第44話 やあ、また会いましたね
発砲音。誰かが倒れる。
「ぐっ、あッ――!?」
苦しそうな声を上げて倒れたのは――“メディデント”だった。
「メディデント!?」
私は、銃弾が飛んできた真後ろを振り返る。そこにいたのはハンドガンを握った女性――フィルドさんのクローンだ。赤茶色の髪の毛に同色の瞳、整った美しい顔つきですぐに分かる。
彼女の服装は紫の細いラインが入った黒い装甲服に、黒い肩当てと同色のマント。クローン・コマンダーより上位階級なのだろうか?
そして、彼女の横にいる黒いフードを被った少年――シンシア支部でも会った少年セネイシアだ。事実上の、ヒーラーズ・グループのリーダー……
「やあ、また会いましたね、パトラー将軍」
「……なぜ、メディデントを撃った?」
私はサブマシンガンを片手に握りながら、少年に向かって言う。シンシア支部の時にいたクローン・コマンダーたちはいないみたいだが……
「メディデントはもう邪魔なんですよね。だから今日、殺しにきたんです」
「…………ッ!」
セネイシアは涼しい顔で淡々と話す。その横ではよりフィルドさんに近いクローン兵が私たちを睨むようにして見ていた。私がここでおかしな動きをすれば、すぐに襲い掛かってきそうだ。
「ヒー、ラーズ……?」
胸を撃たれたメディデントが口から血を吐きながら、顔だけをセネイシアに向けて声を搾り出す。息も荒く、出血も多い。このままだと……
「ウ、ィルスを、撒いたのは、……お前たちが、この街の各所に、設置した、“空気清浄器”は……」
空気清浄器? テクノシティの市街地で見た、公園に設置されてそうなゴミ箱ぐらいの大きさしかないあの円柱状の機械だろうか?
「フフフ、そうですよ。あれは空気清浄器ではないです。ウィルス生成・放出装置なんですよ。毎日毎日少しずつ放出し、パトラー将軍たちがテクノシティに入った時にたくさん出して、人間をテクノ=グールに変異させたんです」
得意げに話すセネイシア。そうか、納得だ。これならさっきのメディデントの態度も分かる。それにナノテクノミアは科学技術で成り立つ組織。ウィルス作りは、ヒーラーズ・グループだな。テクノシティの市民をグールに変異させ、地獄を招いたのは――
「う、ら切り――」
メディデントは血を吐きながら力を失い、完全に倒れ込む。息絶えたようだ。連合政府リーダーがまた1人死んだ。
「ねぇテクノミア、君は気が付いていたんでしょ?」
メディデントを裏切り、テクノシティを地獄に変えたヒーラーズ・グループのリーダーは私たちの背後にいる5体目の人工知能テクノミアに向かって言う。
[……分かっていても、話せなかった。メディデントに本当の事を話せば、彼は激怒し、あなたを殺す為に連合軍全軍を使ったかも知れない。そうなれば、連合政府は滅び去ってしまう。メディデントも、国際政府に殺されてしまう。だから、私は言えなかった。それに、彼もすでにウィルスに犯されていた。あと1時間もすれば、変異していた]
……機械に心はあるのだろうか? 人工知能テクノミアの、冷たく大きな機械の身体が私たちの前に背を向けて立つ。
[“審判の日”が来たようね]
「メディデントに対する審判かな? ふふ、面白い機械だね」
[いいえ、私に対する審判。闇に沈黙した私への審判――]
「…………? まぁ、いいや。僕はテクノミア、君を迎えに来た」
人工知能テクノミアに向かって手を差し伸べるセネイシア。そんな彼に、テクノミアは鎌を向ける。ヒーラーズの少年を殺す気だ。
だが、テクノミアが鎌を振り降ろした時、その大きな身体が3つに胴体で斬り裂かれる。セネイシアのすぐ横にいるクローンが手をかざしていた。――斬撃だ。
「コマンダー・ソフィア」
「はい、セネイシア閣下」
セネイシアの背後にいた黒いレザースーツに首回りや肩・腕に黒い装甲を纏ったクローン・コマンダーが、左腕に装備したコンピューターで何かを始める。
一方、メディデントを射殺し、5体目のテクノミアを斬り壊した上級クローン兵はその動きを見守っていた。
「“キャプテン”・エデン、コマンダー・クリアに命令して、あの2人をここに……」
「イエッサー」
あの上級クローン、キャプテンなのか!? これまでキャプテンと名の付くクローンはキャプテン・フィルド(=キャプテン・ヒュノプス)しか聞いた事なかった。まさか、キャプテン階級のクローンは他にも……!?
そんなことを思っていると、セネイシアたちの背後に禍々しい黒い穴が空中に開かれる。そこから1人の少女が飛び出してくる。……あの顔つき、クローンだ。
「セネイシア! 私のこと呼んだ!?」
「クリア、あの2人をパトラー将軍に渡して上げて」
あの2人? まさか……! 私の頭に、途中でいなくなってしまったクラスタとピューリタンの顔が思い浮かぶ。2人はセネイシアに捕まったんじゃ……
コマンダー・クリアと呼ばれた少女は、両手を私たちの上に向ける。すると、さっきの黒い渦が現れ、そこから2人の女性が放り出される。――気を失ったクラスタとピューリタンだ!
「う、うわっ!」
クラスタはクディラス将軍がなんとか抱き留めるが、ピューリタンはトワイラルの上に落ちる(……トワイラルもピューリタンも大丈夫そうだ)。
「2人になにをした!」
「ふふ、別に酷い事はしてませんよ。治療と引き換えに情報を頂きました」
「情報?」
「ええ、情報です。“僕たちが”首都に設置したウィルス生成・放出機にアクセスすることができなくなったから、なんでかなって思っていたんだ」
「…………!?」
そうか、首都にあったあの強大な円柱も彼らヒーラーズ・グループが設置したものだったのか! 首都最下層の人々やテクノシティの人々を虐殺したのは、全てこの少年が――!
私はサブマシンガンを握り締める。発砲しなかったのは、キャプテン・エデンが私の動きをしっかりと見ていたからだ。ここで、撃てば彼女が私を殺す――
「セネイシア閣下、準備完了です」
「ありがとう、コマンダー・ソフィア。……さぁ、そろそろ迎えましょうか。人工知能テクノミアを――!」




