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綻びの鈴が鳴る村で  作者: まなと
鈴隠し編

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4/4

朝焼けは鈴色に

その日の朝焼けは、妙に赤かった。


燃えている、というより——

にじんでいる。


篠宮みおは布団の中で目を開けたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。


いつもより早く目が覚めた理由は、はっきりしている。


昨夜からずっと、耳の奥で鳴っている。


鈴の音だ。


軽くて、澄んでいて、本来なら心地よいはずの音。


なのに、それはどこか湿っていて、重くて、まるで——誰かが、泣いているように聞こえた。


時計は六時半を指している。

まだ寝直せる時間だった。

けれど、もう眠れない。


体が、重い。

空気が、まとわりつく。

足先に絡みつく朝の湿気が、妙に生ぬるい。


制服に袖を通しながら、みおは窓の外を見た。

山が、霞んでいる。

朝靄の向こうに溶けた稜線は、水墨画のようにぼやけていた。


その輪郭を見ていると、胸の奥がじわりと締めつけられる。

理由は、わからない。

ただ、息が浅くなる。


「……行ってきます」


誰もいない台所に声を落とし、戸を開けた瞬間。

ぞくり、と背筋が粟立った。


空気が違う。


湿って、重くて、動かない。


かすかに、焦げた木のような匂いが混じっている。

山の鳥の声も、どこか遠慮がちで。

まるで、山そのものが息を潜めているみたいだった。


通学路は、いつもと同じ。

土道。石畳。雑草の青い匂い。


……なのに。


その中に、別の匂いが混ざっている。

消毒液のような、刺すような臭い。


どこから来ているのか分からないまま、みおは小さく鼻をすすった。


曲がり角で、八百屋の奥さんとすれ違う。

毎朝、犬を連れている人だ。


「……おはよう」


いつもの明るさはなかった。

俯いたまま、足早に通り過ぎていく。

その背中の向こうから——


チリン。


風に乗って、鈴の音が届いた。


(……おかしい)


胸騒ぎが広がる。

何かが違う。


でも、何が違うのか、わからない。

気づけば、胸元の十字架を強く握っていた。

学校に入ると、すぐに気づいた。


静かすぎる。


いつもなら溢れているはずのざわめきが、どこか抑えられている。

昇降口で、女子たちの声が途切れた。


「ねぇ、聞いた? 山で……」


「見つかったって……」


「神隠しじゃないの?」


断片だけが、耳に残る。


山。


神隠し。


靴箱を開けながら、みおは息を止めた。


教室の空気も、重かった。

真琴は真剣な顔で律と話し込み、

隼は珍しくスマホを握ったまま動かない。


三人の視線が、一斉にこちらへ向く。


「おはよう」


自分の声が、乾いていた。


「みおちゃん……」


真琴が近づく。


「何かあったの?」


みおは首を振った。


「……何も。ただ、みんな変だなって」


「警察、来てるらしい」


律が小さく言う。


「でも、先生たち何も教えてくれない」


そのとき、廊下から教師の声。


「……村長の……」


「しかし、あの件は……」


「まだ公開は——」


意味は分からない。

でも、空気だけが伝わってくる。


嫌な感じ。


授業が始まっても、落ち着かない。

先生の板書は乱れ、チョークの粉が白く舞う。


そして——


鳴っている。

ずっと。

耳の奥で。

最初は遠く。


今は、すぐそばで。

まるで、耳元で揺らされているみたいに。


(……無理)

手を挙げた。


「先生……気分が悪くて……保健室、行ってもいいですか」


廊下に出た瞬間、空気が軽くなったはずなのに。

窓の外の山が——

黒い。


影をまとっている。


その中心で、何かが動いているような気がした。

廊下の隅で立ち止まり、胸を押さえる。

ゆっくり、息を吸う。


そのとき。

はっきりと。

耳元で。

声がした。


「……こっち」


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