第47話 久しぶりだね、キャプテン・ヒュノプス
【政府首都グリードシティ セントラルタワー 最上階】
夜のグリードシティ。街の明かりが、元老院議事堂の中央に建てられたセントラルタワーからは、よく見える。夜の灯。美しいものだ。夜の街に灯る、光の粒の海――
俺は総統席に深々と座り、執務デスクを背に、大きな窓から、その光景を見ていた。数日前、テクノシティは廃墟となった。美しい街が1つ消えてしまった。
「…………」
俺は窓を背に、執務デスクに両肘を付き、ぼんやりと前を見る。赤いじゅうたんが敷かれた総統オフィスは薄暗い。
……テクノシティで生き残ったパトラーたち。テクノミア=エデンの付近には無数の巨石が転がっていたという。12兵団の報告では、隕石が突如として降ってきた。それが、テクノミア=エデンに落ちる直前に、砕け散ったという。
「フィルド、どこにいる……」
俺は机の上に置かれた1枚の紙に視線を落とす。その紙の右上には1人の女性の姿。短い赤茶色の髪の毛をした女性軍人。3年前のフィルド=ネスト。
3年前、俺はフィルドを攫った。だが、その2年後、彼女は逃げ出した。テクノシティより遥か北東のパスリュー本部で無数の人間を殺し、逃げ出した。
「お前は超能力と魔法を使いこなす、新たなる人類だ」
俺はカッターナイフで彼女の写真を縦に切る。
1ヶ月半前、パスリュー本部から逃げ出した彼女は、キャプテン・フィルドが支配するアレイシア本部に収監されていた。
俺は彼女を奪え返しに行ったが…… 彼女を取り逃がす結果に終わった。アレイシア本部は戦場となり、惨劇の殺戮地帯となった。何千ものクローン兵とサキュバスが死んだ。
「次は、逃がさん……」
俺はゆっくりと立ち上がる。立ち上がりながら、別の紙を手に取る。――『重要指名手配 フィルド=ネスト』。
“国際政府総統マグフェルトとして、連合政府黒幕パトフォーとして”、俺は彼女を捜し出そう。世界に、彼女を捕まえさせようではないか――
◆◇◆
【レーフェンス州 アレイシア山地】
テクノシティから遥か南。大陸南西部に位置するレーフェンス州のアレイシア山地を私は歩いていた。レーフェンス州は今や連合政府の支配地となっている。
かつて私はレーフェンスシティを守ったこともあった。その時、サラマシティにいたあの賞金稼ぎ――ディズトロイが襲撃した。……もう、8ヶ月も前になる。
レーフェンスシティはキャスティクスの戦いの後、コマンダー・レスとコマンダー・ライカの攻撃を受け、スロイディア将軍の防衛も虚しく、陥落した。
「1人とは油断しすぎじゃないか? パトラー将軍」
深い夜の森を歩いていると、背後から誰かが声をかけてくる。私はそっと振り返る。そこにいたのは、久しぶりに見た顔だった。――キャプテン・フィルド。
彼女の身体はボロボロだった。頭や顔、腹、と至る所に包帯を巻いている。右腕は骨折しているのだろうか?
「久しぶりだね、キャプテン・ヒュノプス」
「……ヒュノプス、か」
*
私たちはアレイシア本部がよく見える小高い山に登り、そこに座り込む。アレイシア本部はかつて私が来た時よりも何倍も大きくなっていた。広大な飛空艇離着陸場まである。今もそこに何十隻もの軍艦や上陸艦がある。
「コマンダー・ヒュノプスは私が准将だった頃に使っていた名前だ。少将になると同時にキャプテンになり、ヒュノプスの名前も使うのをやめた」
キャプテン・フィルドは黒い巨大要塞と化したアレイシア本部に視線を向けながら、語り始める。アレイシア本部の敷地にはいくつもの建物が立ち並び、その奥には巨大な城のような要塞まである。
「私は元々、連合政府リーダー・コメットの部下だった。ヒュノプスという名前もコメットから貰ったものだ」
コメットはロボット製造企業「ビリオン」の女性リーダーだ。6ヶ月前、私たちはビリオン・ポート本部に攻め込み、彼女を降伏させた。……でも、その直後、彼女は何者かに攫われ、片腕だけを残して消えた。ウワサでは……
「1年前、私は准将から少将に昇格し、ケイレイト将軍の部下になった。彼女からキャプテンの地位を頂き、コマンダーを名乗らなくなった。それと同時に、ヒュノプスの名前も捨てた」
「…………?」
そう話すキャプテン・フィルドはどこか声が震えていた。寒さ、じゃないと思うケド……
「コメットは狂気の女だった。……もう死んだケドな」
不気味な笑みを浮かべるキャプテン・フィルド。
……ウワサでは、ビリオン・ポート本部でコメットを攫ったのはケイレイト。ケイレイトはコメットを連れ去り、アレイシアでキャプテン・フィルドと共に惨殺した、らしい。
コメットはクローンの命や身体を何とも思っていなかった。平気で傷付け、命を奪った。そんな女の部下だったキャプテン・フィルド……
「……話、変わるケド、その傷は?」
「…………」
答えなかった。どこかの戦場で傷付いたのだろうか? いや、誰かと戦って付いた傷だ。そうだったら、誰と戦って……?
「……キャプテン・フィルドって名前も何だか、な」
「…………?」
「SFT-250156とでも名乗っておいた方がいいのかもな」
そう呟くキャプテン・フィルドは、どこか悲しそうだった。どこか、遠くを見つめていた。
◆◇◆
【ダーク・サンクチュアリ 暗黒城 セネイシア御座】
僕はセネイシア御座の奥にある黒いイスに座る。まだ、この前の傷がズキズキする。キャプテン・エデンに治療して貰ったケド、完治はしていないみたい。
僕がイスに座ると、6人の衛士たちも、僕の方を向いてそれぞれのイスに座る。
「セネイシア卿、作戦は順調です。すでに、ヒーラーズ・グループの軍勢の大部分が完成しつつあります」
緑色の装甲服を着た剣闘士のコマンダー・レーリアが最初に話し出す。そっか、もう僕らの軍隊は完成するのか。ここまで長かったけど、もうすぐなんだな。
ヒーラーズ軍を構成するクローン兵は、国際政府の兵士・軍用兵器や、連合政府の軍用兵器とは比較にならないほどの力を持っている。強いクローン兵で構成された軍隊だ。
「5兵団に分けられたヒーラーズ一般軍の管理官たちもすでに決定済みです」
……兵団の長官は、コマンダー・ソフィアを筆頭にコマンダー・レーリア、コマンダー・アーカイズ、コマンダー・フェール、コマンダー・クリアだ。5人とも七衛士。
今、僕の真横にいるキャプテン・エデンはヒーラーズ親衛軍の管理官だ。ダーク・サンクチュアリの防衛を行う。
「もう兵員数は揃ってるの?」
「いえ、それはまだです。一般軍はそれぞれ2個師団構成(25万人)としますので、必要兵員数は合計で125万。しかし、現在120万しか完成しておらず、――」
残り5万の兵力があれば、一般軍が完成する。一般軍が国際政府を滅ぼし、連合政府をも滅ぼす。そして、最後は――
「――幸せな、世界を創ろう」
僕は会議の終わりに小さな声で呟いた。そう、僕らが新しい世界を創る。幸福に満ちた、優しい世界を創る――




