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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

フーガオブアンデッド

掲載日:2026/10/26

 最初はただの感染症だと思っていた。どうやらパンデミックらしいと分かったのは、自分の体が腐りだしてからだった。

 部屋にこもって体調の回復を願っていたが、もうどうにもならなかった。


 感染前ほどではないが、体は動く。食欲はさほどなく、自宅にある食材が尽きても危機感は抱かなかった。なので、食材の買い出しをしようという意識はなかった。だが、外に出てみたかった。


 テレビをつければ、私と同じ症状を抱えた人が町中を歩いている様子が映る。報道のされ方を見ると、患者という扱いではなく唐突に表れた化け物という印象を受けた。


 いや、気持ちはわかるけど……


 鏡に映る自分が日に日にゾンビもの映画のゾンビのような見た目になっていく。私はこのまま治療の手立てもなく死ぬんだろうか。



 死ぬ前にきれいな景色が見たいな。との思いが強くなっていく。思いはどんどん募り、私は我慢ができなくなって、外に出ることにした。



 人に見つかれば隠れなければいけないと思っていたが、向こうが悲鳴を上げながら逃げて行った。

 明日は我が身だぞ、とそれを見て思う。私だって、感染したくてしたわけではない。どこで何きっかけで感染したのか、私だってわかっていないのだ。空気感染だった場合、防ぐ手段などないのではないか。



 駅に着くまでの間、普通の人をたまに見かけつつ通行人のほとんどは私と似たような見た目になっていた。

 どの人も服が汚れているのが気にかかる。体から出る浸出液が止まらないので、どうしてもそうなるのだ。

 私だってできればきれいな姿のまま過ごしたい。だが、それは無理なのだ。


 服の汚れどころか、完全に擦り切れぼろ布をまとったようになっている人も見かける。

 家に帰れないのだろうか。私たちは未感染の人々から化け物扱いを受けている。そうして、迫害される内、家に帰る手段をなくし、街をさまようしかなくなったのだろうか。縄張り争いに敗れた雄猫みたいな状況だ。

 家を出てしまった私も、もしかしてそうなるのかもしれない。



 駅に着いた。普通の駅員は見かけたが、鍵のかかる場所で立てこもっているようだ。改札横の窓口で普段は空いている窓が完全に閉じられている。そこからこちらを覗いてくる普通の駅員の姿は檻に入れられた動物のようにも見えた。

 改札の内側、普通に立っている駅員がいる。彼は私たちと同じ感染者だった。感染しているにもかかわらず、まじめに働いているようだ。

 お疲れ様です。そう思って会釈をすると、相手からも礼が返ってくる。お互い言葉はない。私たちの舌はすでに腐り落ちてなくなっているのだ。口からはうめき声しか出せない。


 電車に乗ると、動いた。何人かの感染者を乗せて、電車が走る。車窓からの何気ない景色に思わず涙腺が緩んだ。




 たどり着いたのは、きれいな海辺の観光地だ。かつて訪れたことのある場所である。海は変わらず美しかったが……


 私たちの存在が景色を汚してしまっている。私はなんだか悲しくなってしまった。


 入水自殺でもしたかったのか、海の中でうごめいている人がいる。

 崖の所から投身自殺を図ろうと飛び込んだ人がいたが、ぷかぷかと浮いて目の前まで流れてきていた。

 岸壁に身を打ち付けている人がいる。体は壊れていっているが、一向に倒れる気配はない。



 せっかく景色を見に来たのに。


 うつむいて足元を見れば、かつて世界が健全だったころの名残、誰かが彫り込んだ名前がそのまま残っている。この文字が消えるには風化を待たなければならない。誰かの黒歴史は消されずに残り続けていた。



 いのちの電話ボックスがある。ここは心中したカップルの伝説があるのだという。なのに、カップル向けに南京錠を飾り付けるオブジェが置いてある。

 電話したところでなあ。思っていると、感染者のカップルが目の前で唐突に熱いキスをしだした。

 世界が壊れているのだから、恥じらいも何もないのだろう。

 じろじろ見るのも気まずいので、目を外した。その一瞬で、別の展開が始まっていた。

 熱いキスと抱擁からの、食事。


 ?


 男と女が互いの体にかぶりついている。愛撫などではない。本当に口に含んで咀嚼していっている。

 怖さを感じるよりも、何故という疑問の方が強かった。


 逸らしていた目は再びカップルに引き付けられていた。互いに食い合っていた二人の内、一人が次第に動かなくなった。

 動かなくなった一人を見て、もう一人が慟哭している。



 死が二人を別つまで?



 終わりを得たいがために。あるいは終わりを与えたいがために。二人はこの選択肢をとったのだ。



 再び電車に乗って、元居た町に戻る。そこでは騒ぎが起こっていた。

 未感染の人々が奇声を上げながら感染者の人々をバーナーで焼いていっている。

 恐ろしい。人のやることではない。だが、彼らにしてみたら私たちはすでに人ではないのだ。

 焼け焦げた腐った肉の臭いは本当に不快だ。そこらに焼かれた人々が転がっている。

 バーナーがこちらを向いている。私は速く走れないながらも、逃げを選択する。


 動きを止めようとしてか、バールのようなものを構えている人もいた。私は、そのバールを持った人物に追いつかれた。

 バールのようなものが振り下ろされるのがスローモーションのようにゆっくりと見えた。

 食らったのはわかったが、痛みは感じなかった。私の体から、体液が飛び散る。その体液が、向き合っている相手にかかった。



 地獄へようこそ。



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