夢の諦め方
小説家になりたかった。
初めて小説を書き始めてから早15年。
オレも気づけばアラサーからアラフォーになろうとしている。自他共に認めるおっさんである。
地元の無名大学を出て、地元の無名企業に就職。仕事終わりや休みの日を使って創作活動に打ち込んできた。
が、打率は未だにゼロ。
新作を書いては公募に出し続けるも一次選考すらまともに通らない。
ウェブ小説ならいけるのでは? と意気込んで投稿したこともあるがPVは安定の一桁。
まあオレの小説なんて自己満の塊みたいなもんだし、当たり前っちゃ当たり前かー。
この前返ってきた評価シートにもそんなようなことが書いてあったような気がする。
昔は講評を食い入るように見ていたけど、最近はもうそれすらしなくなった。
似たようなダメ出しコメントしか書いてないから、「またか」と流し読みするようになっていた。まあ改善できてないオレが悪いんだけど。
ちょっとだけ、疲れた。
他にすることもないけど、ちょうど今はプロットも底をつきてきたし、少しだけ休んでもいいかな。
◇
変な夢を見た。オレはいつの間にか眠っていたらしい。
寝間着姿の痩せこけた白髪の老人がオレを見つめている。
誰やねんコイツ。どうせ夢ならもっと若い女が出てこいや。
老人はしわしわの口元を弛めて、ゆっくりとした口調で尋ねてきた。
「いつまで続けるつもりかい?」
何をとは言わなかったが、聞き返さなくても何が言いたいのかわかった。
「わかってますよ。自分に才能がないことくらい」
老人は何も言わずに小さく頷く。
才能がないということを肯定されても、不思議とまったく怒りは沸いてこなかった。
「でも、やめる方法がわからないんです」
だってオレには小説しかないのよ。
他に特にやりたいこともないし、彼女もいないし。
仕事だって生活のために渋々やっているだけで、興味もやりがいも欠片もない。
それどころか仕事を丸投げしてくる無能上司にこき使われる毎日に心底うんざりしている。
「小説をやめちゃったら、これから何のために生きていくのかわからなくなりそうで、怖いんすよ」
オレが胸の内を明かすと老人は穏やかな微笑みを浮かべて、次の瞬間、すうっと消えていった。
はあ!? ちょ、待てよ!
思わずキ〇タクみたいなツッコミがでる。
せっかくこんなに話したんだから、せめて何か言えし!
あーあ、なんか話して損したな。つーかマジで誰だったんだよアイツ。
呆れて溜め息を吐いたところで、オレは目を覚ました。
◇
オレは結婚した。
自分でもなぜかはわからないが、気がつけばマッチングアプリに登録していた。
小説の新しいネタになればいいなくらいの軽い気持ちで臨んだ婚活だったが、意外にもすぐに同じ地元の同い年の女性と出会うことができた。
美人でも不細工でもない普通の人だが、一緒にいると居心地はわりとよくて、「お互いにいい歳だから」という理由でトントン拍子に結婚が進んだ。
彼女には小説を書いていることを言わなかった。隠すつもりはなかったけど、良くも悪くも互いに干渉し過ぎない関係性だったので、とりわけ自分からは言わなかった。
そのため結婚しても生活はあまり変わらず、平日の夜や休日はいつも通り小説を書いた。
結婚して心境が変われば何か新しいものが書けるかもと期待していたが、相変わらず執筆はさっぱり捗らなかった。
◇
オレは管理職になった。
いつの間にか無能上司は定年退職を迎えていたらしく、代わりにオレがそのポジションを引き継ぐことになった。
今より忙しくなるのは嫌ですと会社に言ったが、有無を言わさず強制的に管理職にさせられた。
相変わらず社員を大事にしない会社だ。
無能上司が最終出社の日、オレは一応最後だからと「今までお世話になりました」と言いに行った。
本音では微塵も思っていなかったが、まあオレも少しは大人になったっちゅーことだ。
無能上司は何も言わずに固まった後、ボソボソとした声で何かを言ってきた。たぶんありがと的なことを言っていたような気がする。
翌日からオレには部下ができた。しかも10人。いきなり多すぎだろ。
自然と「これ、どうすればいいっすか?」と聞かれることも増えた。
ちょっとは自分で考えろよと思いつつも、一応上司らしくそれっぽいことを答えておく。ここはあーして、こーしてっと。
「はい、わかりました」
おいおい、教えてやったんだから礼くらい言えし。ま、別にいいけど。
だけどそんな文句を言う暇もないくらい仕事は忙しくなっていった。
次から次に問い合わせがくる。
気がつけば今まで自分がやっていた作業をする時間はほとんどなくなっていた。
当然残業時間も増えていき、家に帰るのも遅くなった。
帰宅してからもずっと頭が疲れていて、なかなか小説を書く気になれない。
これじゃダメだと思いつつも、どうしてもベッドに寝転んでショート動画アプリを開いてしまう。
オレはいつになったら小説家になれるのだろう。
◇
オレは親父になった。
結婚生活3年目にして子どもが生まれた。男の子だった。
息子は一日中泣いているように思える。
妻が育休をとってくれたが、当然オレも育児をすることになった。
ミルクをやって、オムツを替えて、寝かしつけて。
言うことを聞いてくれない相手と向き合うのはハンパなくしんどかった。
これなら職場で部下と仕事の話をしているほうが遥かにマシだ。
心身ともに削られる思いをしながら、仕事と育児の両立に追われる日々が過ぎていった。
執筆をする時間なんて、もうほとんどなかった。
◇
ある日のこと。
仕事が一段落したオレはコーヒーでも飲もうと会社の給湯室に向かった。
するとそこには先客がいたようで、なにやらコソコソと話し声が聞こえてきた。
「それにしてもあの人さ、ホントなんもできないよなー」
「ホントホント。全部部下に丸投げしてるだけで自分じゃなんもやんねーもん。マジ無能だわ」
オレの部下たちだった。
話の内容的にオレの悪口を言っているのは明らかだ。
オレは給湯室の入口の影に身を潜めながら、中の会話に耳を傾ける。
「質問しに行っても適当なことばっか言ってくるしな」
「無能な上司を持つと苦労するよな」
マジかー。まさか自分が下からこんなに馬鹿にされているとは。自分ではそこそこ頑張っているつもりだったんだけど。
でも、驚きこそあれど、不思議とそこまで怒りは感じなかった。
代わりに頭に浮かんだのは、かつてオレが無能と呼んでいた上司の姿だった。
なるほどね。何となく今なら当時のアンタの苦労もわかる気がするよ。
心の中でオレは「お疲れ様でした」と小さくつぶやいた。
オレは無能上司になった。
◇
がん患者になった。
一人息子もようやく成人し、定年退職まであと数年となった頃のこと。
最近やけに食欲がないと思っていたが、歳のせいかなとあまり気にしていなかった。
だけどある日家で突然吐血してしまい、これはさすがにマズいと病院に駆け込んだ。
検査の結果は胃がんだった。しかも既にかなり進行しているらしく、手術は難しいと言われた。
医者にはもって一年とはっきり言われた。
慣れた様子で淡々と今後のことを説明する医者の口調には同情はなく、それが逆にありがたかった。
突然余命宣告をされてしまった私はこれまでの人生でやり残したことを整理してみた。
そういえばもう何十年も小説を書いてない。せっかくだし最後にもう一度何か書いてみようか。
そんなことを思っていたら、妻がいきなり家族3人で旅行に行こうと言い出した。
だから私は言われるがままに旅行に行くことにした。
妻が予約してくれたのは近場のこじんまりとした温泉旅館だった。
これから治療費もかかりそうだし、自分が死んだ後の家族の生活費もあるから贅沢はできない。
旅館に着いてからも、相変わらず食欲はまったくなかったから食事はほとんど残してしまった。
だけど久しぶりに入った温泉は気持ちよかった。
息子と二人でそこそこでかい風呂に身を沈める。
息子が大きくなってからは家での会話は多くはなかったので、このときも二人で静かに湯に浸かった。
思わず「いい湯だな」とつぶやくと隣から「おっさんみたい」と言われた。
「おっさんなんだよ」と返したら「あ、そっか」と笑われた。
最高にいい気分だった。
◇
私は無職になった。
定年まであと少しだったが、治療に専念するために少し早めに退職することにした。
多くはないが退職金を受け取り、家族の生活費に充てたかった。
最終出社の日、長年通いつめたオフィスを出ようとしたところで後ろから声をかけられた。
振り替えると、かつて給湯室で私の陰口を言っていた部下が頭を下げていた。
「今までお世話になりました」
何も言えなかった。
気を抜くと年甲斐もなく泣いてしまいそうで、ぐっと涙をこらえた。
迷惑かけてすまなかったとか、後は任せたとか、色んな言葉が頭に浮かんだが、うまく伝えられる気がまったくしなかったので「ありがとう」とまとめた。
私の声が小さかったのか、部下はあまり聞き取れていないようだった。
◇
私は入院患者になった。
どうやらもうすぐ終わりが近づいているらしい。
まともに食事もしていないし、ずっとベッドに横になっているせいで、体もかなり痩せてしまった。
今ではトイレに歩くのがやっとなくらいだ。まあ、自分で歩けるだけでもありがたいか。
トイレで用を足して洗面台で手を洗う。
ふと、鏡に映った人物を見る。
あれ? なんかこの人、どこかで見たことがあるような気が。
その場で数秒間考えてみる。
ああ。そうか、思い出したぞ。
私は一人でにんまりと口の端を持ち上げた。
あの日、突然夢の中に現れた寝間着姿の痩せこけた白髪の老人は私だったんだ。
◇
私は病院のベッドに横になりながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
今日は春の日差しがポカポカと暖かく、とても気持ちがいい。
「何を笑ってるの」
ベッドの脇の椅子に座っていた妻が声をかけてくる。
出会った頃と比べたら妻も随分と歳をとったが、彼女は今でも美しい。
「あのね、実は私は小説家になりたかったんだ」
「ええ、知ってたわよ」
「え? 知ってたの?」
「だって昔ずっとコソコソと書いてたじゃない」
なーんだ。やっぱりバレてたのか。
妻には隠し事なんてできないんだなと、私は静かに笑った。
「どんな小説を書くつもり?」
妻の問いに、そうだなあとつぶやきながら、これまでのことを振り返ってみる。
結婚したら自分の中で何かが変わると思っていたが、案外あまり変わらなかったこと。
上司のことを無能だと思っていたら、いつの間にか自分も無能だと言われるようになっていたこと。
家族で行った最後の温泉旅行がとても楽しかったこと。
何だが今であれば、最高に面白い小説が書けるような気がした。
よし決めた。向こうに行ったら、今度こそ小説を書くことにしよう。
だけどそれは誰かのためのものではなく、私だけのための物語でいい。
タイトルはどうしようか。冒頭はどこから始めようか。
どこかで主人公が大切な人と風呂に入るシーンをいれたいな。
私は穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。
ついに私は、小説家になった。
読んでいただきありがとうございます!
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