第31話 アレも元は人間だったのだがな……
【政府首都グリードシティ 暗黒層】
ピューリタンと再会した私たちは最下層を進み、暗黒層へと入った。
最下層はほとんど光の射さない無法地帯。それでも、街灯や建物の明かりが無数にあり、真っ暗ではない。それに、多くの人が住んでいる。
でも、暗黒層は違った。その名の通り、ほとんど光がない。そして、人もいない。犯罪者や賞金稼ぎすらいない。空気が冷たく、雰囲気が全く違った。もし、あの世という世界があるなら、それはこんな所かも知れないな。
「グリード=グールも一度戦ってみれば、そんなに脅威でもないな」
スロイディア将軍が剣を鞘に収めながら、ぽつりと言う。私もサブマシンガンをしまう。近くにはグリード=グールの死体。全身が硬化し、ゴツゴツとした皮膚の色は藍色。長く鋭い青色の爪。赤い目に鋭い歯。
ここに来てグリード=グールと戦いっぱなしだ。コイツら、どれだけ増えているんだろうか…… もっとも、動きも遅く、大した攻撃もしてこないから倒すのにそんなに苦労もしないケド。
「微力だが、グリード=グールは魔法も使うのか」
グリード=グールを初めて見たのピューリタンが言う。グリード=グールは魔法も使える。とは言っても、衝撃弾といった基本的な技しか使えない。しかも、威力も低い。むしろ、噛み付きや爪での切り裂きの方が強いかも。
「だが、人間がいきなりグールに変貌するハズがない。起きている事態は深刻だ」
そう言い、スロイディア将軍は更に奥のエリアへと歩いて行く。
グールは、伝説によれば、2000年も前の太古の時代に存在した魔物だという。2000年前、世界はサキュバスという淫魔に支配されていた……らしい。サキュバスは人間女性と変わらない姿をした魔物だ。
「スロイディア将軍、前方からグリード=グールが!」
「全部で3体、か。問題ないな。片付けるぞ」
「イエッサー!」
でも、その力は人間女性とは全く違う。人間男性から性交で精を吸い取って、それを魔力に変え、魔法を操る。
そのサキュバスが、世界を支配していた時代がある。それは2000年前の世界。彼女たちはサキュバスの帝国を作り、世界と人間と魔物を支配していた。
「またグールです!」
「ふむ、アレも元は人間だったのだがな……」
2000年前のグールは、サキュバスたちの奴隷だ。特権階級であるサキュバスに逆らった人間たちの末路。上級種のサキュバスたちによって、人間としての心・精神を破壊され、心も意志も持たぬ奴隷モンスターへと変えられた。
「思っていたほど、強くないですね……」
「油断するな、ピューリタン。油断は最大の敵だ」
「す、すいません……!」
今では上級サキュバスなんてほとんどいない。かつての連合軍・七将軍の1人だったピロテースや、3ヶ月前に連合軍の攻撃で滅んだサキュバス王国の女王ディオネぐらいだ。
中級サキュバスは、ピロテースの部下だったセイレーンやイシュタルらがいる(セイレーンとは知り合い。でも、ここ数年彼女の姿を全く見ない。生きているのだろうか?)。
下級サキュバスはまだまだ、たくさんいるらしい。最下層の風俗にでも行くと会えるってウワサを聞いた事がある。
【政府首都グリードシティ 暗黒層 最深部】
「ずいぶん、奥にまで来ましたね……」
「……イヤな空気だな」
暗黒層に入ってから早くも3時間。ようやく私たちは暗黒層に最深部に来た。ちょこちょこと白色の光を放つ街灯があるだけでグリード=グールさえも見ない。
しかも、地面から黒い草が生えている。空気もかび臭く、湿っぽい。ここが首都グリードシティの最深部らしい。この上に、1万メートル以上も上に私たちの住む元老院議事堂や、軍事総本部があるのか……
「なんか、この辺りの建物……崩れてない?」
「……確かに」
多くの建物が崩れ、瓦礫の山と化している。その上にまた建物。そうやって首都建物群は上層まで積み上げられているのか……
私たちはそんな光景を見ながらも更に奥へと進んでいく。崩れた建物に道を塞がれつつも、狭い隙間や上ったり、降りたりを繰り返しながら進んでいく。
「スロイディア将軍、パトラー…… あれって……?」
ピューリタンが指をさす先には、大きな灰色をしたコンクリート製の円柱がそびえ立っている。アレだけなんだか新しい。他の建物とは明らかに違う。
私たちは駆け足でその円柱へと向かう。円柱には不気味に光る紫色のラインがある。これって機械仕掛けなのか?
「ちょっと待て…… このマークは……!」
スロイディア将軍が眉をひそめながら、円柱の側面に描かれたマークを指差す。ダイヤマークから4本のくの字が突き出たマーク。連合政府の紋章だ。
「連合軍!? どうやって首都に!?」
「そ、そんな……!」
これ、本当に連合軍が置いて行ったモノなのか!? もし、そうならば、連合軍は政府首都に何らかのカタチで入った事になる。
……でも、バトル=オーディンは政府首都への侵略の手掛かりを知りたくて、トワイラルを拷問していた。ということは、機械の親玉は首都への入り方を知らない、ということになる。
「ここまで大きいと持って帰ることは出来ないな」
そう言うと、スロイディア将軍は円柱の左側に取りつけられたコンピューターに近づき、そのコンピューター・パネルに触れる。
「…………。……“Sウィルス”?」
コンピューターを操作していたスロイディア将軍が唐突に言う。Sウィルス? なんだそれ? 初めて聞く名前だ。
「……この機械はSウィルスを生成し、放出する機械のようだ。設置者は連合政府リーダー・メディデント。ナノテクノミア製の機械のようだ」
「ナノテクノミアの!?」
サラマシティ、シンシア支部に配備されていた新型軍用兵器を開発した組織だ。まさか、首都グリードシティでもその名前を聞くことになるなんて……
「ひとまず、生成と放出は停止させた。明日にでも部隊を派遣してこの機械を回収し、調査した方がよさそうだな……」
そう言うとスロイディア将軍はコンピューター・システムの電源を切る。僅かな重苦しい機械音を出していた音も止まる。
単純な作業を終え、私たちは帰路に付いた。でも、まさか首都の最深部にナノテクノミアの機械が置かれているなんて…… もしかすれば、首都は知らない内に危機に立たされているのかも知れない。
「…………」
帰る途中、また何度もグリード=グールに出くわした。グールは弱い。でも、その発生原因は深刻だ。そんな中、私の頭の中で1つの仮説が浮かんでいた。
グリード=グールは、Sウィルスに感染した人間の末路じゃないのか? そして、暗黒層に立ち入り、あの機械に近づいた私たちは大丈夫なのか……?




