第41話 1年半前は、私が悪かった
【科学都市テクノシティ テクノミア=エデン 正門前】
わたしは剣を鞘に戻す。後ろではリーグが剣を落とし、硬い道路に膝をつく。激しく咳き込み、血を吐き散らす。
「まずはプトレイ将軍の仇は取らせて貰ったぞ」
「クッ、この俺がッ……」
リーグはそのまま倒れ、息絶える。わたしが一瞬の隙を突き、その身体を大きく斬った。キャスティクスの山でもしリーグと出会っていたら、間違いなく敗北していただろう。
「さて、ずいぶん遅れを取った……」
わたしはテクノミア=エデンの方に目を移す。青白い光でライトアップされていた塔は、赤色の光に変わっていた。あの建物の最上階に人工知能テクノミアが君臨する。バトル=オーディンを建造した人工知能が、あそこにいる。
◆◇◆
【科学都市テクノシティ テクノミア=エデン メイン・ロビー】
私は剣で白色のグールを斬り倒す。彼らはテクノ州・テクノシティ議会の議員たち“だった”。いや議員だけじゃない。ナノテクノミアの社員や幹部までグールに変異していった。
人工知能テクノミアやメディデントの狙いが全く分からない。自分たちの部下までグールに変えたら意味がないハズだ。なぜこんな事を?
「……すまない」
私は泣きながら助けを求めてきた女性議員……だった大型グールの首をハネる。そのグールの背後の方では1人の女性が戦っている。クラスタだ。――かつての連合軍将軍。
クラスタは失脚し、首都で発見され、私の部下となった。その頃、パトラーはまだ将軍ではなく、彼女もまた、立場上は、私の部下だった。でも、私はクラスタを一度も使ったことはない。対称的にパトラーとはよく戦った。
「…………」
クラスタは剣を勢いよく振り降ろし、すぐ近くまで迫っていたグールを斬り倒す。そう、かつてファンタジアシティで戦った時も、彼女は剣を使っていた。私と剣で戦った。
私はファンタジアシティでクラスタに敗北した。その時、彼女の部下は私に性的暴行をした。しかも、その後はスレイヴ・ドール実験の実験台にされた。その怨みを、私は忘れていない。
1体のグールが鋭い爪を振り上げ、私を斬り裂こうとする。私は怒りと憎しみを込めて、そのグールを真っ二つに斬り倒す。更に別方向から近寄ってきた大型グールの心臓部を突き刺し、剣を捻じりながら、その巨体を蹴り倒す。
私はクラスタを許さない。絶対に。あの事件はもう1年半前にもなる。でも、あの時に負った心の傷は癒えない。
「死ねッ!」
私は前の方にいるグールに向かって勢いよく剣を投げる。その剣はグールの頭に突き刺さり、そのアンデット・モンスターは倒れる。
剣を失った私はハンドガンで応戦する。次々とグールを撃ち殺していく。――もし、クラスタがグールに変異したら、私は彼女をこうやって撃ち殺すだろう。
私は辺りのグールを一掃すると、死んだグールの頭に刺さった剣を引き抜く。メイン・ロビーの魔物は全部片付いたようだ。
「うッ、うあぁああぁッ!!」
「…………!?」
クラスタの悲鳴。私ははっと彼女のいた方を向く。そこにはお腹を抑えてうずくまるクラスタと、3体のバトル=パラディンがいた。なんだ、情けない。バトル=パラディンにやられ、――
「…………ッ!」
私はさっと横に飛ぶ。バトル=パラディンたちの方から何かが飛んできた。それは私のすぐ後ろの壁に突っ込む。――黒い小さな鉄球だった。ただの鉄球じゃない。無数のトゲが付いている。
[下手くそ]
[黙れ。1発目は俺のせいじゃないダロ]
バトル=パラディンたちは床で呻き声を上げながら、うずくまるクラスタを無視し、私の方に歩み寄ってくる。2体のパラディンはいつも通り、先端に電撃を纏った槍を握っている。だが、1体だけはグレネードランチャーに似たハンドキャノンを持っていた。
彼らの会話から、1発目も失敗したのか? さっきのは2発目?
[メディデント閣下のご命令は将軍クラスの人間を殺せ、だぞ]
私は剣を握り、戦闘態勢に入る。バトル=パラディンは文字通り、騎士型のロボットだ。鋼の装甲に身を包み、濃い青色をしたマントを纏っている。頭部には対になった2本の大きな角まである。
このバトル=パラディンだけで構成された部隊も連合軍にはあるらしい。3840体ものバトル=パラディンで構成されたその部隊の隊長こそ、騎士長バトル=オーディン。
「バトル=パラディンごときに負けるか!」
私は、槍をぐるぐると回しながら接近するバトル=パラディンに飛びかかる。何度か電撃を纏う槍と撃ち合いつつも、1体のバトル=パラディンの頭を剣で突き刺す。火花を散らしながら、その騎士ロボットは倒れる。
もう1体の槍を持ったバトル=パラディンとも何度か槍と剣で激しく戦うが、僅かな動きの隙を突いて、その頭を斬り壊す。
[死ね!]
「…………!」
最後に残ったバトル=パラディンはハンド・キャノンをコッチに向けていた。そこから放たれるトゲ付き鉄球。私の頬をかすめる。
[あっ……]
私はそのバトル=パラディンに素早く迫り、機械の騎士が持っていたハンド・キャノンを下から上へと蹴り飛ばす。宙を舞うハンド・キャノン。私は大きく飛んで、それをキャッチする。
「これもナノテクノミアの新製品か?」
[……鉄球自体は数十年前に造られたが、ハンドキャノンはビリオン社製だ]
「へぇ、そう」
私はそれだけ言うとバトル=パラディンの頭に狙いを定め、引き金を引く。鉄球が勢いよく放たれ、鋼の頭を砕く。ハンドキャノンを持っていたバトル=パラディンもまた倒れた。
私はうずくまるクラスタの元に駆け寄る。彼女の腹部にはあの鉄球が突き刺さっていた。
「クラスタ……」
「グッ、ぅ…… さっきのヤツ、らは……?」
「全部倒した」
「……そ、そうか」
私はクラスタの腹部に突き刺さった鉄球を引き抜こうとする。だが、……
「…………!」
よく見れば、無数の鋭いトゲには“返し”がついていた。突き刺さった際に、簡単には引き抜けないようにする為のものだ。無理やり引き抜こうとすれば、激痛が伴う。
「いい……このままで……」
「…………」
このままでいいハズもないが、ハンド・キャノンで飛ばしたせいで、かなり深く刺さっている。今はどうしようもない。
「そ、それよりも、気をつけろ、ピューリタン」
「……何を?」
「もう少し、全体を、見て……戦うんだ。お前は、まだスロイディアや、クディラスほど、……将軍の器があるワケじゃ、ない。いくらか、パトラーよりか、マシだが……」
「…………。ご忠告どうも、クラスタ“将軍”」
私は予想しなかった説教にイラっとしながらも、皮肉を込めて言う。無意識の内にハンドキャノンをぎゅっと握り締めていた。
「……1発目もお前を狙っていた」
「…………?」
それだけ言うと、クラスタはふらふらと歩きだす。1発目も私を狙っていた? 1発目はクラスタじゃなかったのか? その時、私はバトル=パラディンのセリフを思い出す。
――黙れ。1発目は俺のせいじゃないダロ。
俺のせいじゃない? 1発目から私を狙っていた。でも、それは失敗した。その失敗は、あのバトル=パラディンのせいじゃない……?
――メディデント閣下のご命令は将軍クラスの人間を殺せ、だぞ。
クラスタは中将だ。将軍じゃない。メディデントの命令は“将軍を狙え”だったらしい。ならば、クラスタは対象外だ……
「まさか、クラスタ……!」
「…………」
「……私を庇って、代わりに……!?」
クラスタは何も言わずにふらふらと歩いて行く。だが、その足取りが止まる。激しく咳き込みながら、倒れる。私はハンド・キャノンを投げ捨て、彼女の元に駆け寄る。
「クラスタっ!」
「……1年半前は、私が悪かった……」
クラスタは荒い息をしながら、口から血を流しながら言う。予想以上の重傷だ。出血多量で死にかねない。このままだとヤバい。でも、無理に引き抜けば、ますます出血が多くなる。
「許して、とは言えない、な……」
クラスタの目から涙が頬を伝って流れる。彼女が私を庇ったのは、過去のことが頭にあったからだろうか。私にしたことへの後悔と自責。それが、私の知らないところで彼女を苦しめていたのかも知れない。私の彼女への態度が、彼女を苦しめていたのかも知れない。
「クラスタっ……!」
私のせいでクラスタが死んでしまう…… 私は震えながら、ぎゅっとクラスタを後ろから抱きしめる。――その時だった。
「ふふ、傷ついた人間。それを癒すのが、僕らの使命、かな?」
「…………?」




