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綻びの鈴が鳴る村で  作者: まなと
鈴隠し編

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5/17

血鈴の鳴る頃に

薄曇りの午前十一時。


みおは肩にかけた学生カバンを抱え直しながら、畦道の水溜まりを避けて歩いていた。


朝のホームルームで聞いた言葉が、頭から離れない。


――警察が来ている。


山で遺体発見。


農家の次男。


事件か、事故か。


村の噂は、風より早く広がる。


視線の先、田んぼの畔に人影があった。

中年の農夫と、作業着姿の男が向き合っている。


男の胸元に、小さな金色の光が見えた。


警察バッジ。


「……すみません。今朝のお話を、もう一度お願いできますか」


男――山口と名乗った巡査は、ノートを左手に持ち、短く鉛筆を走らせている。


背は高く、姿勢はまっすぐだった。額に、細かな汗がにじんでいる。


農夫は鍬を地面に突き立てたまま、泥だらけの軍手を見つめていた。


「わしゃ、知らん……婆さんの言うた通りかもしれんが」


山口は小さく息を吐き、ノートを閉じた。

その横顔に、わずかな疲れが浮かぶ。


ふと、こちらに気づく。


目尻に皺を寄せた、柔らかな笑み。


――けれど、どこか、作られたような笑顔だった。


「こんにちは。学生さんですね」


「……は、はい」


みおは思わず視線を落とす。

濡れたアスファルトに、靴先の泥が淡くにじんだ。


「山口といいます。警察の者です」


丁寧に頭を下げ、バッジを軽く示す。


「あの……死んだ人って、本当なんですか」


言ってから、しまったと思った。

山口は一拍置き、静かに答えた。


「ええ。村はずれの農家の方です。今朝、山の中腹で見つかりました」


少しだけ言葉を選ぶ。


「詳しいことは、これから調べる段階ですが……少し、気になる状況でした」


それ以上は、言わなかった。

沈黙が、重く落ちる。


「念のため、お名前を伺っても?」


「……篠宮、みお、です」


「ありがとうございます」


ノートの端に、さらさらと文字が書き込まれる。


「ありがとうございました」


軽く頭を下げ、胸元から携帯電話を取り出す。

画面に通知が灯る。


その瞬間、山口の表情から、笑みが消えた。



二日後。

村の空気が、どこか重くなっていた。

午後の雨でぬかるんだ道には、大型車の轍がいくつも残っている。


そのすべてが、山の方角から続いていた。

みおは傘を閉じ、坂を登る。

安達家の塀が見えた。


門は閉ざされ、郵便受けにはチラシが溢れている。

生活の気配が、ない。


――鈴は、神様のお使いなんだよ。


昔、修造の祖母がそう言っていたのを思い出す。

その祖母も、もういない。


振り返ると、藤原医院のシャッターも下りていた。

ガラス越しの室内は、妙に散らかっている。

まるで、途中で――誰かがいなくなったように。


(律……)


スマートフォンの画面を見る。


小野原律。


着信履歴だけが増えていく。


二日間、連絡がつかない。


みおは胸元のペンダントを握った。

そのとき。


リン……


遠くで、鈴が鳴った。

湿った土の匂いが濃くなる。

気づけば、山の入口まで来ていた。


そこに、山口が立っていた。


「……山に入るのか?」


声は低く、鋭い。


「……少しだけ。知り合いと連絡がつかなくて、

捜してるんです。」


山口はじっと見つめる。


疲れの影が、目の奥に落ちている。


「今日はやめたほうがいい。この数日間で、何度も捜索が入ってる。山は今――」


その言葉を、音が遮った。

チリン。

チリン。

チリン――


林の奥から、一斉に鳴る鈴。

祝福のように。


それとも――呼び寄せるように。


みおの指先が、ペンダントの中の赤い結晶に触れた。

同時に、山の霧がゆっくりと流れ、

道を、開く。


「……戻ってこられるか?」


山口の声が、かすれる。


「はい」


みおは頷く。


けれど、その足はもう、山へと踏み出していた。

鈴の音が、足元にまとわりつく。

山は静かに、彼女を受け入れる。


もう、誰も――止められない。

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