第22話 スレイヴ・ドール
――SC 2012年7月(現在より1年4ヶ月前) 【幻想都市ファンタジアシティ 最高司令室】
それは、まだ私が連合軍の将軍だった頃だ。
「クラスタ将軍、スロイディア率いる軍勢は敗走しました」
「ホープ州東部を制圧」
「前軍はグリード州にまで進出しました」
当時の連合政府は電光石火の勢いで勢力を拡大していた。既に大陸南部と北西部は連合の勢力下にあり、国際政府の滅亡は時間の問題だった。
しかし、そんな順調に見えた私の兵団にも問題があった。それが、――
「グリード州中部に広がるオネイロス地方への攻撃は、私の部隊にどうか命じてください」
私の前に跪くのはコマンダー・ヒュノプス。今や連合政府七将軍で、キャプテン・フィルドと呼ばれるクローンだ。
「私のクローン部隊ならオネイロス地方の北部にあるオネイロスシティを陥落させてみせます」
オネイロスシティは大きな街だった。人口200万近い大規模な街。グリード州に州都は当然グリードシティだが、その街がなかったら、オネイロスシティは間違いなく州都候補になっていた。
そのオネイロスシティを占領すれば、首都グリードシティの首に手をかけたも同然。すなわち、首都攻略は確実となる。
だが、政府軍は大軍でその街を守っていた。彼らも分かっていた。ここを失えば、自分たちはもう終わりだと。
「オネイロスシティにはレイズ、クォット、バシメア、クリスト、クディラス、ホーガムの兵団が待ち構えている。兵力は160万。今までにない数だぞ?」
「クラスタ将軍は軍用兵器の全軍を率いて都市の南に広がるオネイロス平原で決戦を。その間に私がクローン全軍を率いて奇襲します」
ヒュノプスとその部隊ならやれただろう。私が政府軍を相手にしている間に、手薄となったオネイロスシティを奪えただろう。だが、――
「いえ、お待ちください、クラスタ将軍」
「……コマンダー・ウォールか」
「コマンダー・ヒュノプスにオネイロスシティが本当に奪えると思っていますか?」
「なに!?」
「彼女の指揮能力を一度試したほうがよろしいかと思われます。……ちょうど、クォットの一団がオネイロス平原西部に出てきています。これを追い払うことが出来たら、その任務に命じてはいかがですか?」
「…………!」
結局、私はコマンダー・ヒュノプスとコマンダー・ウォールにクォットとその兵団を討つように命令し、出撃させた。――それが、悲劇だった。
コマンダー・ヒュノプス率いる部隊はクォットの兵団に敗北した。だが、その敗北の原因は定かではない。定かではないが、推測はついている。
裏切りだ。情報が漏れていた。そのせいで、コマンダー・ヒュノプスは敗北。後方支援のコマンダー・ウォールはなぜか敗北前に軍艦を撤収させた。そのせいで、コマンダー・ヒュノプス率いる部隊は激しい追撃を喰らい、結果として多くのクローン兵が死亡した。ヒュノプス自身も右腕を骨折した。誰が漏らしたかは、検討がすぐについた。
「クラスタ将軍、分からないのですか……? 私の部隊の子が死んだ原因を…… 原因となった情報流出の犯人を……」
「…………」
コマンダー・ウォールがしたことはすぐに分かった。だが、決定的な証拠を見つけることが出来なかった。それをいいことに、彼女は無実を訴えた。
元々、連合軍内でクローンの地位は低かった。命は軽んじられ、バトル=アルファと同じ扱いだった。それもあり、ほとんどの将官が真摯にこの問題に取り合わなかった。
「クラスタ将軍っ! あの女を、ウォールを処刑してください! これは、これは裏切りだ! 私を信じ、従ってきた子を、アイツは政府軍に殺させたんですっ!」
「……分かってる。分かってる……」
だが、私に出来たことは、コマンダー・ウォールを僻地の警備隊に左遷させることだけだった。処刑することは出来なかった。
その数日後、私はオネイロス南部平原から再びファンタジアシティに戻ることになる。コマンダー・ヒュノプスは反対した。
「クラスタ将軍、戻るべきではありません。ファンタジアの防衛は万全です。将軍が戻れば、ここにいるあなたの兵団は誰が指揮するのですか?」
「大丈夫さ。すぐに戻る。フラフラとファンタジアを攻めようとする政府軍の将軍4人を討つだけだ」
私は、私の故郷を空爆した政府将軍たちの首が欲しかった。少ない兵でファンタジアに攻め込もうとする政府軍の将軍をこの手で殺したかった。
私は判断を誤った。戦いの直前、ファンタジアの軍勢を近くにいたバトル=オーディンに回した。彼の見返りを期待した。彼の支援があれば、オネイロスシティ攻撃が楽になると思った。
だが、その隙をついて政府軍はファンタジアに攻め込んだ。私は、敗北した。しかも、その直後、バトル=オーディンを始め、連合政府には切り捨てられた。
[ハッハッハッ! まだ気がつかないのか? バカ女]
「……は?」
[もう、お前の“利用価値”など、ないのだ]
「は、は……? なに言ってんだ、オーディン……?」
連合政府の裏切り。私の失脚―― 私は連合政府の都合よく動く奴隷人形でしかなかった。
[お前のIDは全て抹消した。もう、連合軍はお前のいう事を聞かない。将校や幹部らにも“クラスタは裏切った”と伝え――]
「は、ははッ…… 私は、私はッ……!」
すでにオネイロスの本隊に私の副官だったヒュノプスはいない。骨折と私の対応を不満に思った彼女はアレイシア支部へと引き上げていた。私は全てを失い、そのまま逃走した。
後から聞いた話では、政府軍の10倍以上の兵力を誇っていた私の本隊は、私の失脚数日後に総崩れとなり、敗走した。指揮官が誰もいなかったからだ。
もし、私があの日、コマンダー・ウォールの策を取り入れていなかったら、オネイロスシティは陥落し、国際政府は滅んでいたのだろうか……?
※クラスタ失脚の詳細シーンは、拙作『私の可愛い奴隷』の第22話「スレイヴ・ドール」にあります。
余談ですが、「夢Ⅳ」の第22話もクラスタ失脚のお話。「奴隷」の第22話もクラスタ失脚のお話。タイトルも両方ともサブタイは「スレイヴ・ドール」。いえ、ただの余談ですw 軽く流してくださいww




