう、つまりは俺のように……物乞い達はどうして殺してくれなかったと言わんばかりのオーラを醸し出しているのだ。に対し、今俺の方に向かってくるローブ纏いは、大地をしっかり踏みつけ、足取りは確かな行き先を決めて歩いているように見える。


 では一体、何処に行こうというのだろう?


 久々にまともな人間を見たということ、その今までと違うオーラとが重なり合って、俺は目に映るこのローブ纏いに刹那の時間を要することなく、興味を抱いた。

 多分、人というモノ自体に飢えていたからというのも一つの要因だと思う。

 二週間も人と触れ合っていなければ……人間の性、誰かを求めてしまうのは必然と言えよう。

 遠く離れていたローブ纏いとの距離がどんどんと近付いていく。それでも相手側の表情はフードのせいで分からないままだ。


 さらに気付いたことを付け足すとするなら……大きさが、サイズが分からないのだ。

 遠目で見ていても顔がある位置は分かるのだが、何かリュックでも背負っているのだろう、後方部分が山なりになっていて、見てくれは怪しい魔法使いにしか見えない。

 横幅はあんまりないので女子の可能性も……とは思ったのだが、そんな考えはすぐに拭い去られてしまう。何しろ今の世の中は食べ物すらまともに食べられるか怪しい時代だ。男子でも痩せていてもおかしくはない。

 仮に女子であったにしても、山なりになる程のリュックを背負っているのだ。到底持てるものではないと推察できるだろう。

 このようにして相手を意識しながら歩いていたのだが、遂に数メートル先に相手を視界に捉えることが出来る程にまで近付いていた。

 

 しかし、ローブ纏いは何も迷うことなくただ真っ直ぐに、進行してくる。


 驚愕、そして恐れが同時に襲う。

 相手が、あまりにも歩みのペースが落ちない。どころか、一定のペースで歩数を刻み続けているのだ。真向かいには俺がいるのにもかかわらず……。

 そうなのだ、こんなにも接近していて、目の前に映るイレギュラーを捉える素振りすらない。人間という存在自体が珍しいもののはずなのに、ローブ纏いは気にも留めていないということなのか? 

 思考を巡らしている今も尚、距離は詰められていく。それも、先程よりローブ纏いの歩く速度が早く感じる。いや、そんなこと絶対に気のせいだと、脳は理解している。現に足を見ても歩数は変わっていないし、ペースも変わっていない。

 


 つまり、俺が問題なのだ。


 

 想像の範囲を超える人間が目の前に居る、それ自体が俺にとっての恐怖その物になっているのだ。恐怖が人の考えを歪ませて、思考を鈍らせる。

 同じ思考にハマった人間はループする同じ解から逃れられず、囚われたまま現実を突きつけられる。突き付けられた解が理解できたなら、そいつは上出来だ。ただ、世界にはそれすら出来ない人間が多数を占めている。

 まさに今、俺がそうなりかけていた。


 

 理解出来ない。



 思考の範疇から飛び越えた人間が目の前に迫っている事実が、心の奥底から狂気という名の感情を持って目の前に事象に対して、対処しようとしている。

 どうするか、やるの……か?

 今にも少しずつ忍び寄る狂気を理性で抑えながら、歩みを続ける。

 既にローブ纏いとの距離は、数十メートルにまで近付いてきている。何かアクションを起こすならこのタイミングを逃してしまうと、相手に悟られて逆にこちらの危険が生じてしまう。

 動くなら今しかない、でないと……。

 思考を巡らし続けた結果、俺は腰に携えるナイフの柄に右手を添える。

 ただ、それでもローブ纏いに見えるアクションは皆無、真っ直ぐ、ただひたすらに真っ直ぐ歩いてくる。



 おかしい、本当に何なんだ、アイツは?



 負のスパイラルに陥っている俺の思考には、もう相手が未知の何かにしか見えなかった。

 表現するなら、恐怖そのもの。

 無駄な行為をせず恐れだけを振り撒いていき、心の深淵から人の負を引きずりだしてゆく。恐怖だけじゃない、先程ちらと見えた狂気もそうだ、怯えも垣間見えていたのかもしれない。

もう余裕が無い。

 目と鼻の先にまで差し迫るローブ纏いは、やはり足取りを変えない。

 

 限界だ、ナイフを抜こう。 


 そう思案し、実行へと移そうとした……瞬間。

 目の前のローブ纏いに異変が起きた。

 今まで変わり得なかった足取りが急に、乱れた。

 大地をしかと踏みつける力が散漫になり、ふらりとした足取りは千鳥足に。

 

 ただし、それでも歩みを止めない。

 

 やはり俺の思い違いだったのか。今まで通りと変わらない物乞いに近しい何かが、俺という対象を確定したから足取りは変わらず、真っ直ぐ俺の方向に歩みを進め、物を乞う。もしくは、強奪してゆく為であるなら、固い意志により歩みを同じペースで保つのも可能なはず。

 だとしたら、心に引っかかるこの感覚は何なのだろう?

 俺の疑念の意などいざ知らず、尚歩みをやめないローブ纏いは遂に、止まる。

 しかし、俺の予想しない形で歩みは止まっていた。

 ローブ纏いは、俺のすぐ傍を通りかかる寸前で顔面から倒れこんだのだ。

 想像もしない事態に、またも思考は乱されてゆく。

 もし、倒れたのがフェイクで油断させる為に倒れたのなら、俺は、多分帰らぬ人になるだろう。

 

 何故言い切れるか。


 改めて今、世の中において食料とは、得たくても得られないものに成り果てている。フェイクと装い、首を落とし、食料の所有権自体を頂く。

 実に現実的な手段と言えよう。だが、ある意味で求める終わりの一つだ。

 首を落とされて世界から居なくなる、叶えるべき理念であり望むもの。


 大丈夫だ、たとえ俺が居なくなろうとも世界は、変わらないのだから。



 この世から、居なくなれる。



 次第に高鳴る胸の鼓動に、深い高揚を感じながら……ローブ纏いの横腹辺りであろう箇所でしゃがみ込む。

 ……ピクリともしない。

 呼吸は、少し聞こえる程度に聞こえる。が、至近距離で居るのにローブ纏いは微動だにしない。つまり、コイツは……!

 二つの嫌な予感に駆られながら、ローブに揺さぶりをかける。が、予想通りローブ纏いは反応をよこさない。では、次の手段だ。


「おい」


 二週間ぶりに聞く自分の低い声に驚きを隠せないが、想定の範囲内だ。まだ、発声出来ただけでも褒めるに値するだろう、よくやった俺の喉。

 だが、これも功を成さない。

 俯けのまま、ローブ纏いは沈黙を保ち続けていた。

 

 どうするか?

 

 今、俺の思考回路を総動員させて出てきた結論には、二つの選択肢がある。

 一つはこのローブ纏いを放置し、この場を立ち去ること。

 何も起こらなかった、何も見なかった、何も知らなかったとして置き捨てる。

 デメリットは皆無で、実行すれば死ぬ確率は限りなく減る。

 もう一つは、仰向けにし……相手がどのような状況に陥っているかを確認し、措置を施す。つまり、助けるという選択肢だ。しかし、デメリットが大きすぎる。

 対象が起きてしまった時、俺は何をされるか分からない。

 恩義も感じない相手なら……いや、寝ている間に武器と自由さえ奪えてしまえば問題は無いか。


 どちらにしても、対象と接触するデメリットは拭えない。が、俺には一つ目に挙げた選択肢は既に脳からは消失していた。

 俺の道徳心が、立ち去るなと言うのだ。このまま倒れた人を放って立ち去るなんて、貴様は見殺しにするのか? と心が訴えかけてくるのだ。


 心が脅迫してくる。


 自らの思考に介入し選択肢を歪ませ、描く未来を書き換えていく。いや、本当は何も変わらないのだろう。体験するのは自分だ、歪んでも一つしか無い。なら、選択肢を与えられた自分が体験し得るのは一つの具象、現象でしかなく例外はあり得ないのだ。


 望む、選択を……。


 俺はすっとローブ纏いのフード部分に手を伸ばしてゆく。

 何故、最初にフード部分に手を伸ばしたか、自身でさえ理解出来ないが……素性が知れぬ、何であるか不明、不確定要素が多過ぎる中で一つの情報が欲しかったのだと、自分に言い聞かせる。


 抵抗、恐怖、迷い、望み、怯え……全てが混沌となり伸ばす手に抵抗と加速を与える。



 そして……。



 掴んだ。瞬間、今まで心に抱えていた何かが解き放たれる、気がした。

 何も考えず、もしくは思考が追いつかぬまま素直な興味を糧に、フードを除ける。

 そこには、信じられないものがあった。



 紫陽花のような薄紫色をしたロングヘアが姿を現し、今まで被っていたであろう、黒をメインにし黄色のラインをあしらった、端麗なキャスケットが地面に落ちている。


 うん、キャスケット?


 想像の斜め上をいく状況に唖然とする……まさか、とは思いながら恐る恐る、うつ伏せの体を横向けに直すと、予想していた『まさか』の事態が的中する羽目となってしまう現実が、残念ながら目の前に映っていた。



 張りのある綺麗な肌は、今の世の中から遥か隔絶された世界の住人を想像させ、纏う空気は明らかに浮世離れしている。十人に問えば十人が必ず肯定するだろう美麗を極めた幼気いたいけな少女が俺の目を貫いた。

 あまりにも衝撃的過ぎて、また少女の美しさに酔いしれ数秒間、動けずにいた。




 幻夜に導かれた気分だった。




 ただでさえ荒廃を進める世界しか見ていない為、朧げで可憐な少女が存在する自体、あり得ないと頭の中で警鐘が鳴り響き続けている。また、こんな子が居る筈が無い、俺は胡蝶の夢を見ているのだと、言い聞かせなければ信じられない。

 何より、関わってはいけないと自分の心が訴えかける。

のだが、ぎゅるるぅ……と、虚しく空腹を伝える腹の音色を俺の腹以外から聞く羽目になるまでは……の話だが。






     ◇◇◇





 

 荒れた世界の夜は本当の暗闇だ。

 空は戦争の副産物として生まれ出た煙が覆い、星を隠すようになってしまった。

 辛うじて、月が見えるか見えないかの怪しい状況下だ、火でも焚かなければ視界の少し先でも見えなくなってしまう。サバイバルで暮らす人間には最悪な環境である。


 あの後……俺は仕方なくローブ纏い改め、少女の近くでキャンプをすると決めた。


 俺には人を見殺しに出来る程、残酷な心を持ち合わせてないみたいだ。この子が目を醒ますまでは、まあ良しとしよう。だなんて、全く自分の甘さに情けなくなる。結果的に少女に対する不確定要素の数々は解決もし得ていないし、いつ首が飛ぶかも分からないのに。


 辺りから適度に大きめの石を拾い、何とか円と呼べる代物になるよう地面に石を突き刺して、囲いを作ると中に薪を組み、紙を程良い固さに丸めてマッチで燃やし、薪に放っておけば焚きつけの完了である。

 少しすると薪に火が移り、パチパチと音を立て始めた。

 近くで俺も座れそうな手頃な石を見つけて腰を掛け、焚いた火を気だるく眺める。

 火は暗い周囲を照らし、未だ生き残る数少ない大型の野生の動物に威圧し、時に料理する時の手助けもすれば、闇を拒む。


 人間が発展する上で重要であったか、今となれば想像するに容易い。



 ―――人を殺す道具にさえ、ならなければお前も…な。



 などと他愛もない思考を巡らしながら、ちらりと少女の方を眺める。

 未だ目を醒ます様子は無く、ローブも恐れ多くてフードを除けた時以来、一度も触れていない。

はぁ……と溜め息は吐くものの、聞いてくれる人など居る訳もないのは百も承知だ。

 何処に向けて放った溜め息かも分からない、もしかしたら自分に嫌気が差している証拠であるかもしれない、どちらにせよ。



 今日も、俺は生き残ってしまった。



 ことが俺に深くのしかかる、果たして俺はどうしたいのだろうか?

 町のみんなが殺され、絶望した世界の中で醜く生き残るゴキブリ以下の存在、自らに嫌気がさして自暴自棄になりたい筈なのに、自制がある。

 本能がある、実行力が足りない。

 今の俺には、最も必要のない本能が存在し、俺を激しく生かそうとする。



 一言言うなら、もどかしかった。



 例えるなら、玩具を親に取り上げられた子供だ。

 自らを殺す数々の手段と言う名の玩具を、本能と言う名の親に自然と抑えられ取り上げられる。子供は玩具欲しさに親に抵抗するが、子供が親に勝てるはずなど無い。だからと言って、子供はこのままで済ますまいと新しい玩具を用意するが、親は千里眼だ。



 -――結局、自分が可愛いのだろうな。



 結果的に、今も俺は世界に居る。

 そうして……多分、明日も生き残る。


 果たして意味があるのだろうか、俺が存在する意義が……あるのだろうか?

 なんて考えていると、ハッと自分が根本的に同じ問いを繰り返しつつあることに気付き、軽く頭を振り集中力を散らして、思考能力を逃がす。

 ただ、思考が簡単に頭の中から逃げる訳も無く、どこかへ逸らす為にやむを得なく俺はリュックに手を伸ばし、中から缶詰を数個引っ張り出して食事の準備をする。

 

 とは言っても、ただ蓋を開けて、中に入っている食物を摂取するだけの簡単なものだが……。

 備え付けの串を手に持つと、食事の準備完了だ。

 後は食べる串で中身の物を突けば、食べられると思った……刹那、


「……ねぇ」

「うわぁっ!」


 あまりにも急に声をかけられたので、驚きのあまり情けない声が出てしまっていた。情けないものだな、自分よ。

 但し、どんなに驚いたとしても缶詰を落とさないのは、自らの中で缶詰の重要度順位が高いのを謙虚に表しているだろう。どこまで死にたくないんだ、俺は。

 食べ物を大切に扱っているという面では評価されるかもしれない、誰が評価するかは定かではないが。


 しかし、一体誰が声を掛けたのだろうか……なんて考えるよりも見るが易し、だ。それに現状において俺に話かける可能性があるなら……。

 顔を動かしローブ纏いが居た位置を確認するが、居ない。となれば、一体どこに?


「ねぇねぇ、聞いてる?」

「あぁ?」


 やけに不良のような声を発しながら、耳で音の発生源を捉えて顔を動かしてみると、そこは俺の座る足元だった。少女はローブを纏ったままで、ズルズルと地面を這いながら来たみたいだ。両手は地面に付いた状態で、なんとか顔だけを俺の方に向けている様だ。

 髪の色と全く同じ薄紫色をした瞳で見つめられた俺は、何か言わなくてはと思う気持ちがあるのだけど、つい押し黙ってしまった。



 違う、言葉を失ってしまったんだ。あまりに綺麗な顔に。



 相手に応答を求められているにも関わらず、俺は何を考えているのだろうか、数秒前の自分に後悔をしながら正気を取り戻す。

 対する少女は、少し頬を膨らまして不満げな表情を俺によこしてくる。


「あぁ、じゃないよ。もう、もうぅっ!」


 今度は、はっきり少女の声を聴き取ることにも成功する。何しろ先程までは、驚きと緊張が張りつめていた為、素っ気の無い反応しか出来なかったが、改めて声音を聴くと……とても美しかった。いや、これ以上の表現が俺の拙い表現力では出来ない。


 俺は感慨に耽り少女の声を聴いていたが、どうやら何かを訴えかけたいみたいで、どんどん不機嫌そうな表情に様変わりしていく。


「どうした、牛か?」


 冗談っぽく、また俺の思考上で最高のジョークをプレゼントするに至る。のだが、少女は俺のジョークに体を震わせ、顔を俯けた。かと……思いきや、


「違う違う違うっ! 何が牛だよ、食べたいよ、牛肉! じゃ無くて……もう良いよ、正直に言うよ、お腹すいているんだよ。だからその缶詰を私に頂戴だよっ―――――――!」


 美形の少女から、あまりにもあまりである悲痛の叫びが飛んでくるとは、思いもしなかった。

 けど……、そう言えば『ぎゅるるぅ~』と空腹の音が聞こえたのは、俺の腹の音ではなく少女の腹の音であったと思うと納得がいく。


 それに何故だろうか、変な親近感が感じられたというのは秘密の話だ。



 -――俺のジョークが無視されたのは、聊か(いささか)……虚しいものはあるが。





 

「うんうん、ごちそうさまぁ~」


 結局、悲痛な叫びに近い訴えに負けた俺は、少女に食料を分けた。


 少し離れた場所の石で腰を下ろし、幸せそうに頬を緩めながら、食料を頂く少女の顔を横目に眺めた後、視線をリュックに移し、げっそりと減った食料と水に後悔と希望を見出していた。

 これで受動的にではあるが、目的に近付けたことになるだろうし。

 事情を知らない少女は、これでもかと言わんばかりに満足気な表情をしている……ちなみに今はローブを纏っていない。


 薄紫でまとめられたカットソーはウェストぐらいの丈、深い紺地をしたジャケットはふちに黄土色があしらわれている。下は優しい桜色の色をしたスカート、膝少し上ぐらいまでを隠した黒タイツを身につけていた。なお、キャスケットは少女の座る側に置いている。


 ローブはと言うと、少女の座る後ろでリュックらしき物体を覆ったまま、地べたに下ろされていたが、明らかに異様な空気を放っている。


 ……はっきり、未だ少女の正体がイマイチ掴めないままなのが、俺の不信感を煽っている。

 こんな少女が荒野に一人旅だ、もちろん俺と同じ境遇ならあり得ない訳もないのだけども。

 しかし、それだと少女の服装が新品同然のように、綺麗な状態を維持しているのが不自然なのだ。荒野を歩いていれば例えローブを纏っていたとしても、自然と土埃を被ることになり、多からず汚れはするはずなのだ。


 一切、そう、一切少女の服にはそれが見受けられない。


 さらにあのリュックらしきもの、大きさと重さは比例するとは限らないが、重量はかなりあるように思える。それを軽々と持ち運べる力があるのだ、普通の少女とは言い難い……。


「ねぇ、ねぇねぇ!」


 はずなのに、俺の疑念の中心にある少女は、下にやっていた目をこちらに向け、容赦なく笑顔を振りまいて声をかけてくる。


「どうした、もう今日食べられる分の缶詰は無いぞ?」

「違うよ、私食いしん坊じゃないもん。じゃなくてさ」


 言うと、少女は座り方などの姿勢を正して……。


「あの、その……ありがと。助けてくれて…あのままだったら、危なかったから」

「……」



 ―――何なんだ、コイツ……。


 

 それが、今の俺が出せる唯一の答えだった。

 さっきまでの自分が馬鹿みたいだ、こんな眩しい笑顔を見て、殺すとか殺されるとか考えて、彼女の正体が掴めないことに焦り、時折少女の反応に対して腰のナイフに手を当てて、いつでも抜ける準備をしていた自分が……。


 二週間、乞食や物乞いとしか会っていなかった俺の思考は、すっかり歪んでいたようだ。だからと言って、簡単に拭えるかと聞かれると、答えは否であるが。


 あの日から捻じ曲がったのは、間違いない。その捻りに歪みを加え、歪みに歪ませたのは世界であり、人である。少女に、その矛先を向けるのは間違えであるのは分かっている。が、分かっているだけなんだ。





だって俺は……世界に絶望した人間だ。





そんな人間には、


「そうか」


 太陽みたいに輝く少女があまりにも、毒過ぎた。


 素っ気ない答えが出ただけでもマシだと思う、相手が少女でなければもっと酷い回答になっていたとも自負できる。だから、今の捻くれた思考ではこれが限度だった。

 毒に当てられたら、俺は俺で無くなる。では、俺である為に解毒するしか……いや、今の状況なら毒に耐えるしかない。


けど少女は、


「……うん、そうだよ。その……あのね、私」


 先程とは打って変わって儚げな表情をすると、視線を落としながら軽く微笑する。まるで、俺の心を汲み取ったかのような憂いのような表情だ。

 やめてほしい、そんな物を求める為に俺は今居る訳ではないし、少女は俺の気紛れで助けようと思っただけだ。俺は俺のしたいようにしただけで、したいようにするだけなのに、なのに……。

 少女の続きの言葉だけ止めてはいけない、そんな気がした。



 そして、始まる。




「私、夢を殺されたの」






 一言だけだった。

 

 二週間の中で変えられた俺の歪な心に、深く刻まれる言葉に成り得たのは……。

 放たれた言葉は深くなっていく夜の荒野に響き渡る、俺を対象に放った言葉であろうとも、静寂が支配する世界では闇も共に静聴するからだ。それに少女の声は透き通っているのも一要因だろう。

 

 俺は言葉の内容が、意味が……とても気になった。

 こちらを向いて真っ直ぐに放たれた言葉だからこそ、尚の事気になった。

 興味心に負けて口を開こうとした瞬間、少女はハッとなり赤面しながら取り繕う。


「あぁ……ご、ごめんなさい。その……今日助けてもらった人に、こんな事言うのもなんだよね。お門違いと言うのも分かっているんだけど」


 その仕草は、年相応の可愛らしさを周囲に放っていた。今まではずっと不思議な雰囲気を纏っていたので、と思ったがこれは違うとすぐに気付く。

 俺がずっと少女を警戒し続けていたからだ。いや、最初から可愛いとは思っていたのかもしれない。そうなると、ただただ俺が素直になれなかっただけなのかもしれない。

 そんな思考はいざ知らず、彼女は初見の男子に放つような言葉ではない言葉を口にする。


「何故だろう、君にならいいかなって思えて……」

「いや、大丈夫だよ。でも、夢を殺されたってどういう意味だ?」


 何とか、こっちも取り繕いながら答える。


「……詳しくは言えないのだけど、私、大切な夢があったの。その、すっごく単純な事なんだよ? けどね、叶わなかったんだ」


 少女は描き出した夢の追憶に耽るように、顔を虚空へ向ける。眺める先には、何も無いのに……ただ、眺める。

 虚空へ向ける瞬間の少女の表情は、あまりにも愛想を尽くした諦観の表情であった。


 こんなにも綺麗な少女に、世界は何をしたのだろう?


 俺みたいな境遇の人間よりも、酷い境遇の人間なんて今の時代なら遥かにいるだろう。しかし、俺よりも若そうな少女にこんな表情をさせる世界は、あまりにも無慈悲だ。

 薪を一つ火の中にやり、焚ける火をぼんやりと眺めながら、未だ気になり続けていた事を口にする。


「なぁ、お前って何者?」


 これが現状の逃避であったのは、薄らと分かっていた。少女の言う所の夢が何であろうと、きっと俺には、解決できない……解決させてくれない。

 だって少女は、既に伏線をきっちり引いているのだ。踏み込むのは馬鹿だけで良い、自らに酔いしれて万人を助けられると過信するナルシストで十分だ。

 俺は違う、ただの死にたがりだ。

 言葉が意外だったのだろうか、少女は虚空から地上へ舞い戻り、再び俺に視線を合わせると今度はキョトンとした表情を見せる。


「私? そうだねー、幻夜に現れる死神様……とか言えば茶目っ気あるかな?」


 片目をパチリと閉じてこちらにウィンクする姿には、先程の遠い虚空を眺める少女の面影が消え失せ、太陽のような笑顔で俺を照らし尽くす。

 それが振り撒かれる人によっては毒であるとも、少女は気付かぬまま。


「はは、それならさっさと俺を冥界に連れて行ってほしいものだな」


 冗談めいた笑いをしながら言ったが……案外本心が出てしまった。もう、こんな冗談すら受け流せなくなっている自分自身が嫌になる。が、少女はその笑顔を絶やす事無く。


「じゃあね、私が連れて行ってあげましょー♪」


 わぁーきゃーと言いながら、少女が想像する死神っぽい動作を繰り返すが、次第に動きを止め。


「なんて、私も冗談だよー。けど……」


 言葉を紡ぐのだが途端に鈍り、表情が硬くなると、


「このご時世、そんな言葉を言っちゃダメだよ」


 今までの少女を見ていると想像出来ない、冷たく凍てついた言葉が刃となって心に深く突き刺さってゆく。



 見抜いているかのような言葉だった。



 こんなに心が動揺するのは生まれてこの方、無いに等しい。

 血の巡る速度は心臓の脈数に比例して早くなり、手は少しずつ汗ばんでゆく。



 ―――もしかしたら、気付いているのか?


「すまない、軽率だったな、気を悪くしたのなら詫びるよ」


 俺は、おどける様に嗤う。気付かれないように、察されないように、俺の実行を考えている計画に支障をきたさない様に……。すると、


「そんな嗤う顔見る為に言った訳じゃないよ、真面目にしよ」


 少女は立ち上がり、俺に近付いてくる……無理矢理隣に座り、表情をそのままに俺の手をひっ捕まえると、両手で包みこんだ。


「あなたは私を助けてくれた。あのままだと、私は死んでいたの。もちろん、紹介の時に死神なんて言ったのは私が悪いよ、けど……曲がりなりにも本気で死にたいとか、二度と言わないで」

「……」


 言葉が、出なかった。

 ただの死にたがりに、死ぬな……だなんて滑稽な話だ。既にこの世に希望は無いのだ、町のみんなは殺され、独り身になり、世界に絶望し、夢も無くなった人間に何を言うか、何を……言うか。



 俺は、決めたんだ。



 この世を去ると、居なくなると、みんなの元に行くと……。


 そして、向こうでみんなと出会って、また父ちゃん母ちゃん暮らして、隣にはいつもうるさいおばちゃんがどやし立てて、町長さんが止めに来て、悪友とはいつものようにどんな悪戯をしようか考えてみて、その策略も先生に止められて、だけど怪しい何でも屋のおじさんがノリノリで考えた悪戯に加担してくれて、でもやっぱり向かい側のお姉さんの優しい言葉には、止めざるを得なくて……そんな日常をもう一度、もう一度だけで良いから、過ごしたかった。



 過ごしたかった、だけなのに……。



「死んだ人には、もう会えないんだから」


 どうして、今日初めて会ったこの少女の言葉は、心の底にまで響くのだろう?

 何故、俺は……。


「嘘だ」


 なんて、馬鹿な言葉なのだろう。


 もう思考がジグソーパズルを崩すように、埋め尽くされていたピース達が分解され、崩れ落ちて、ばらりばらりと落ちてゆく様が自分でも分かる。

 それに滑稽なのは俺じゃないか、『嘘だ』……だなんて現状の逃避でしかない。


「嘘じゃないよ」


 分かっているんだ、死んだ人に会えないなんて、知っている筈じゃないか。

 理解している筈じゃないか、頭が理解したくないだけで、現実から逃げ……敢えて自ら死地へ向かい、あの世で皆に会えるのだと妄想している。それさえも、逃避であるにも拘らず、逃げる。

 逃げないと、己の何かが壊れる気がするんだ。何がとは言えない、何か分からない、ただ有耶無耶な何かが混沌となり、俺に迫り来る恐怖だけは感じる。

 少女がその恐怖の一片を纏っているのも、分かる。けど違う、恐怖だけじゃない何かも備えている、携えているんだ。だから、


「だからさ、これは二度目のお願い」


 俺に、止める権利などある筈が無い。


「あの……嫌なら嫌で良いけど……」


 前向きに、ひた向きに生きる少女の姿を目の前にして。




「私、『パルカ』の事をあなたがこの世から消える瞬間まで、側に置いて?」




 死にたがりであるだけの奴に、抗える術が無い。

 言葉には毒が混じり、甘美で、勘違いしたくなる。今までの事象を忘却の彼方に追いやろうとする……破滅への、カウントダウンだ。なのに、


「君を殺させたくない、から」


 歪んだ思考をする俺を少女は正面から受け止める。例え、闇が眼前にあろうとも、俺が心の壁により拒絶を露わにしようとも、歪曲した言葉により死を伝えたとしても、パルカと名乗った少女は逃げない。いや違う、この表現は今の少女に相応しくない。


 受け止めた上で、今を進もうとしているのだ。


 こんな俺でさえ、救いの手を差し伸べようとしている。な……、


「何故?」


 自然と言葉が口から放出される。ただ、今回は本能では無い、己の理性が少女に問う。

 何かを、確かめたいんだ、今の言葉で彼女の真意を……。

 与えられた言葉に、少女・パルカの口元は少しずつ綻んでゆき、包み込んだ手に優しい力を入れた。


「だって、もう大切な人が死ぬ所、見たくないから」


 深く、強い、言葉を持って……満面の笑みを浮かべる。


 この瞬間確信した、俺は少女に抱いていた行方の知らぬ感情の正体が、今になって……。

 そうだ、少女と俺は、何処となく似ているんだ。



 ―――私は、夢を殺されたの



 俺はみんなを殺された。

 共に荒野を歩いていて、出会った。

 違う所と言えば、俺は今死にたがりで、少女は前を向いて進んでいるという事だ。


(はは、俺は凝り固まった思考しか出来ない岩のようだな、でも)


 見てみたいんだ。

 少女が、パルカが未来を進んでゆく姿を俺は、ふと見てみたいと思った。例え、この世から居なくなることが確定していたとしても、早いか遅いかだけだ。少し寄り道をしてみても良いだろう、それから死んでも構わないはずだ。


(なぁ、みんな……!)


 心でそんな思いを呟いた刹那、今までに感じた事のない温かな何かが、包み込んでゆく感覚が俺を襲う。とても、優しい感覚だ。

 ただし、今の俺はどうも上手く感情が表に出せそうにない。


「勝手にしろ。けど、勝手には死ぬなよ?」


 あぁ……なんてひねくれ者だ。素直に「良いぞ」って言えば良いのに、何が勝手にしろ……だ、嫌われるぞ、俺……。

 照れ隠しのように頭を掻き始めると、隣に居る少女は肩を揺らし、


「はーい、勝手居てあげますよーだ!」


 彼女らしい笑みを浮かべながら、陽気に答える。

 やはり少女の笑顔は、気が狂う俺に最も効く毒がありそうだ。

 そして、その姿は人を惑わし、狂わせ、未来を捻じ曲げる……幻夜に降り立った魔女に見えなくはなかった。




 ―――こんな奴が、魔女だったら世界は終わっているだろうが、な。






    ◇◇◇






 朝なんて、嫌いだ。

 太陽は一定の時間になると、急に地平線の果てから顔を出す……かと思えば、自己主張の塊である奴は太陽光を世界に照射し始める。紫外線と共に世界を焼き尽くす太陽光だが、最も悪い仕事をするのは、


「あぁ、眠い」


 眠っている人を対象に起床を告げる合図となることだ。そう、母ちゃんに叩き起こされる気分と全く同じと言って良い、凄く機嫌が悪くなるだろう。

 ただでさえ、布団などの柔らかい物に包まれて寝ている訳ではないのだ。せめて睡眠ぐらいしっかり取りたいのだが、そう上手く世の中は回っていないらしい。


 重たいまぶたを開いて仰向けに寝転がったまま、一つ吐息を吐き、まだ眠気で動き辛い体を起こすとするが、ここで一つ異変が起きる。

 右腕が思い通りに動かない、左腕の方はスムーズに動くのだが……ふむ、眠っている間に右腕の方に血が行き届かなくなる寝方をしたか、なんて思考を巡らすものの、視線を右腕に向ければ事態の理解は簡単に出来た。


 少女……いや、『パルカ』が右腕に抱きついていた。しかも、両腕でロックするようにして絶対逃げられないようにして、絡みついていた……の方が表現方法的に合っているかもしれない。

 上半身だけ寝袋から出して、まるで芋虫と人間のハーフみたいな状態はシュールという一言がお似合い過ぎる。が、そんな余裕な思考を出来るのも数秒である。


 現状、女の子に密着されているのだ。これが、何処まで男の煩悩を揺さぶるに至る物であるかは、計り知れない事実だろう。

 ただそれも少女が涎を垂らしながら、


「あぁ、美味しそうなこんがり肉~!」


 俺の腕に寝ぼけた状態で噛みつこうとする寸前までは、完璧だったのに。




 少女・パルカと、昨晩のあの『契約』(と俺が言っているだけなのだが……)を結んだ後、二人で話に話し込んだ。

 お互いに人との会話が久しく、同じ渇きに満ちていた二人だった為か、寝たのは今からざっと1~2時間前という酷い就寝時間になってしまっていた。

 内容は多岐に渡り、色々なジャンルの物を話した。ただ、二人とも自らの出身地の話、現状に至るまでの経緯は暗黙の了解のように触れられはしなかった。


 これがまた、いい距離感を保てていて俺には心地が良かった。

 まぁさすがに東の空が明るくなり始めた頃には、目を見合わせて、


「「寝るか(寝よっか?)」」


 口を揃えて言った時のシンクロ率に、笑みをこぼしもした。




 

 そして今、その相方は、隣で美味しそうに缶詰の中身を突いている。

 中身自体は昨日の内容と大差ないが、笑みをこぼしながら食べる姿には、缶詰をあげたこちらまで嬉しくなれる食べ方をするから不思議なものだ。

 代わりに、その笑顔は消費量に比例するのではあるが……。


「おい、今で4つ目だぞ。よく食べるな……」

「ふふ~ん、育ち盛りの可愛い女子は食物摂取が肝心なんだよ。ほら『御影』君は私を現実でプロデュース出来るプロデューサーさんになれるんだし、一石二鳥だね!」


 串を持たない方の手で、ブイサインをこちらに向けてくる。全く、何がプロデューサーさんだ、いわく付き物件を手にして、リフォームするのと遜色変わらない状況だぞ、今?

 祟られて、ポックリ逝くならまだしも……この物件は俺が死ぬまで付き纏うとか言っている始末だ、幽霊よりも達が悪い。



 ―――しかし、久々に名前で呼ばれたな。



 そう、俺の名前は『御影みかげ』だ。別段、名前について考えた事はないが、ただただ自分もしっかり名称が存在して、俺もよくそれを覚えていたなぁと思う所はある。


「おぉ、まさか……名前で呼ばれて、照れている?」

「あぁ? そんな訳じゃねぇよ」


 どうやら、パルカにはお見通しらしい。

 何処かに意識を飛ばしていた俺も悪いが、パルカは人の反応に敏感な方らしい。現に、名前で呼ばれた時、少しドキリとしたし、自ら犯したミスを補おうと言葉を荒くしてそっぽを向くのは、俺の癖でもある、これだけは自覚がある。つまり、


「おぉ~、照れてる~! 御影君可愛い……」


 コイツにはあっさりバレた訳で、ニヤニヤと体に纏わりつく嫌な笑みを浮かべている。


「俺のどこが可愛いんだか、己の身はかなり可愛く思うが……」


 頬をひくつかせながら、またどこか自虐めいた言葉を放つと、パルカは彼女の見た目には見合わない少し膨らんだ胸を張ると、自信満々に言い張る。


「じゃあ、私と同じだね! 私も自分のこと、超可愛いと思っているし!」


 本人の自覚がある可愛いとは、罪深きものだ……。なお、これを最大限に行使出来る女子は悪女でしかないと、彼女居ない歴18年の俺は思う。


「自画自賛ねぇ、慢心はよくないぞ?」

「良いよ、テレビには出られるだろうし。最終私が可愛過ぎて嫁げなかったら、御影君に貰ってもらうし、よしそうしよう」


 それは旧日本国にて、民報でやっていた番組のコーナーだろうか……、どちらにしても女子が簡単に嫁ぐとか言ってはいけない。俺だって男である、多少は期待する年頃でもある、簡単に嫁ぐとか言われると心臓に悪い。ただ、やはり相手からそんな気が毛頭感じられないので、冗談には冗談で返すのが、世の情けであろう。


「俺は貰わねぇからな、クーリングオフしてやる」

「こんな美少女をクーリングオフするなんて、この人でなし、もやしっ!」

「も、もやし?」

「あぁ~、そうか。伝わらない人だった、ごめんごめん……つい昔の癖で言ってしまうの」


 どうやら、何か返し言葉があったみたいだが、理解の境地を超え過ぎており俺にはさっぱり分かり得なかった。それを察してかパルカも、たははと笑いながら拳を頭に軽くつけながら、苦笑していた。


 このやり取りもまた、俺は好きでもあった。


 俺の知らない知識を相手が知っており、共有出来るという行為が自らを昇華させる糧となる。知ること自体が意味になるのだから……と、ふと自らの思考回路の変化に驚いた。

 一日前まで、自身なんてどうでもいい、と考えていたにも拘らず、その思考がまるでやってこない。

まるで濃霧にやられていた思考が、吹き荒れる旋風にかき乱され、晴れ渡る草原に降り立った気分であった。つまり……、



(コイツと出会ってから、変わった?)



 としか考えられない。でも、こういう思考が出来なかった現状があったというのも事実だ。何しろ、皆を殺されて独りで荒野に降り立ったのだ、悠長な考えが出来る筈もなかった。

 未だ荒野に立っている今、余裕が出来たという訳でも無さそうだ。


 では、何故であろう……などと熟考へ持ち込もうとしていると、多分抱いている問題の核であろう自称死神様は、満面の笑みを浮かべていた。


「何を考えているか分からないけどさ、悩みなら私にも相談してね。一人より二人の方が解決しやすいと思うし、そもそも悩む必要すらない問題かもしれないからね」

「大丈夫だ、問題無い」

「ふふふ、それは問題ある人が放つ言葉だよ」


 ただ、今の俺でも分かる事がある。

 パルカと話している時間が、楽しい。

 けど、そこまでしか分からない、これ以上の思考に踏み込むと、混沌とした空間が待ち受けており、結論を乱されてゆく。いや……、本当は結論があり、解は既に導き出されているのかもしれないが、それが解とも限らない。


 だから今はそっとしておこう、いつか答えを出そう。

 そして、今は……。


「そうだな……で、行くんだろう?」

「……そうだね、昨日から私が御影君の食糧を頂き続けているから、申し訳ない気持ちでいっぱいだし」


 一拍置いて、パルカは息をし直すと真面目な表情に戻り、放つ。




「行こうか、旅へ」



 

 パルカの思う通りに、今が進んでいけば良いだろう。俺が主体では無い、パルカが主体なのだ、俺はサブでパルカがメインである。

 だって、そうだろ?

 俺はただの、死にたがり屋だ。






 旅をしようと、言い始めたのはもちろんパルカだ。俺ごときの死にたがりが生きる為の手段を応える筈が無い、何しろ荒野をふらついていていると廃屋などから食料通達出来るので、人が溢れ、生に満ちる場所に、わざわざ行く可能性を増やす必要もなかった。


 パルカが旅に行くなんて言うまでは……の話ではあるのだが。

 理由は主に、「御影君を絶対に、自害なんてさせないから!」……である。


 どうやら彼女にとって、俺は大切な人らしい。今の人は薄情者だから、一度の恩なんてすっかり忘れてしまい、逃げおおせてしまうのが世の常なのだが、彼女は少し変わった人らしい。一度助けてもらった恩で、大切な人だなんて……。

 自身よりも他人の事を考えて生きている、存在する大切な人の為に生きている。


 いつから世は、出来なくなったのだろう?

 昔出来たのなら、今の世で出来ない筈はなのだ、なのに……。



 ……これについての思考はやめよう、結論は……はなから出ている。



 生産性の無い思考をするぐらいなら、他に思考を割く方が今は良いだろう。

 勿論俺の答えは「いいよ」の一言しかない。何しろ、俺は自らの人生に置いて主役を降りた人間である、己の決めた選択があったとしても、第一に優先されるべき事項が出来あがってしまっているのだ。従わない訳には、いかない。


 ただ藪から棒に、唐突に旅をするとパルカも言った訳ではない。

 彼女は昨日の夜、今日も見たあの満面の笑みで俺の問いである『何故』に、こう答えたのだ。


「私、夢を探しに行くの」


 これに関して、パルカはこれ以上何も言葉を付け足さなかったが、あの時の俺には確かに伝わった。前を向いて突き進む少女の、凛とした姿を……。

 俺も「そうか」以上の言葉を紡ぎはしなかったが、思いは伝わっていると俺は信じている。


 さて、旅に出ると決まった、からと言って『夢探し』をするにも切っては話が出来ない物がある。それは、どこまでいっても『生きる』という事だ。

『生きられない』なら、夢を探しすら出来ない。で、直結する話としては、食料調達の話である。

今まで俺がしてきた食糧調達法を伝えると、顔がひいていた。若い子達が言うところの『ドン引き』と呼ばれるものだ。まるで、ミジンコを見るような目になっていたのは、絶対に気のせいではなかった。と、その話は置いておくにしろ、安定かつ安全な食料を確保する為には、まず町に出る他無いだろうという話になった。


 町に行けば、何かしらの情報も得られるとも考えている。

 不安は多いが、なんたって、そこのキャスケットを深く被った美少女(仮)が、


「よーし、じゃあ私達の旅の始まりよぉっ!」


 だなんて言いながら、張り切った御様子で力一杯、天に向かって拳を突き出しているのだ。

 悪いが、パルカの素晴らしい笑顔を見てしまうと、ネガティブな思考なんて喪失し、消去されてしまう。

 本当に、悪い毒だ。


 ただ、一つだけ、心に引っかかる違和感は残っている。



 結局あのマントに覆われていた物は、何なのだ?



 今の今まで、覆われたまま姿すら表していない。

 寝るときに両肩から下ろす仕草をしていた為、リュックタイプであるのは分かっているのだが、中身までは定かではない……。

 まぁ……そんな疑念すら、彼女の笑顔は壊してしまうのだ。

 興味を持つとは、恐ろしい。






 こうして俺達二人による『パルカの夢探し』は、始まった。

 しかしどのようにして『町』に行くか、もしくは本当にまだ人類は存在するのかという最大の難所に俺の思考は行き着いたのだが、それはパルカの持つ携帯端末がいとも簡単に突破した。


 俺が世界に絶望する前までは、俺も携帯端末を持ってはいたが……町に置いてきてしまった。見ると、過去への扉を開きたくなるだろうと思い、それを恐怖に思い、踏み止まった。

 なので、携帯端末の利便性は俺も十分知り得ている。


 道中、端末にアウトプットされる今居る地域の地図を見ながら、周辺に町があるかどうかを確認しつつ歩みを進めていると、パルカが、


「ねぇねぇ! 6時間ぐらい歩いた場所に町があるよ、やったねっ!」


 出会った当初の姿である、ローブ纏いの格好でぴょんすかと跳ね跳びながら、喜びを表現していた。重そうなリュックを背負っているのに、よく跳ね飛べるな……。


「そうだな、とりあえずそこを目指して行こうか」

「うん、私、御影君が居ると百人力さー!」

「お、お前なぁ、どこの人だよ……」


 くだらない、やり取りだな。

 町の皆が殺された当時の俺なら、考えられない今だ。


 だけどこれが、現実だ。


 世界に絶望した者が世界を見て回ろうとするのだ、どこか皮肉めいている気もする。唯一今の俺にとっての興味である少女と居る為だけに、心の錠を外したのだ。

 なんて単純、なんて……愚かなんだろう。


 それも含めた上で、今は実に有意義な時間となっている。

 たった1日にしか経過していないのに、人間とはこうも気持ちに変動があるのだ。

 気分屋、案外人間は全てそうなのかもしれないな。


 頭では思考を繰り広げながら、またパルカも俺に様々な話したい内容を全て受けとめながら、旅は約1カ月、続いていった。

 お金のやり繰りは大変だったが、パルカが持っていたり……後は町で俺が必死に働いたりして、少ない金額ではあったが報酬を頂いたのを上手に使うようにしていた。


 回った町は全てで10箇所、世界戦争で甚大な生命不足に至ったとしても、人間が数多く生き残っているとは思わなかったので、空気はどんよりしていたが新鮮であった。


 町……とは言っても、様相は色々。


 綺麗に整備された町、未だ寂れが残る町、後……印象的だった町もある。緑が復活し、美しい川が流れている町だ。二人で見て騒然としたのは鮮明に記憶に残っている。


 川に泳ぐ魚を見てパルカが放った一言目が「しょ、食料が……泳いでいる!」と言って、リュックタイプの何かや纏うローブも脱ぎ去り、川に魚を捕獲しようと飛びこむのを見た時は、さすがにドン引きであった。


 今となってはいい思い出だ。

 その間にも『パルカの夢探し』は同時並行で行われたが、どうやら決まらないらしい。というか、最近では夢探しの話をする度に、


「……そっか、うん、まだ決まらないかな」


 俺をじっと見つめ、答える様になった。俺に何が付いているのかと思い、毎回顔を触り続けても何も無いのがオチだった。その度に、パルカが小声でボソボソと言っているのも毎回の御約束事になっていた。

 言いたい事は、はっきり言えば良いのにと促してみるが、ぬらりくらりと言葉巧みに逃げられる。基本的には俺の方が話上手では無い為、深追いすると迎撃に遭い撃沈するので、結局は聞けず仕舞いのままだ。


 結果的に、そのせいで背負うリュックの中身は今もブラックボックスであるのは、変わりなく。

疑念なんてすっかり無くなり、俺は世界に少しずつ希望を見出しつつあった頃に、事件が起こる。




 俺が世界に絶望して、1カ月と2週間と4日の朝

 パルカが消えた






     ◇◇◇





 

 それは10カ所目の町で借りた宿屋での出来事


 いつも通りの悪ふざけだと思っていた。が、どこを見渡しても……。

 あのリュックが無いのだ、パルカがいつも背負っていた、それが……。

 異変に感じ、部屋の全てを見渡してもパルカの持っていたと思われる装飾品などは、全て消え去っていた。


 ……いや、一つだけあった。


 俺は対象物に近付き、床に堕ちていたそれを持ちあげると、軽く手で払ってやった。

 パルカの、キャスケットだ。

 いつも大切に被っていて、風に飛ばされようと、川に落ちようとも絶対に拾いに行き、決して肌身離さなかった、あのキャスケットが落ちている……?


 何かあった?


 嫌な予感に苛まれる中、俺は部屋の周りを見渡したり、「おーい、居るなら出てこいよ」などと、居ないと分かっているにも拘らず声をかけたり、また窓から外を見てひょっこり帰ってくるのではと期待をしてみるが、現実とは残酷だった。

 パルカが居なくなっていると気付いてから約1時間、俺は結果的に何も出来ないでいた。


 自らの非力に、嫌気を感じる。


 俺は死にたがりだった頃に戻っている気がして、猛烈に狂いだしたくなりそうだった。


 そうだ、あの時もそうだったんだ。

 町のみんなが殺された時と、全くもって同じ感覚だ。


 すっかり忘れていたが、どうやら俺はまたあの頃に戻ってきてしまった。けど、今回は今までのそれとは何か違う。


 俺の目の前から消えるという点では同じなのだ、だが……もっと根本的な何かが……。と、悪い癖で立ちながら思考に耽っていると、何やらドアの向こう側から人の歩いてくる物音がした。かと思えば、事態は急速に加速する。


 なんと、俺達が泊っていた部屋のドアが勝手に開けられ、侵入してくる……!

 が、そこには俺のみはる光景が目に飛び込んできた。


「パル……カ?」


 唖然として零れ出た言葉がそれだった、そうとしか……言い表せない。

 だって……パルカと全く顔が瓜二つの少女がそこに居るからだ。


 髪色、瞳の色は全く同じ。ただ、身長や服装が違う。


 こちらの方が背はやや高く、黒で纏められた軍服のような制服を上下共に着ていた。

 何より違うのは纏うオーラだ。パルカの纏うオーラは生に満ちた太陽と表現するなら、目の前に居る瓜二つの少女は、見ている分には可憐で美しい花のようだが、触れると全てを毒により腐敗させ滅ぼす……トリカブトだ。


 今も感じる、この人が入ってきた瞬間に部屋の空気が刺々しくなり、肌身が怯えている。ただ、顔を見ると今までの空気が嘘だった感覚に襲われてゆく、麻痺させられるんだ。

 でも、俺は違う。

 本物を見ている、違うと言い張れる権利がある筈だ。俺が、ただただ1カ月もあんなヘンテコ死神(仮)と一緒に居た訳ではない。


「……違う、お前誰だ?」

「おぉ……?」


 咄嗟に俺は先程の言葉を否定し、気を張り詰めなおした。すると、相手の少女は眉だけ微動させた。声色は多少違うようで、これならまだ話がしやすい。


「誰だかぁ~、そうだね。幻夜に現れる死神様って言えば良い?」



 ―――それは、お前が口にしていい言葉じゃない!



「ふざけないで下さい、俺は真面目に聞いているのですが?」

「ふぅ~ん、ただの死にたがり君がいきり立って、女の子一人助けられない癖にね」

「……」


 この人、何で知っているんだ?

 俺がただの死にたがりという事実、女の子……パルカと一緒にいた事実を……。

 反論したいけど、事実だ。だけども、否定したい自分がいる。でも……。


 言葉が出ない。


 取り得る話術、振る舞い、瞬き一つでさえ俺に枷を科し、言葉が放たれる度に隕石を背負わされ、潰されないようもがくしか、出来なくしている。もしかしたら、自分がそう感じているだけの可能性もある。が、これは本物だ。


 徹底的な圧迫感だ。


 空気で充満する世界から、空気や光も届かぬ深海に瞬間移動させられた気分である。

 少女はくすりと冷笑し、俺を見下してゆく。


「ほーら、反論できない。黙認だね、結局はあの子が居ないと、君はただの死にたがり君なだけじゃない」

「……何故、俺が誰かと一緒に居た事を知っている?」


 訳が分からなかった、もはや会話ではない。先程までの会話の応答ですらない、愚問だ。

 ただ少女は、曲がりなりにも応答があるとは思わなかったようで、興に思ったのか冷笑をさらに強めた。


「ほえぇ~面白い子、あなた気に入ったわ。そうねぇ、『mark-2(パルカ)』が、大好きで大好きで仕方ないからって言ったら嫉妬するかしら?」


……『mark-2』? コイツ何を言っているのかは分からないが、けどそれって……!


「つまり、監視していたってか?」

「うん、せいかーい。ずーっと、監視衛星からモニタリングしていたわよ、あなたと会う所から1カ月間ね。面白かったわ、道化者と死にたがりが愚かな輪舞ロンドを踊っているようでね」


 あぁ、それは言っちゃ駄目だ。


「……おい」


 自分でも、分かるパターンだ。


「何かしら、愚かな『mark-2』の元お供の死にたがり君?」


 コイツは……言っちゃいけない言葉を口にした。


「訂正しろよ」


 別に俺の事なんて、端からどうなっても良いんだ。例え、道端に転がってようとも、乞食に絡まれ身ぐるみを剥がれても、世界が絶望に染まろうとも、俺が……消えようとも。


「あらぁ、私、何か間違えたこと言った覚えは一度もないわよ?」


 ただこんな奴に、パルカを馬鹿にされるのは、癪だ。


「そうかよ。『軍人』さんともあろう者が、自らの失言にも気付けないなんて、だから世界は腐敗するんだな、えぇ?」


 癪だ、と言っても怒りに身を任せるのは三流の嗜み。では、俺みたいなポンコツが出来る嗜みとは何かと聞かれれば、簡単だ。

 相手の嫌みや根を突き続ける、三流以下のゴミな方法だ。自身の立場は最悪なのは知り得ている、あの日から俺はゴミ同然だ。失うものなんて、残りは命ぐらいと言った物である。だったら、ゴミはゴミらしく攻めるしかないだろう。


「地位ある者が何を言ってもいい訳が無いし、お前なんかにパルカを馬鹿にする権利なんて、一つもねぇと思うけど?」


 少女は途端に表情を変えた。

 そりゃそうだろ……だって相手は『軍人』のはずだ。

 どう見ても分かる、黒く纏められた汚れ一つもない綺麗な服装、胸元には何かの権威を称えられた記章も付いているのだ、間違いなくどこかの『軍』に関係する上層部の者であると言っていいだろう。


 後は相手の出すボロを叩き続けながら、知り得ている筈だろうパルカの場所を聞き出す。

 ……予定だったのだが、事態は思わぬ方向に進む。


「おぉ~そう、世界が腐敗とか、地位ある者とか、権利とか……。ふふ、あはははっ!」


 目の前で少女が腹を抱えて、笑い転げ始めたのだ。自らの体裁など一切気にする様子もなく、ただただ爆笑し続けていた。その表情が笑っている時のパルカに似ているなんて、死んでも絶対に言わない。

 笑い始めて体感時間が丁度五分ぐらいになった頃、俺が茫然と見届ける中でようやく笑いが収まりはしたものの、未だしゃくりをあげていた。


「ひぃ……ひぃ……、は、腹痛い。まさか、目の前に『軍人』が居るって、分かっているにも拘らず、こんな馬鹿な発言する身の程を弁えない人間を見るのは久々だから、つい……取り乱したわ、くく……」


 おい、まだ収まってないぞ、いつまで笑っているつもりなんだ、コイツは……。

 俺が明らかに嫌そうな顔をしたのだろうか、少女もさすがにそれを見てか深呼吸を一つすると、今までの雰囲気が刹那に戻ってくる。


「はぁ……こりゃ『mark-2』が気に入る訳ね。ふむふむ」


 それでも先程までの刺々しい空気では無いので、恐る恐る聞きたくない質問を投げかける。


「さっきから『mark-2』って言っているけど、それって……パルカか?」

「うん、そうよ。あなたの言っている『パルカ』と呼ばれる名称はコードネームね。で、私達が使っている『mark-2』は識別番号よ」


 つまり、彼女は……。

 再び俺の表情の微かな歪みから感じ取ったのか、嫌みな程に笑顔で少女は告げる。



「そして、あの子は『死神計画デス・コード』で作り上げられ、戦時中には最も優秀な成績を上げ、人類を腐敗させる要因となった『対人殺し人器バーサーカー』よ、あなたも聞いた事あるでしょ?」


「あぁ、聞いたことあるよ」


 聞いたこと無い訳が無い。俺の町が滅んだのは、奴のせいなのだから。旅の間、耳に入れたその日から忘れもしない名前だ。

 人として生まれてきた子に人道的でない特殊な訓練をさせ、発育することで、人でありながら人ならざる圧倒的な力を備えた殺人兵器だ。元々は人類の発展・進化に使われる予定だった計画が、戦時中に戦闘に特化させた人類を作り上げる計画に、シフトチェンジしたとされる物だ。


 パルカがその殺人兵器?

 そんな筈が無い。


 否定したいが……なのに、彼女は自分で言っていたじゃないか。



 ―――幻夜に現れる死神様……とか言えば茶目っ気あるかな? 



 ずっと気付くチャンスはあったんだろう、いや計画の名前を聞いた日から内心は気付いていたのかもしれない。でもどうしても、彼女が簡単に人殺しを出来る人間には思えない。あの真っ直ぐ俺の目を見据えて言った言葉を俺は、忘れもしない。



 ―――私、夢を殺されたの



 あの夜を……。



「ねぇ、君」


 目の前のパルカ似な彼女が嗜虐的な笑みを浮かべる。そこには色々な意図が見え隠れする、今までの笑みとは違う、異なる意を備えていた。まるで、親のライオンが子を崖から叩き落とそうとする寸前のように、何か俺を試す様な意が……。



「それを聞いても、あなたはあの子を助けたい?」



 初めてだった。蛇に睨まれた蛙の気分を味わい、背筋が凍りついて身動きが取れなくなるのは、生まれてこの方一度も体験した事の無い感覚だ。本来なら、俺が一番聞きたかった言葉を向こうから言ってくれているのだ。感謝の念を伝えたい程なのだが、今回は全く口から出ようとしない。


 臓器が芯まで冷えてゆく、きっとこれも幻想では無い、現実だ。

 明らかな恐怖が眼前に突き出されている、一般的な感性を持つ人ならここでギブを唱えてしまうだろう。それほどまでに彼女は、圧倒的だ。

 でも、俺は違う。どんなにパルカが殺人兵器だろうと関係ない。もし町のみんながパルカに殺されていたのならその時はその時だ。現状、イフの話は全て無駄だ。

 ただの死にたがりに成り下がった俺が唯一出来る事、それは……、


「当たり前だな、その為にお前と話している」


 彼女の側に居る、それだけだ。

 少女は言葉を聞き入れると今までの表情が嘘のように変わっていき、朗らかに微笑む。


「そう、じゃあ~教えてあげる。あの子の場所と、とーっておきの話を……」


 全く、普通に話せばアイツそっくり過ぎて、間違えたくなる。






     ◇◇◇






 あの少女(『オリジナル』と自身は言っていたが)は、色々と掻い摘んで話してくれた。パルカはオリジナルの細胞から生まれたクローンである事、オリジナルとパルカは姉妹関係であるという設定、『対人殺し人器』……通称『死神』についての話、パルカが『軍』に所属していた頃の話、世界が……現状どこまで汚いかの話。


 話題は多岐に渡ったが、あまり時間の余裕もないので程々の所で切り上げ、話は本題へ。

 どうやら、パルカは犯罪集団に連れ去られていたらしい。オリジナルが言うには、宿屋がグルになって夜の食事に眠り薬を盛られていたそうだ。道理で夜も早いのに眠かった訳だ。で、連れ去られた場所は、この街から約6キロ地点にある犯罪集団のアジトで間違いないという。


 しかし、残念ながら……ここまでは問題ではないらしい。むしろこれぐらいなら、平常運転だとも言い張られたので、疑念が重なり問いを重ねていくと、重大な問題が分かった。

 それにはまず『死神』について、話をしなければならない。そもそも、俺はこの『死神』おいての解釈から間違えていたのだから……。



『死神』とは、特殊な訓練により生みだされた殺人兵器なのだが、本人が兵器なのではなく(勿論、身体能力としては常人を越えているが)人格が殺人兵器で、主人格とはまた別人格らしく、『死神』はその主人格を押しのけて体を乗っ取っている仕組みらしい。



 パルカを例とすれば分かるが、基本は人間と変わりがなく、ある一定の『死神』になるトリガーを引くことで、覚醒が行われる。

 覚醒すると戦闘能力が跳ねあがり、敵なら見境なく殺戮の限りを尽くし、味方でも被害が免れなく。その人格次第ではあるが、下手をすると味方ですら殺しを行い、死を撒き散らす。



 まさに『死神』の名が相応しい。


 では、パルカはどのようにして『死神』となるのだろう?

 その質問をオリジナルに投げた時、寂しげな表情で答えていた。


「『純粋な恐怖』を味わった瞬間、ね」


 そして、今パルカは味わっている筈だ。急に知らない場所で目が醒め、周りには犯罪者が立ち並んでいるのだ。加えて、奴らは犯罪集団と周知される体の者達だ。見た目ではか弱く見えるパルカに対しても、容赦なく身動きが取れないように拘束する手立てを施しているだろう。これで『恐怖』を感じない奴なんて逆にいるだろうか?

 残念ながら今の時代、犯罪集団が女性を攫った後、何をするかなんて大概決まっている。


 売買、もしくは……。


 ただしこれが自分達の首を絞めているとは、奴らも思いはしない。なにせ、相手は可憐な少女だ、まさか『死神』と呼ばれる世界を荒廃させる要因となった殺人兵器であるとは、普通考えない。俺が逆の立場でも、きっと同じだ。

 なので、今回危ないのは『パルカ』ではなく、連れ攫った奴らという摩訶不思議な状況が生まれている。



 ―――で、俺がそれに立ち向かう愚かな旅人役か……。


 そんな訳で俺は今、犯罪集団のアジトの真正面に立っている。

 装備は最低限度にし、リュックはさっきの町に犯罪集団を捕える為に駐在する予定のオリジナルの部下に、あっさりと渡してきた。パルカのキャスケットは、大切に腰掛けポーチに入れて持ってきているけどな。


 周囲は殺風景な荒野、ただそこにアジトと呼ばれる廃倉庫がポツリと寂しく佇むのみ。

 アジトの周りは人気がなく、音は風が支配し続けている。

 今日も嫌みなまでに太陽光を降り注いでくる太陽は、俺の浄化を試みるナルシストに見える。


 ここに今から単騎で攻め、パルカを奪還しなくてはならない。

 オリジナルはと言うと、軍事規約を犯してまで来たらしく、これ以上規約を犯すと軍に戻れなくなるとか言って、宿の亭主を部下達と共にササッと捕まえて帰った。

 その帰り際だが、彼女は俺の近くまで来ると、こっそりと一つだけ、投げると大音響と閃光を周囲に放ち、相手の動きを封じ込めに使える『閃光手榴弾スタングレネード』と呼ばれる物を手渡し、


「お願い、あの子を助けてあげて……君が死んだら、あの子を私の手で処分しなくちゃいけなくなるから、それだけは……絶対に嫌なの」


 誰にも聞こえない声で呟いていたのだ。

 その姿はパルカ当人の面影と重なり、言葉にならない感慨が俺に押し寄せてきたのだが……。


「では、さらばだ。死にたがり君、せいぜい足掻くと良いわ」


 そそくさとヘリコプターに乗りながら、吐かれた台詞によって一気に興ざめだった。


 パルカ……彼女は、軍部の規約に違反し、軍から抜けだして今に至るそうだ。で、オリジナルは『姉』なので、責任を取ってパルカを追跡し、追いかけていたというのが、俺と出会うちょっと前の話らしい。

 昔から、行動力はある馬鹿ではあったみたいだ。オリジナルも俺もパルカに対しては大方、同じ認識で同意に至り、肩を下ろしたのは無理もない、振り回される側の人間はいつもそうだ。



(さて、ではそろそろ行きますか)



入口には誰も人影が見受けられず、すぐにでも入れそうである。

他には入口が無く、外壁は鉄で覆われており一切窓が存在しない、真正面から侵入するしか方法はなさそうだ。



 ―――不気味極まりない、けどな。



 あまりにも静か過ぎて、逆に怖い。

 一人か二人ぐらい見張りが居てもおかしくない。と思った、次の瞬間だ。

 急に火薬の弾ける音が倉庫内から、複数聞こえ始めた。



 ―――始まったみたいだなっ!



 俺ははやる気持ちを抑えながらも、急ぎ足で正面から中に侵入していく。その際、出来るだけ身を屈める、少しでも侵入したとバレるリスクを減らす為なのだが……。


 内部はコンテナが立ち並んでおり、入って真ん中は奥までコンテナ一つ無い、通りみたいになっていた。さらにその通りの丁度真ん中には、空間があり広場のような空間が見受けられる。他の箇所はコンテナが規則正しく置かれており、まるで迷路だった。


 コンテナの影に隠れ、見付からないよう注意を払いながら、顔を出して周囲を観察してみる。

 俺は他にも使える物が無いか観察をしている途中、見つけてしまった。


 紫陽花のような薄紫色をしたロングヘアに今はあのキャスケットは無い、薄紫でまとめられたカットソーには、衣服を引き千切られた形跡があり、素肌が露見している。深い紺地をしたジャケットと桜色のスカートは、共に怒気を孕んで棚引いている。膝少し上ぐらいまでを隠した黒タイツは所々に破けが見受けられる。


 彼女……パルカ当人の、筈だ。と、俺が言い淀むのも訳がある。


 雰囲気がまるで違う、いつもの彼女じゃないからだ。

 彼女までの距離がかなり開いているにも拘らず、放たれる美貌とは裏腹に静かに放たれる威光は、見る者全てを凍てつかせる、形骸なる白雪姫を彷彿させる。

 向けられる表情は無、万物への興味を失い、狂気の人格を携え、己に恐怖を与えた世界へ死だけを撒き散らす存在……『死神』が、そこには居た。


 彼女は倉庫の真ん中に存在する広場で、独り佇んでいた。


 両手に凶悪なハンドガンを持ち、その周囲には犯罪集団の一員だっただろう数人が、鮮血を流して倒れている、銃弾は頭部を貫いていた。昔の俺なら快く飛び出て行っただろうが、今はそんな気持ちに一切なれない。

 あぁ、嫌な記憶を思い出す。既に遠い昔にあった記憶のように言うが、まだ1カ月と2週間と4日しか経って居ないんだな、町の皆が銃殺されてから……。


 鉄の混じった生臭いニオイが鼻孔をくすぐり、既に人の亡骸となってしまった物は見る者を畏怖へと駆り立てる糧にしか過ぎない。

 頬に浴びた鮮血を手の甲で拭いながら、『死神』はジッと周囲を威圧し続けていた。いや、違う……彼女は、何かしている?


 ただし、距離があり過ぎて見えない。本当は今すぐにでも動きたいのだが、少し耳を澄ませば、何やらひそひそと話す声が聞こえてくる。アイツ等、まだ居たのかよっ!

 心の中で言葉を吐き捨て、俺は少しでも場の情報を得る為、一番近くから聞こえてくる声を頼りにコンテナの迷路に突入していく。


 コンテナが遮蔽物となっている為、迷路に入ってしまうと自分が来た道を見失ってしまいそうになるが、今は来た道などどうでも良い。見付からず、密かに情報さえ手に入れば良い。

 隠密行動を取ってから1分、コンテナ一つ間に挟んだ所まで犯罪者と距離を詰める事に成功した。さすがにここまで来ると声がある程度は聞こえてくる。


「じゃあその作戦でいくぞ。合図は俺が送る、お前は仲間にそれを伝え、八方から銃撃の構えを取れ、合図と同時に銃撃だ。どうせさっきのはまぐれだ、八方向から撃たれたら逃げ場もなくどうせ死ぬだろ、仲間を数人殺れたからって、調子に乗りやがって……クソがっ!」


 少し低めの声色には、怒りを隠せないご機嫌斜めな様子だった。

 きっと彼が犯罪集団のボスだろう、はっきり言って俺もコイツに対して怒りは隠せないでいる、何せ現状を生みだしたのはコイツだ、許せる筈がない。

 

 でも、コイツ等が死ぬのは気に食わない、どうせならオリジナルにたっぷり痛め付けられればいい、監獄で……な。


 俺はいつ動くべきか、タイミングを待つ。いや、動くべきタイミングは既に決まっている。

 ボスから、部下が離れた瞬間だ。

 2対1では、どんなに俺がナイフを持っていようが、分が悪い。

 じゃあ、1対1のタイミングを図れば良いだけだ。と、その瞬間はすぐに訪れる。


 足音が数歩する……と思えば、部下は猛スピードでコンテナの間を駆け巡る。今だ……。

 俺は自身の持てる力を全て、足に注いで歩む。


 空気と一体化し、共に進む。一瞬たりとも気を抜かず、忍び寄る。

 足音なんて無い、俺は奴の……影のように、今までそこにあったかの様に……、在るだけだ。

 一歩、また一歩とボスの背後に近付いてゆく、対するボスは『死神』が気になって仕方が無いみたいで、こちらに気付く様子すらない。そして……、


「動くな、ジッとしてろよ?」


 するりとナイフをボスの首元にやり、チェックメイトだ。

 異変に気付いたボスは、今何が起こっているか分からない様子で硬直し、


「うぎぃ?! ……やめろ、殺すな!」


 慌てふためいた様子で口を開く。というか、昔ドラマとかでもこういうシーンを見たが、どうして人間追い詰められた瞬間に生を乞うのだろうか、俺には理解できない。

 定型パターンを見せてくれた親切なボスに俺は、


「あぁ、殺しはしねーけど、さっさと部下引き連れて出て行って欲しいんだよ、俺が用あるのはお前達が攫ったあの子だけだからな」


 丁寧な説明までしてやった、過去の俺なら信じられない優しさだ。


「ふざけるな、部下が殺されて仇も討てねぇなんざ、ボスとしてやってられっか!」


 確かに一理あるな……だけど、浅はかだ。


「じゃあ、勝手にしろ。お前らは全員死ぬだろうけどな、勝手に死んでも俺は何も知らない、ただお前達が忠告を聞かなかった、愚かな死にたがりであった事は忘れないでおいてやるよ」

「て、テメェ……言わせておけば!」

「……お前達が相手しているのが『死神』だって言っても、その威勢、変わらねぇか?」

「……まさか?!」


 最初の時点で力を量り損ねていたのだ、コイツ等は……。目の前の部下がやられたという感情論だけで身を動かし、滅びの道を選んでいた。そりゃ、感情論だって大切だ。けど、死ぬという問題を目の前に感情論だけで動いている様じゃいけないんだ。


 後ろから首にナイフを添えている為、表情を拝む事は出来ないが、驚嘆の色は隠せない様子であった。


「そのまさかだ、人を殺しに殺した殺人兵器……世界を荒廃に導いた先導者の一人だよ。さぁ、どうする、味方揃って道連れにするか、ボスさんよ?」

「……けど、相手は銃だ。出口は入口しかねぇ、このまま抜けだしたらハチの巣にされちまうっ!」


 やっとまともに話が出来る様になった。さて、でもこのままではボスの言う通りなのは確実だ。

 どんな逃げようとも、銃の射程圏内ではハチの巣になって肉塊になるのは、まず間違いないだろう。それにオリジナルが言うに、パルカが『死神』の状態である時に使う武器が二種類あるそうで、一つは今持っている二丁拳銃、もう一つは……パルカがいつも持ち歩いていて背負っていた、リュックタイプの中に入っていた物、『狙撃銃スナイパー・ライフル』だ。


 両方とも得意な武器であるそうなのだが、中でも『狙撃銃』を使わせると不味いらしい。ただでさえ良い命中精度がさらに跳ね上がり、二丁拳銃なら額を撃ち抜く所が……寸分狂わず心臓を撃ち抜いていくらしい。どちらを使われるにしろ、当たれば死は逃れられない。そんな物を腰にぶら下げ、いつでも持ち変えが可能となってはいるが、な……。


 だけど、そんな問題はとうに解決している。


「俺が一度だけコイツを使ってチャンスを作ってやる、その間に逃げろ」


 言って見せたのは、そう……『閃光手榴弾スタングレネードだ。

 ただ相手側は、未だ不満があり気に、


「でも、お前がそれ投げなければ俺達は全員死ぬ」


 至極尤もな事を言い、連ねる。


「お前……あの宿屋であの嬢ちゃんと一緒に寝ていた奴だろ、どうして今……俺を殺さない。憎く……ないのか?」


 憎い、そうだ俺は凄くコイツが憎い。俺の知っているパルカを何処か遠い所に追いやり、『死神』として目覚めさせたのだから、憎くない筈がない。けど、


「ここで仇打ちと言ってお前達を殺しても、アイツは帰ってこねぇから俺はそんな事しねぇよ」


『死神』であるパルカを殺しても、町の皆は帰ってこないのと同じだ。これもオリジナルから聞いたことだ、俺の町はパルカの『死神』によって全員殺された。でも、殺したのはパルカじゃない、怒りの矛先を謝っては、いけないんだ。それに……、俺はパルカのサブだ。メインに帰って来てもらわないと、仕事が出来やしない。

 ボスは何も口にせず、ただただ少しの言葉だけ口にしたのだった。


「……そうか、強ぇんだな、お前」


 馬鹿やめろ、俺は強いんじゃない。

 ただの、死にたがり屋だ。





 

 そして、沈黙は破られ時が来る。


『死神』が未だ真ん中で佇んだままでいる中で、ボスは部下達に大声で言い放つ。


「お前ら、カウントダウンが終わり次第、入口に向かって一斉に……『逃げる』ぞ、これは命令だっ!」


 それは敗北告げるブザーのように、重く深い言葉に聞こえたのは、俺だけではないだろう。いやきっと違う、俺は犯罪集団の一員ではないから分からない。しかし、部下達にとってはどうだ?

 反響し終えた言葉の先で、文句を告げる者は誰も……居やしなかった。


 案外、部下の方が利口なのかもしれない、ボス……情けねぇな。


 そうこうしている内に、未だナイフを首元に当てられているボスが無理矢理首を回し、合図を促してくる。

 俺はそれに首肯し、片手に持つ閃光手榴弾を見せつける。それに安心したのか、一つ息をつくと、今度は大きく息を吸い……カウントを始める。


「3」


 重く深い音は倉庫に飽和、反響を繰り返してゆく。

 クソ、俺まで緊張して来やがった。


「2」「1」……「0っ!」


 このタイミングだ。俺はすかさずナイフを腰の鞘に収め、左手に持っていた閃光手榴弾の安全ピンを抜いて『死神』に向かって投げる。と、同時に、


「お前ら耳を塞いで、逃げろっ!」


 ボス達犯罪集団が一斉に飛び出してゆく。

 一方の『死神』はと言うと、駆け抜けてゆく人達を虫けらのように見下して……いるかと思えば、なんと閃光手榴弾の方を視線で追い、片方の銃でそれを……撃ち抜いた。と、同時に眩い閃光が周囲一帯を包み込みながら、甲高い爆音が鳴り響く。


 耳を塞いで、爆音に耐えきった後……ここからが俺の仕事だ。

 収まったのを機に、俺は真っ直ぐ『死神』に向かって走り出す。と、次の瞬間だ。


「くっ……」


 俺は再びコンテナの物陰に隠れる羽目になる。そう、そうなのだ……あくまで閃光手榴弾は俺への注意を引き付ける為だけに投げた物なのだ、人を超えた『死神』に対して、人間が作り出した程度の玩具で、太刀打ちなど出来る筈もない。が、目眩まし程度には効いたようだ。


 撃ち抜かれた左肩を右手で抑えながら、何とか息を整える。

 百発百中を誇る『死神』の銃弾から、玩具一つで左肩負傷だけで済んだのだ、儲け話だろう。ただし、次はもうない。閃光手榴弾も尽きた、アイツ等の命を引き換えにだけど、な。


『死神』との距離は、今20メートル……後5メートルさえ縮められれば届く距離なのに、出れば撃ち抜かれる、閃光手榴弾を受けていたにも拘らず、あの瞬間持ち変えていた狙撃銃で……。

 万事休すだな、これは。さすがの俺も出血のせいか、頭が回らなくなってきた。

 諦めかけた、刹那……状況は変わる。


「おらぁ、俺の部下を殺した罪は、重ぇぞ――――!」


 声だけが聞こえる、分かる、さっきまで一緒に居たあのボス野郎だ。折角逃がしてやったのに、どうして帰って来たんだ、あの馬鹿!


 俺の思いが通じたのか、コンテナのせいで見えないボスは大きな声を張り上げて、放つ。


「俺はなぁ、俺のけじめをつけに帰って来ただけだ。だからよぉ、お前なんかに貸しを作ってこのまま死ぬ訳にはいかねぇんだよっ!」


 こんな大声が聞こえるのに、冷たい銃を構える音がする。それでもはっきり聞こえるボスの声に俺は無意識に大声を張り上げる。


「あぁ、そうかよ。折角、助けてやった命を粗末にしやがってよ!」


 俺は痛む左肩なんて忘れ去り、再び駆ける。


『死神』は……やはり、俺の方を向いていた。あのボスが『デコイ』のようにしか見えないのは明らかだ、では確実性のある俺を狙うのは確か。けど、一瞬だけ存在し出来た隙のおかげで今、駆けている。

 正面には既に狙撃銃を構え、俺の心臓目がけて銃口を合わせる『死神』が待ち構える。が、それでも進む。もし、ボスが刹那の時間を作ってくれなければ、俺は今頃撃たれているのだから。


 死に行くんじゃない、共に生きる為に駆けるんだ……!


 そして、今使うならこのタイミングだ。オリジナルに教えてもらった最後のとっておきの一つだ、一回しか効力は無いが瞬間的にではあるが、絶大な効力があると言われた。

 物ではない、食べ物でもない、ただ一言……大切な言葉、それは、






「『アリシア』――――――――――――――!」






 自ら持つ……本当の名前だ。


「……!?」


 ズゴンと大きくも鋭い発砲音が、空間を満たしてゆく。それが狙撃銃による銃撃音である事は百も承知である。オリジナルが言っていた、とっておきが嘘であるなら、俺は既にこの世の人では無いだろう。


 一か八かの大勝負、俺は……。


 見ている、スーパースローで飛んでくる超高速の弾丸が風を切りながら突き進み、耳元を……。





 かすめてゆくのを!





 時間は元のスピードを取り戻し、俺と比例して加速してゆく、後もう少し、2メートルっ!

 渾身の力を振り絞り『死神』に、後僅かの所で再び銃口がこちらへ向けられる。

 今度は距離が、無い。


 次は確実に死ぬ、だが関係ない。だって、ずっと言い続けている。

 俺は、ただの死にたがり屋だ。

 死なばもろともなんだ、だから銃口を向けられているにも拘らず無鉄砲に突っ込んでいき……。






 抱きしめ、キスをする。


 これこそ、オリジナルが俺に教えた最後のとっておきである、我ながら恥ずかしい行為だ。てか、俺を辱める為に教えた訳じゃなかろうかとも思えてくるから、やはりオリジナルは常にパルカのように振る舞うべきであると思える。


 口は柔らかく、細い体は今にも壊れそうなガラスを抱いている気分だ。至近距離にある彼女の顔は驚愕に満ちた表情は鋭く、俺を視線は殺さんとばかりに射抜き続けていたが、次第にそれが弱まってゆくと最後、覚えていろと言わんばかりに強く睨まれると、静かに瞼は閉じられていった。

 

 どうやら……成功したみたいだな。


 なんて、思うのも束の間だった。

 閉じられた瞼が、元気よく開けられたのだ。


 その眼はパルカ……もといアリシア当人の、あの優しい視線である。

 ただ問題が沢山あり過ぎて頭の中で警鐘が鳴り響き続けている。なにせ、未だ俺は抱きしめたままだし、キスも継続中だからな、変態か……俺は。

 元に戻ったアリシアは数回目を瞬かせると、俺は意を決し、殴られようが蹴られようがこの世から居なくなろうが構わないと思ったのだが、反応は違った。





 アリシアは……泣き始めた。





 目に大粒の涙を溜めたまま、口と口を離すと……アリシアは復活して第一声目を発した。


「バカっ! バーカっ!」


 思い切り罵声だった、しかも俺の胸に頭突きをし始めた。痛い、洒落にならないぐらい痛い!


「どうして、来たの! どうして……死ぬかもしれなかったんだよ、死んでいたらどうしていたのっ!?」


 どうやら、心の中からでも外で起きている事態は把握出来ていたようだ。

 悲痛な叫びが俺の耳に突き刺さる。あぁ胸が痛ぇな、物理的にも精神的にも、凄く痛い。


 だが今はこの痛みが、生きているという何よりの証拠でもあり、


「そりゃあ決まっているだろ、俺はお前が好きみたいだからな」


 こんな死にたがりの運命を大きく、大きく変えてくれたのだから。

 告げられた言葉にパルカは頭突きをやめて、代わりにコツリと俺の胸に額をつける。耳が赤くなっているのは、気のせいでは無いと思いたい。


「だからアリシア、やり直そう。俺達の歪んだ関係をまた一から、過去を忘れて……な」

「い、良いの……? わ、私は、御影君の町のみんなを殺した殺人鬼だよ、それでも……」


 消え入りそうな声は、今にも自らに断罪を下しそうだ。



(はぁ、全くコイツは)



「俺が滅ぶまで、ひっつき虫するって言ったのは誰だよ、えぇ?」

「……たはは、私だ」


 やっとの思いでこちらに表情を向けた彼女の顔は、とても愛おしく可愛らしいものだった。

 赤面しながら言葉を紡ぐアリシアに何だか俺が恥ずかしくなってきたので、気を紛らわす次いでに、腰掛けポーチからキャスケットを出して、頭に被せてやる。


「だろ、だったら気にすんな、それさえも受け入れてやる」

「……ありがと、じゃあこれは私と御影君、再契約の印だよ」


 そう言ってアリシアは頬を朱に染め、恥じらいながらも俺に……口づけをした。






 こうして死にたがりは、死ぬことをやめてしまった。世は今も荒廃し続けているが、死にたがりは世界に絶望するより大切な何かを見つけ出せたのであった。






 

     ◇◇◇







 あの後、聞いた話だ。


 アリシアに「夢ってお前、結局何だったんだよ?」って、改めて聞いてみると、顔を真っ赤にして「昔と違うけど、今はお嫁さんだよ」と満面な笑みで答えられた。

 全く、回答のようで解答になってないじゃねーか



                                       終

さーって、いかがだったでしょうか?

最後の方は、結構急いで書いたので展開が早かったと思います、すみません!

さらに言うと、今回書いて気付いたことが…。

「だが」「しかし」などの言葉を多用しているなぁ~と…。

うぅ~、まだまだ未熟ですね、はい。


ですけど、今回のを機に継続して小説を書けたらと思います!

なので、また出会う機会があるかもしれないですね!

てか、次も会いたいのでまた書きます! 

それまでの、さらばなのですぅ~

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