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地獄に堕ちた公爵令嬢〜裏切りと婚約破棄の復讐につき、あなたを殺します〜  作者: 久方久米


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第18話『幼き日のマリア』


 ──マリアと初めて出会った。


 当時の私は知らなかった。


 マリアは国王の娘だったらしい。


 貴族たちの公共の場。


 クロワトス庭園である。


 色とりどりの花が鮮やかに咲き誇る。


 池なんかもあり、自然に恵まれた場所だ。


 酷い失敗をした時なんかは重宝する。


 心を落ち着かせるためによく来ていた。


 その日はたしか……。


 ダンスで男の子の足を踏んでしまったんだっけかな。


 とても恥ずかしい失敗だった。


 貴族であるのならこれぐらい出来て当たり前のこと。


 一人でしゃがみ込んで泣いていた。


 なんだか出会った頃のルミナスを思い出す。


 あんな感じで泣いてたっけな。


 自分の不甲斐なさにただ涙していた。


 そんな時──。


 「どうして泣いているの?」


 それは、幼き日のマリアだった。


 金髪で癖毛が目立つ。


 だけどとても可愛いらしい。


 私では比べようもない。


 お人形のような女の子だった。


 「ダンスで失敗してしまって……」


 「そんなの女をリードしない男が悪いのよ」


 戯けて笑っていた。


 そんな励ましを受けたのは初めてだ。


 その一言で私も無性に可笑しくなった。


 ──他責でもいいじゃない。


 ──貴女は貴女なんだから。


 なんだか救われた気がしたんだ。


 友達のいない私にとって、不思議な出会いとなる。


 「文句があるのなら股間を蹴り上げればいい」


 「そんな乱暴……したことあるの?」


 「そんなことしたらお父様に怒られるわ!」


 こんな冗談まじりの会話からだった。


 月に数回程度。


 クロワトス庭園でマリアを見かけるようになった。


 その度にマリアは私を見つけて話しかける。


 お父様が厳しいだの。


 レッスンが大変だの。


 気になる男の子がいるだの。


 そんな途方もない会話をするだけ。


 最近になって、毎日と言っていい。


 マリアが庭園に遊びに来るようになった。


 「アリスといると落ち着くのよね」


 「私もよマリア」


 半年以上も経ってしまった。


 私たちは幼馴染であり、親友になっていたんだ。


 それから、何をするにしても一緒だった。


 学校だってマリアはわざわざ私に合わせてくる。


 マリアほどの天才ならもっと良い学校に行けるのに。


 それほどまでに、マリアは才能に溢れる女の子だった。


 ──魔法も一流。

 

 ──学校の試験では常にトップ。


 ──そして、剣術も上手かった。


 何でも出来て、それでいて学校一の美人。


 男の子に相当モテていた。


 告白をされても振っていたらしいけど……。


 マリアは末恐ろしい。


 「あれ公爵の息子でしょ。振って良かったの?」


 「いいのよ別に。アリスがいればそれで……」


 どれだけ私のことが好きなんだ。


 どこにでも居る貴族の娘なのに。


 男嫌いって訳でもない。


 学校に上がってからだ。


 いつしか、態度が冷徹になった。


 私の悪口を言う男子がいたら、頬を叩きにいく。


 そのくらい、凶暴さが増していた。


 私に過保護過ぎるんだよなぁ……。


 たかが悪口。


 誰だって言ってくるさ。


 友達ってこんなのもなのか。


 愛が深い気もする。


 私が男の子に告白された日なんかもう大変だった。


 暴れ狂って、泣きじゃくり……。


 「始末してくるわ。きっと悪い男よ」


 「物騒過ぎないかしら?」


 「なんで肩を持つのよ。まさか……付き合うの!?」


 「そんな訳ないでしょ。相手の心配をしただけ」


 「心配は要らないわ。証拠は残さないから」


 「殺人鬼にでもなるつもり!?」


 どうしてなのでしょうね。


 私はマリアのことが嫉妬するほど羨ましい。


 なのにマリアは私に嫉妬するんだ。


 そんな日常を過ごした学生生活。


 そのまま時が進まなければいい。


 そう思えてしまえるほど毎日が楽しかったんだ。


 卒業を迎えて、その楽しい時間は終わった。


 ──縁談が来た。


 相手は名のある名家の公爵様。


 ガゼル・テイルナー。


 私はこの男と婚約をしなくてはならなくなった。


 今すぐに……なんてことはない。


 テイルナー家が只今、大事業を行なっているらしい。


 終わるのは、二年後の予定。


 それまでは、大々的に式を挙げられないらしい。


 キープのような扱いだ。


 家の都合……と言わればそれまでのこと。


 死んだ親が残していった約束だったらしい。


 好きでもない人との婚約か……。


 貴族同士ではよくあることだけどね。


 この先、上手くやって行けるんだろうか。


 大事な話しだ。


 これまで、困った時は、マリアに相談してきた。


 相談したからって、何がどうなるって訳じゃない。


 そうだとしても──。


 マリアには絶対に言っておかなければならない。


 予定を合わせよう。


 私たちが出会った場所。


 クロワトス庭園で深夜に待ち合わせした。


 「珍しいわね。アリスが相談だなんて」


 「……懐かしいでしょ」


 「そうね。アリスは泣き虫だったから」


 「泣き虫だったからマリアに会えたのよ」


 この庭園に来たのは、五年振りになる。


 私たちはそれなりに成長した。


 あと時と比べれば、マリアは大人の女性。


 美しさにも磨きがかかっている。


 対して私は……。


 子供の頃から何も成長していない。


 たった相談の一つ。


 上手く切り出せないんだ。


 話したいことは、たくさんある。


 言葉が喉元まで出かかっている。


 それなのに、上手く言語化が出来ない。


 怖くなったのか。


 今更、自分の弱さをさらけ出すことに。


 「辛いことがあったのね」


 話しを切り出したのはマリアからだった。


 まだ何も伝えていないのに……。


 私のことは何でもお見通しだ。


 本当に頭が上がらない。


 意を決して、胸の内を告白した。


 「私ね……婚約したの……」


 「──はぁ!?どこのどいつよ!」


 「……テイルナー家のガゼルだよ」


 「──嘘だ……そんな……」


 マリアの声がひっくり返った。


 衝撃的な話しだったし無理もない。


 だけど、流石にもう大人だ。


 暴れ狂ったりなどしないし、殺意を向けることもない。


 ほんのちょっとだけ、慰めてほしかった。


 マリアの側に居たかったんだ。


 そうしたら私も踏ん切りがつく。


 「──なら良かったじゃない」


 期待した言葉とは違った。


 いつもと変わらないマリア。


 それでも、私には分かるんだ。


 ドス黒い感情が透けてみえる。


 明らかに意志を殺しての言葉。


 マリアらしくない。


 今までに感じたことのない強烈な違和感だ。


 「名家の貴族でしょ。簡単に断れるものじゃない」


 「……わがままはダメよね」


 「……帰るわ」


 「──まだもうちょっと!」


 制止は振り払われた。


 マリアは庭園の暗闇に吸い込まれていく。


 痕跡も残さず、その場を去ってしまった。


 それからは、しばらく会っていない。


 子供の頃からの話しはそんなところ。


 これから私は、マリアと殺し合わなくてはならない。


 どうして、私を裏切ったの?


 どうして、狂ってしまったの?


 どうして、壊れてしまったの?


 あんなに優しかったマリアはもういない。


 身分の差で人を悪く言う女ではなかったじゃない。


 あれは、私の思い出の中だけだったの?

 

 最初から演技だったのか。


 数年かけて私を嵌めるタイミングを伺っていたのか。


 何が真実なんだ。


 何が虚構なんだ。


 その答えは、きっと戦いの中でしか分からない。



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