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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狂おしいほどの感情をあなたに

作者: 三都花実

 辛くて苦しくて。でもその先には希望もあって。何より彼しか考えられなかったのだ。彼が私を妹としか思っていなくても。多分、いやきっと私は狂おしいほどに彼を愛してる。そして狂おしいほど憎んでる。私は彼に愛情と憎悪を同時に向けていた。






「君のおかげで我が国は勝利を得られた。君は英雄だ。アルフォンソ。」


 そう言って目の前の青年を褒め称えるのは、この国、アンセナット王国の王太子である第一王子フェルディナンドだ。褒め称えられた青年、アルフォンソ・ミリシアントは恐縮したように礼をするがその表情はどこか浮かばない。


「恐れ多いことです。殿下。」

「君に褒美を与えよう。アルフォンソ。君は新たに私の騎士とする。あと、第三王女、我が妹カタリナを降嫁させる。」


 フェルディナンドの言葉にアルフォンソは目を見開き、そして周りはざわつく。唯一その場で落ち着いているのは一人の少女、カタリナだけ。


「アルフォンソ。せっかく久しぶりの再会なんだ、少しカタリナと話し合っておいで。君達は夫婦になるんだからね。」


 フェルディナンドは微笑んで、アルフォンソを促す。アルフォンソは強張った表情のままカタリナを連れて謁見の間を出た。







「まずはお帰りなさい。アルフォンソ様。」


 カタリナは表情のない顔でアルフォンソに言う。アルフォンソは苦々しい表情だ。今までカタリナは決してアルフォンソの事をアルフォンソ様なんて呼ばなかった。いつだってプライベートはアル兄様と呼んだのだ。


「リナ、いやカタリナ殿下。君はこの結婚に納得しているのですか?」


 アルフォンソの言葉にも、カタリナは表情を変えない。最後に会った彼女は表情豊かだった。アルフォンソもアルフォンソのかけがえのない主もそのカタリナを大切に慈しんできたというのに。


「はい。フェルディナンド兄上と父上が決められたことですもの。」


 カタリナは初めて微笑む。アルフォンソは目を見開き、口を押さえる。まるで見てはならないものを見たかのように。


「リナ。どうして責めないんだ。カイルを殺したのは僕なのに。」


 アルフォンソの言葉にカタリナは初めて表情を揺らす。アルフォンソの表情には悔恨も何もない。


「貴方を責めたら兄様は戻ってくるの?主も守れなかった騎士様って?絶対に兄様を守るって約束したじゃないって?...嘘つきって。そうやって責めても何も戻らない。」


 カタリナの瞳は憎しみと戸惑いが浮かんでいる。


「君が責めてくれるなら...いや、違うな。リナ。よく聞いてくれ。カイルが最期に君に遺した言葉だ。「聞きたくないわっ。」


 カタリナはアルフォンソの言葉を遮る。そして、その部屋を勢いよくでていった。








 第三王子カイル。とても頭の切れる人物であり軍の参謀。そしてカタリナにとってかけがえのない同母兄だった。カタリナとカイルの母は王妃でその責務を果たすのに必死でカタリナは母に母らしいことをしてもらった記憶なんてない。その代わりカイルは母の代わりに愛してくれた。無償の愛を捧げてくれたのだ。カタリナはそんな兄を尊敬していたし、何よりも愛している。そんな兄には一人の騎士がいた。それがアルフォンソ・ミリシアントだ。アルフォンソは兄の騎士であり親友だった。いつも優しくて、カタリナに兄のように接してくれるアルフォンソをカタリナもアル兄様と慕ったし、初恋めいた恋情を抱いたことだってある。


 カイルは死んだ。戦況でカイルは追い詰められ、自害に追い込められた。その自害で敵に隙ができたところをアルフォンソは攻めた。それからは見事な勝ち戦ばかりだったらしい。兄を犠牲にしてまでアルフォンソは勝利を得た。信じられなかった、信じたくなかった、しかし、これが現実だ。






「やあ、アルフォンソ。話って何かな。」


 アルフォンソはフェルディナンドと二人で会っていた。


「殿下。お話というのはカタリナ様のことです。」

「リナの?どうかしたのかい。」

「はい。私とカタリナ様の婚姻はやはり取りやめにした方がカタリナ様のためになります。」


 アルフォンソの言葉にフェルディナンドは険しい表情を浮かべる。


「あの謁見からカタリナ様は部屋にこもりがちだとか。やはり私では嫌なのでしょう。」

「あれの部屋のこもりがちなのはあの戦争からずっとだ。それに公務はなんとかしているらしいから心配いらないよ。」

「カタリナ様にとって私は兄君を死なせた役立たずです。」

「カタリナにとってカイルは太陽のような存在だった。しかし、そんな彼女の私情で結婚は決められない。彼女は王女だ。国のために結婚するのは義務なんだ。」

「しかし、」

「これは王命だ。」


 フェルディナンドの言葉にアルフォンソは何も言えなかった。


 アルフォンソにとってカタリナは今はいない自分が殺した同然の唯一無二の主であり、親友のかけがえのない存在だ。彼の代わりに彼女を守ってあげたい。しかし、それは自分ではないことも自覚していた。彼女はこのまま自分のことを以前のように兄同然に思っていて、それでいて憎くてという二律背反な感情を持っていたら壊れてしまう。それを防ぐためには完璧に彼女から嫌われ、憎まれる必要がある。例えそれがアルフォンソ自身には耐え難くても、しなければならない。きっとこれは罰なのだから。






 カタリナは自室でぼーっとしていた。いや、ただぼーっとしていたのではない。もう何もかも考えるのが嫌になったのだ。特に今は決してアルフォンソに会いたくない気分だった。


「カタリナ様。失礼ですが、入りますよ。」


 アルフォンソは侍女が止めるのも聞かずに部屋に入ってくる。カタリナは仕方なく侍女を下げた。


「リナ。僕は君と結婚するよ。君は一生、兄の仇と暮らすんだ。」


 アルフォンソはそう言う。カタリナは息を呑む。まさかアルフォンソがそこまでのことを言うとは思わなかったのだ。


「君の兄が最期に言った言葉は「聞きたくないって言ったでしょう!」


 カタリナは思わず手で耳を塞ぐ。アルフォンソはその手を掴む。その表情は歪んでいた。


「聞くんだ。リナ。彼はこう言った。『カタリナ。愛してる。生きていてくれ。すまない。』と。」


 アルフォンソから伝わった兄の最期の言葉をカタリナは聞くと、ぽたぽたと瞳から涙が零れる。


「聞きたくなかっ...た。だって私は信じたくなかったのに。お兄様が、カイル兄様が死んだなんて。...ひどい人。なんてひどい人。」


 カタリナは涙を零しながら言う。アルフォンソはそんなカタリナの涙を拭うように口づける。何度も何度も。カタリナは身じろぎをしない。


「そうだよ。リナ。僕はひどい人間なんだ。だから、リナ。僕を嫌ってくれ。憎んでくれ。決して許さないで。」


 アルフォンソは狂おしいように、そう言って今度は軽くカタリナの唇に口づける。カタリナは今度は身じろぎしたが、何もしなかった。ただ、狂おしいほど、目の前の男が憎くて憎くて、そして愛おしかった。カタリナは手を伸ばし、アルフォンソに手を回して抱きつく。アルフォンソもきつく抱きしめ、今度は深い深い口づけをした。






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