第40話 さぁ、覚悟するんだね
【サフェルト州 キャスティクス西部】
何時間、逃げ続けただろうか。わたしたちは途中で合流したビザンティア将軍と共に、サフェルト・キャスティクス海岸から離れたキャスティクス山の山奥へと逃げ込んだ。
「この後はどうしますか?」
「……南西へ進もう。近くの都市からレーフェンスシティへと落ち延びよう」
「北東のサフェルトシティの方が圧倒的に近いですが……」
「……サフェルトシティへ進むにはマンドラゴラ峡谷を進むことになる。あの辺りはマンドラゴラを始めとした魔物の生息地域だ」
わたしは背後を振り返る。何千もの兵士がいたが、その大部分は傷つき、疲れ果てていた。そんな状態で魔物と戦うのは厳しい。おまけにマンドラゴラは強大な力を持つ魔物だ。かつてアヴァナプタやプロパネ、キャプテン・フィルドが戦ったそうだが、死にかけたらしい。
「プトレイ将軍が一刻も早い救出を待っていますが……」
「…………」
わたしも複雑な思いだった。プトレイ将軍はまだサフェルト・キャスティクス海岸で戦っている。壊れた飛空艇艦隊の中でゲリラ戦を展開している。10万人ほどの兵士たちと共に、今も戦っている。
プトレイ将軍とその兵士たちのおかげで、バトル=オーディンら4人の将軍たちは、引き連れた軍勢の全部隊を使って戦っている。だから、わたしたちは追撃されていなかった。
「急ごう」
わたしたちは再び山道を歩き始める。空は真昼にも関わらず、どんよりとした灰色の厚い雲に覆われていた。あの強襲から少なくとも12時間が経った。疲労も限界だった。……それは、プトレイ将軍も同じだろう。
不気味な空の下、わたしたちは1万近いボロボロの軍勢を引き連れて、山を進む。昨日、この時間、わたしたちは勝利を確信していた。それが……
しばらく狭い山道を歩いていると、不意に前方から一隊が現れる。黒いレザースーツを着た集団。……最悪だ。連合軍のクローン兵たちだ。しかも、よく見ると、山道の左右にもチラホラとクローン兵がいる。この調子だと囲まれていそうだな。
前方の一隊からレザースーツに白いマントを纏ったクローン・コマンダーがスピーダー・バイクに乗ってやってくる。
「君がスロイディアか。私はコマンダー・ライカ。バトル=オーディン将軍の部下だ。後ろの部隊はコマンダー・レスのクローン部隊」
わたしは周りや、コマンダー・ライカの背後を見る。クローン兵は3000人程度。数だけならこっちが多いが、この傷ついた部隊だ。ほぼ互角だろう。
「君たちに伝える事がある」
「伝えること?」
コマンダー・ライカはそっと薄いパネルを取りだす。携帯端末型のホログラム装置だ。ナノテクノミアが最近開発した製品……
青色をした大きな立体映像が空中に映し出される。そこに映っていたのはキャスティクス海岸で戦うプトレイ将軍だった。
[プトレイ将軍! もう限界です!]
[ぐぁッ!]
[むぅっ……!]
プトレイ将軍たちは外で戦っていた。辺りには壊れた飛空艇が山のようになっていた。そして、おびただしい死体。無数の銃弾。次々と倒れていく兵士たち。
その内、連合軍の戦車が進んでくる。指揮を執っているのは将軍ではなかった。中将のグレートだった。グレートだけではない。ログリム中将とフリゲート中将まで。
[九騎が4人……! これまでか]
[将軍! 諦めないでください!]
[そりゃ無理だなぁ……]
[しょ、しょぐ、うぐっ!]
突然、その兵士が斬り倒される。出て来たのは大きな鋸のような剣を持った男。リーグ中将だった。更にバトル=オーディンまで姿を現す。
[おーおー、つまんねぇな。やっぱ男じゃつまんねぇわ]
[そう言うな、リーグ。将軍をブッ殺せるというのは名誉なことだぞ、ふははは!]
[そうですかい]
そう言うと、リーグはプトレイ将軍に斬りかかる。しばらく槍と剣の激しい戦いが続いていたが、やがて槍が叩き落される。プトレイ将軍も疲労が溜まっていたのだろう。圧倒的に不利だった。
[…………ッ!]
[んじゃ、さいなら]
リーグは戦い続けた将軍の首を一瞬で斬る。血が飛び散り、彼の命は消える。この時、プトレイ将軍の周りにいた部下たちは1人も残っていなかった。全員、撃ち殺されていた。
[オーディン将軍、敵の将軍を1人殺したんで、半月後の魔女狩り作戦には加えてくださいよ]
[ん? おお、そうであったな。約束は守ろうではないか!]
映像はそこまでだった。……プトレイ将軍は殺された。リーグとバトル=オーディンに。
「ヴェストンもディフィトスもプトレイも死んだ。後は君たちだけ」
コマンダー・ライカは銀色の短い棒のような物を取りだす。ボタンを押すと、激しい電撃音と共に、電気の刃が現れる。ナノテクノミアが開発した電磁ソードだ。それだけでなく、片手にも同じような剣が握られている。そこからは赤い炎の刃。火炎ソードだ。
「さぁ、覚悟するんだね」
コマンダー・ライカは鋭い目でわたしたちを睨みながら言う。そこには、どこか笑みのようなものまで含まれていた。
このクローン・コマンダーは二刀流の剣士。しかも、最新の魔法ソードを使う。それは、彼女がバトル=オーディンから貰ったものらしい。
「キャプテン・フィルドとその傘下のクローン部隊がいない分、アレイシア制圧は楽に行けると思ったんだがな……」
「ふふ、私と出会っちゃったのが運の尽き」
そう言うと、コマンダー・ライカは2つの魔法ソードを握り、スピーダー・バイクから大きく飛ぶ。空中で舞いながら、命令を下した。
「コマンダー・レス、君とクローン兵はビザンティアを殺せ! 私がスロイディアを殺る!」
「イエッサー!」
その途端、辺りで戦闘が始まる。疲労が溜まり、限界に達していた部下たちも最後の力を振り絞って応戦する。
わたしも剣を引き抜く。最期の戦いと覚悟を決めた。だが、――
「スロイディア将軍、先に突破してください」
「…………!?」
「コマンダー・レスとクローン兵は我らが引きつけます。あなたは首都に戻って」
「だが……!」
「すぐに大陸西部の防衛にかかってください! 必ずや連合軍は大陸西部の制圧を狙うハズです! 最近はナノテクノミアがおかしな動きをしています! 彼らの黒い思惑を阻止してくださいッ!」
そう言うとビザンティア将軍はスピーダー・バイクから飛び降り、わたしのすぐ近くまで迫っていたコマンダー・ライカと剣を交え合わせる。
「……すまないっ……!」
わたしは下唇を噛み締め、スピーダー・バイクを発進させる。空中を飛び、戦いの場に背を向け、走り去る。
今、大陸西部の防衛を行う将軍がいない。攻められたら、大陸西部5州は連合軍の手に落ちるだろう。それは、大陸の半分の支配権を失うことだった。
――そして、わたしは生き延び、ビザンティア将軍はコマンダー・ライカに殺害された。




