第5話 ……私だ
小型の飛空艇が空を飛ぶ。運転するのは私。隣にお父さんが乗っている。まさか、お父さんが一緒に着いて来るなんて……
正直なところ、お父さんが付いて来るのは怖い。お父さんが怖いってワケじゃない。お父さんは政治家で、軍人じゃない。しかも、政府副元老院議長。連合軍に捕まれば……
実は私、そんなに強い軍人じゃない。この前はバトル=オーディンを負傷させ、ウォゴプルを倒したケド、1000体のバトル=アルファを一度に相手に出来るワケじゃない。
本当にサラマで奴隷産業が行われているなら、連合軍は数多くの兵を配置しているハズだ。集団戦になったら、お父さんを守れないかも知れない。
「サラマはグランド州東部砂漠にある。砂漠と言っても砂の砂漠じゃない」
「岩砂漠、だよね?」
「そう。戦争前は観光地の1つでもあったところだ。それが今じゃ賞金稼ぎや傭兵、挙句の果てには連合軍の悪事が運びいる地となってしまった」
砂漠と奴隷。なんとなく、イメージが似合うのは気のせいかな? 傭兵に賞金稼ぎ、か。あまりいいイメージはないな。
傭兵や賞金稼ぎはこの数年で倍増した。間違いなく戦争のせい。戦争で家や家族を失った人々が武器を手に取り、人や魔物を殺して生活している。本来、難民の救済は政府の役目なのに、それを疎かにして戦争継続を計っている。
もう3年にもなるラグナロク大戦。終わりはまだ見えない。人が毎日何百人も死んでいく。連合軍の激しい空爆は次々と街を廃墟に変えていく。フランツーシティも大きな被害を受けた。
「ほら、見えてきた。あれがサラマ郡の郡都、サラマシティだ」
お父さんが指差す方向には岩山に囲まれた大きな街があった。夕日を浴びたサラマシティはいかにも砂漠に建っている街のイメージそのものだった。
*
【サラマシティ 西部市街地】
飛空艇を降りた私たちは市内へと入る。服装は汚れ色あせた大きな布を頭から被り、政府の人間とバレれないようにしていた(このローブ、微妙に大きいな……)。
市内の様子は……色々なところに出店が立ち並び、大勢の人々で賑わっていた。でも、観光客と思しき人間はほとんどいない。傭兵や賞金稼ぎが多い。それと、首輪のつけられた人間。その鎖を持つ人間。まさか、奴隷とその主!?
「へへっ、国際政府将軍のバシメアをブッ殺せば一生遊べるじゃねぇか」
「やめとけ……超人的な男だぞ。死にに行くようなもんだ」
「なら連合政府の裏切り者クラスタはどうだ? あの女は頭がいいだけで強くはねぇ。値段は少し下がるが5億も貰えるんだぞ……」
背中にライフルを持った男性2人がニヤニヤしながらレンガの壁に張られた紙を見ている。手配書…… 連合政府が発行したものだ。
連合政府は兵の不足を傭兵や賞金稼ぎで補おうと、次々と手配書を発行していた。賞金首となっているのは私たち政府軍人。申し訳程度に犯罪者や魔物もある。
人の命に値段でもつけているのか? 殺せばおカネがもらえるなんて……
「なぁなぁ、国際政府中将のクロノスって死んだらしいな」
「あぁ? あの男死んだのかよ。俺が狙ってたのにな」
…………!
「まぁ、8000万だしな」
「新米女将軍パトラーを片腕がもげたな」
「夜のお相手がいなくなったんだよ、ハハッ」
「…………ッ!」
私はついその2人に殴りかかろうとする。でも、その前にお父さんが私の片腕に握ったのが先立った。私は辛うじて留まる。
半ばお父さんに引きずられるようにして私たちはその場から離れていく。クッ……! 本当は腕を振りほどいてでもあの2人を殴りたかった。でも、それをすれば私はともかくお父さんまでもが……
「ここはもう連合政府の支配地だ。下手な事をするとすぐに目を付けられる。それに、もし正体がバレれば、命がない」
そう言ってお父さんは壁に貼られた別の手配書を指差す。そこには黄色い髪の毛にエメラルドグリーンをした若い女性が写っていた。……私だ。パトラー=オイジュス、6億4000万。連合政府はよっぽど私の事が気に入らないらしい。普通、6億なんて賞金はなかなかつかない。
そして、その横にはもう1枚の手配書。灰色の髪の毛にエメラルドグリーンの瞳をした男性。ライト=オイジュス。お父さんだ。6億1000万。
「行こう」
「…………」
私たちはその場から早々に立ち去る。自分の手配書を見るのは中々いい気分がするものじゃない。……ここでうっかり顔を見られたら、首と胴が離れるな。
しばらく歩いていると、傭兵や賞金稼ぎたちを掻き分けて道路のど真ん中を歩いてくる一隊が現れた。迷彩模様をした機械の兵士。でも、その姿形はバトル=アルファとなんら変わりない。なんだアレ?
「マズイな」
「えっ?」
「B・Lのバトル=アルファだ」
「バトル・ラインって連合政府加盟組織の1つだよね!?」
連合政府は名前通り、連合統治機構だ。全部で9つの組織。その内、4つは既に崩壊した。それでもまだ5つの組織が存在する。バトル・ラインはその1つだ。
迷彩模様のバトル=アルファはランダムに人々の前で立ち、身分証明書の提示を要求している。身分証明書のない人には顔を見せるように言っている。……顔を見られたら……
やがてバトル=アルファの一隊は私たちの前にやってくる。最悪……
[この街は連合政府加盟組織バトル・ラインの管轄都市デス。身分証を呈示して下さい]
私たちはその場で完全に動けなくなる。全身から汗が滲み出てくる。もし、身分証を見せればその場で国際政府の人間とバレる。でも、見せなかったら、――
[身分証がない場合は顔を拝見させて頂ければ結構です。ワタシたちは“G級ターゲット”を探しているだけですから]
「G級ターゲット?」
[G級ターゲットとは賞金5億以上をかけられた人間です]
へぇ…… ……ってそれって私たちじゃないか!
ますますイヤな汗が出てくる。ここでこのバトル=アルファを倒すのはワケない。でも、そうすれば周りの賞金稼ぎや傭兵に怪しまれる。そのまま襲われるだろう。
サラマシティにやってきて、私たちは早速窮地に立たされた。このままだと捕まる。いや、もしかしたら殺されるかも知れない……!
絶体絶命とはまさにこの事だった。
戦争になると、いつの時代でもそうなのですが、民がもっとも被害を受けるんですよね。
戦争によって生活の基盤を失うと、他人を害して生活の糧を奪わなきゃならない(もちろん、他の人や行政を頼ることもあるでしょうが、戦時中は希望薄いでしょうね)。
そんな世界になったら、まさしく弱肉強食ですよね。他の人の命とか人権なんて考える余裕なんてないですよ。だって、自分さえままならないんですから。