招きの鈴
足跡ひとつない枯葉の絨毯が、みおの足元を静かに沈めていく。
月は厚い雲に覆われ、光はどこにもない。
世界は、墨を流したように暗かった。
その闇の奥に、ぽつりと、橙色の光が揺れている。
蝋燭の炎ほどの、頼りない灯り。
そこは、猟師でさえ踏み込まない禁足地の最深部だった。
朽ちたコンクリート。
剥がれ落ちた看板。
錆びて折れ曲がった金属管。
かつての研究所跡は、まるで墓標のように、闇の中に立ち尽くしている。
みおの胸に、古い記憶がよみがえった。
――あの日。
六歳の夏。
熱に浮かされた昼下がり。
鈴の音に導かれ、瓦礫の隙間で見つけた。
透き通る、宝石のような破片。
『きれいなものを見つけた』
……だが。
その後の記憶が、ない。
『わたし……あの欠片、どこに隠したんだろう……』
思い出そうとするたび、頭の奥でざり、と嫌な音がする。
触れてはいけない場所を、無理やり掘り返しているような感覚だった。
時間が、傾いていた。
いつの間にか、風が冷たくなっている。
木々のざわめきが深く、重い。
闇が濃くなったのではない。
闇そのものが、押し寄せてきていた。
『リン……ゴ、ン……』
鈴の音。
この一年、何度も聞いた音。
それでも、慣れたことは一度もない。
――近い。
はっきりと距離がわかるほど、近かった。
みおは反射的に踵を返した。
帰れる。
道は覚えている。
枝を払い、岩を越え、一歩、また一歩と進む。
だが。
下草が、不自然なほど濃い。
視界が、塞がれていく。
(……こんなに、深かったっけ)
そのとき。
視界の端に、かすかな光が揺れた。
(あそこ……!)
胸に、安堵が走る。
脚が、勝手に動いた。
人里とは逆方向だと、理解していた。
それでも、光は希望だった。
まるで、迷った魂が漂っているような光。
みおは、その光に導かれるように、崖の縁へ踏み出した。
次の瞬間。
足元が消えた。
「っ――!」
身体が宙に浮く。
土。
草。
石。
斜面が崩れ、みおの体を巻き込みながら落ちていく。
肺から空気が抜けた。
骨が軋む。
――静寂。
残ったのは、荒い呼吸と、心臓の音だけだった。
ゆっくり、目を開く。
闇の中に、色があった。
黒ではない。
紫がかった、不吉な靄。
その向こうに――
人影。
二つ。
安達修造の、両親だった。
互いに向き合い、折れ重なるように倒れている。
父の腕は、母の胸へ。
母の手は、父の顔へ。
何かを掴もうとしたまま、止まっていた。
争いか。
あるいは――
助けを求めたのか。
だが、現場は奇妙なほど静かだった。
血も。
凶器も。
壊れた跡もない。
ただ、動きだけが途中で切り取られたように、残っている。
みおは息を殺し、一歩下がろうとした。
そのとき。
視線が、別の一点に引き寄せられた。
木の根元。
湿った腐葉土の上に、仰向けの少年。
白いワイシャツ。
細い手首。
短く刈られた髪。
――律。
『律……』
声は、喉の奥で砕けた。
動いていない。
意識も、ない。
顔を、見てはいけない。
本能が、叫んでいた。
もしそこにあるのが、
もう人の表情ではなかったら――
そのとき。
耳元で、音がした。
すぐ、後ろで。
『リン、ゴン……ゴン……ゴン……』
振り返る前に、みおは気づいた。
鈴の音は。
もう、山の奥からではない。
――すぐ、背後から鳴っている。
闇が、息をした。




