山鳴りの鈴が呼ぶ頃に
翌日の昼。
昼休みのチャイムが鳴り終わると、窓際の席に四つの机が自然と寄せられていた。
中央には小野原律。その両脇を宮下真琴と篠宮みおが挟み、少し離れたところに、桑田隼が椅子を逆向きにして跨っている。
夏前の教室は、まだ湿気も少なく、どこか浮き足立った空気に満ちていた。
「……だからさ、今年の巫女舞、やっぱ私がやるべきだと思うんだけどなぁ」
真琴が箸をぱちんと鳴らして言う。
みおはお弁当の蓋を押さえながら、小さく笑った。
「えー……私もちょっと興味あるよ? 衣装とか、着てみたいし」
「それな、俺も着てみたい」
律が間髪入れずに言うと、真琴は呆れたように手を振った。
「男子は男子でやればいいじゃん! 私は神聖な舞のほうやりたいの!」
「舞ったところで、おまえ絶対転ぶだろ」
桑田の冷たい一言。
「なんであんたそういうこと言うかなぁ!」
真琴は頬を膨らませ、すぐに反撃する。
「そっちこそ、毎年“資料係”で飽きないの?」
「飽きるとかの問題じゃない。歴史的に重要な儀礼なんだ。記録を残すのも、立派な役割だろ」
「相変わらず堅物だねぇ」
律が笑い、真琴もつられて吹き出す。
そのやり取りを、みおは静かに眺めていた。
おにぎりを一口。
麦茶を一口。
いつも通りの昼休み。
いつも通りの四人。
――なのに。
胸の奥に、小さな違和感が沈んでいる。
重たい何かが、山の向こう側からこちらを見ているような感覚。
幼いころ、研究所跡で拾った赤い破片。
そして、最近になって夢に現れるようになった音。
――鈴の音。
「……そう言えばさ」
不意に、律が言った。
「最近、鈴の音、増えてない?」
真琴と桑田が同時に顔を上げる。
「音? ああ、先生も朝礼で言ってたよね。祭り前だから“清めの鈴”の点検するとか」
「正式には神楽鈴だな」
桑田が頷く。
「村の各所に設置してるらしい。昔はもっと数が多かったって、爺さんが言ってた」
「へぇ〜。なんで今さら?」
律が首を傾げる。
その時、みおの口が、自然に動いていた。
「……なんか、ちょっと怖いよね」
自分でも驚くほど、声が細かった。
三人の視線が集まる。
「怖い? どういう意味?」
律の表情が、少し真面目になる。
みおは一瞬迷い、すぐに笑った。
「いや、なんとなく。最近ちょっと寝不足でさ。夢、変なのばっかり見て」
「それ、普通に体調悪いやつじゃん」
桑田が言うと、真琴が身を乗り出した。
「みおちゃん、大丈夫? 無理しちゃダメだよ?」
「うん、平気」
笑って答える。
麦茶を飲む。
冷たいはずなのに、体の奥がじんわり熱い。
その時――
チリン。
風に混じって、かすかな音がした。
澄んだ、細い金属音。
四人の会話が、同時に止まる。
「……今の」
律が立ち上がる。
「聞こえたよね?」
真琴も周囲を見回す。
「清めの鈴……かな?」
自信のない声。
桑田が眉をひそめた。
「この時間に? しかも校舎裏の方からだぞ」
彼は窓へ歩き、カーテンを開く。
律も隣に並ぶ。
「……山の方だ」
二人の視線の先。
濃い緑の稜線の奥。
その一角に、戦時中の研究所跡地がある。
みおは、立ち上がれなかった。
耳の奥で、音が大きくなる。
チリン。
チリン。
チリン。
まるで、すぐ後ろで鳴っているみたいに。
背筋に冷たいものが走る。
(……同じだ)
あの日。
あの山で聞いた音。
(やっぱり……)
胸の奥で、確信が形になる。
(あれは、私を呼んでる)




