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綻びの鈴が鳴る村で  作者: まなと
鈴隠し編

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7/17

悪夢の残滓

――ドン。


最初の音は、遠くで落雷が転がったようだった。


二度。

三度。

四度。


重なり合い、やがて規則的な律動となって、大地そのものを内側から叩くように響いてくる。


(……これは)


胸の奥が、ざわつく。


(歓喜、なの……?)


視界に焼き付いた、あの光景。


それを、祝っているとでもいうのか。


(わたしの見たものを……)


冷たい汗が、背骨をなぞるように流れ落ちた。


逃げなければ。


一秒でも早く、ここから離れなければ――。


だが、足が動かない。

恐怖だけではない。


身体の奥底から、得体の知れない疼きが込み上げてくる。


欠けた何かを埋めるように。


失った断片を探し求めるように。


まるで、身体そのものが――


戻ろうとしている。


薄い消毒薬の匂いが、みおの意識を現実へ引き戻した。


瞼を開けると、白い天井灯の光が静かに滲む。


ピ、ピ、ピ――


一定の電子音。


生命維持装置の、機械的なリズム。


だが、その奥に。


鈴の音が残っている。


耳の奥で、まだ、鳴っている。


夢の名残なのか。


それとも――続きなのか。


寝返りを打とうとした瞬間、すぐ隣で衣擦れの音がした。


パイプ椅子。


そこに、男がいた。


腕を組んだまま、浅い眠りに落ちている。作業着に似た制服。頬には青髭が浮かび、顔には深い疲労が刻まれていた。 


山口一也巡査。


無防備な眠りだった。

室内履きを脱いだ素足には、乾いた泥がこびりついている。


(どうして、ここに……)


記憶が、ゆっくりと夜へ戻る。


朽ちた研究所跡。

乱れた律の姿。

向かい合い、互いを貫いていた安達修造の両親。


そして――


祝祭のように鳴り響いた、鈴の音。


「――っ!」


声にならない悲鳴が、喉の奥で潰れた。


身体が跳ねる。


布団を蹴る。


呼吸が乱れる。


視界が揺れ、脳の奥で白い火花が弾けた。


「……大丈夫ですか?!篠宮さん?」


山口が飛び起きた。眼鏡をかけ直し、みおを覗き込む。

崩れかけた現実を引き止める。


みおは必死に呼吸を整えた。


ナースコールに手を伸ばす山口を、首を振って止める。


「……だい、じょうぶ……です」


声は乾いていた。


震えがゆっくり収まり、呼吸が戻る。

ポカリを一口飲む。


甘さが、奇妙な安心をもたらした。


「律は……安達さんの、ご両親のこと……藤原さんのこと…全部、知ってるんですよね……?」


山口は答えなかった。

しばらく、みおの目を見つめる。

そこにあったのは、同情ではない。

疲労でもない。


――諦めだった。


深く、沈んだ、重い諦め。

そして、首を振る。


「わからない」


短い言葉だった。


「現場だけじゃ断定できない。鑑識待ちだ。事件の可能性が高い」


一度、言葉を切る。


「……でも、信じたくはないな」


みおの力が抜けた。

視界が歪む。

シーツに涙が落ちる。


「だが、捜査本部は立たない」


山口は窓の方へ歩いた。


「上の判断だ、おかしな話だよな、」


鉛色の空。


「だから――俺は単独で動く」


ポケットから古いボールペンを取り出す。


「俺は派遣の下っ端だ。逆らえない。けどな」


振り返る。


「何もしなければ、誰も救われないだろ」


怒りではなかった。

祈りに近い、静かな決意だった。


山口は上着を取り、病室を出ていった。

扉が閉まる。


静寂。


足音が遠ざかる。


そして。

その音に重なるように――

窓の外で、


リン……

ゴォン……


鈴が鳴った。

澄んでいるのに、重い。

優しいのに、冷たい。

それはまるで、

彼女の心臓に、

新しい楔を打ち込むように、

静かに、

確実に、

鳴り続けていた。

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