鈴が鳴る夜に、あなたは死ぬ
パトカーの赤色灯が、暗い庭を断続的に染め上げていた。
赤、闇、赤、闇。
そのたびに、椅子の影が歪む。
無線のざらついた音。低い声のやり取り。
規制線の向こうで人が動いている。
だが、それらはすべて、水の底から聞こえる音のように遠かった。
みおは玄関先の段差に座り込んだまま、動けない。
自分の庭。
洗濯物を干していた場所。
そこに置かれていた椅子。
――村長が、座らされていた。
両手両足を縛られたまま。
うつむいた姿勢のまま。
赤色灯が照らすたび、顔がこちらを向く気がする。
「篠宮さん」
静かな声。
顔を上げると、山口刑事がしゃがみ込んでいた。
赤い光が、彼の横顔をかすめる。
「ここは警察が見る。大丈夫だ」
差し出された紙コップから、湯気が立つ。
受け取ろうとして、指先が思うように閉じない。
自分の手が、他人のもののようだった。
「……怖かったな」
その言葉で、胸の奥に張りついていた何かが、わずかにひび割れた。
山口は詳しくは聞かなかった。
ただ、呼吸をゆっくり合わせるよう促し、一定の距離を保ってそばにいる。
やがてみおは、かすれた声で言った。
「……少し、外に出てもいいですか」
ここにいると、息が詰まる。
庭のほうを見てしまう。
山口は一瞬考えた。
「一緒に行こうか」
「……すぐ戻ります」
視線を伏せたまま答える。
短い沈黙。
「……何かあったら、すぐ呼べ」
低い声でそう言い、山口は立ち上がった。
夜道
村の夜は、深すぎる。
街灯と街灯のあいだは、ほとんど闇だ。
自分の足音だけが、乾いた音で響く。
少し歩いてから、気づいた。
もう一つ、音がある。
カツ。
カツ。
規則正しい靴の音。
距離は変わらない。
一定の間隔で、後ろからついてくる。
喉が乾く。
振り向くまでの数秒が、やけに長い。
ゆっくり、振り向く。
黒い服の人が立っていた。
性別は闇に隠れてわからない。
街灯の下にいるはずなのに、顔だけが暗い。
目があるはずの場所が、影になっている。
動かない。
瞬きもしない。
――見ている。
そう思った瞬間、街灯が一度だけ、明滅した。
光が戻る。
そのときにはもういなかった。
だが。
カツ。
カツ。
靴の音だけが、今度は前方から聞こえた。
みおの足が止まる。
音は、闇の奥へ消えていった。
そのとき。
ドン、と鈍い衝撃が空気を震わせた。
地面が、わずかに揺れる。
山のほうだ。
視線を向けると、闇の中腹に、わずかな色が滲んでいる。
紫。
煙のように、ゆらゆらと立ちのぼる。
研究所のある方向。
鼻の奥に、金属のような匂いが流れ込んだ気がした。
耳鳴りがする。
だが、村は静まり返ったまま。
家々の灯りも動かない。
気づいているのは、自分だけ。
その事実が、何よりも重かった。
「ねえ」
すぐ横から声がした。
心臓が跳ねる。
小さな少女が立っていた。
白いワンピース。
素足。
髪が、風もないのにわずかに揺れている。
目が、異様に静かだった。
「私は、沙夜」
声は落ち着いている。
年齢に似合わない、低い響き。
まばたきを、しない。
「あなたは、鈴祭りの日に死ぬわ」
世界が、一瞬だけ音を失った。
「……気をつけなさい」
一歩近づく。
「待って、どういう――」
言葉が終わる前に。
少女の輪郭が、夜に溶けるように薄れていく。
最後に残ったのは、目だけだった。
次の瞬間、何もなかった。
足元に、小さな鈴が転がっている。
鳴っていないのに、耳の奥で音がした。
翌朝
眠ったのかどうか分からないまま、家を出る。
「篠宮さん」
通学路で、山口刑事が声をかけてきた。
目の下に影がある。
「村長の件だが……」
一瞬、視線を逸らす。
「今回も、自殺扱いになる可能性が高い」
また。
同じ言葉。
「上の判断だ」
短い沈黙。
「……だが、俺は納得していない」
視線が真っ直ぐに向く。
「独自に調べる。何かあれば教えてくれ」
その目は、本気だった。
校門前から、空気が違った。
小声のざわめき。
誰も目を合わせない。
教室に入ると、担任の席が空いている。
机の上には、昨日のままの出席簿。
チョークの粉が、黒板の縁に残っている。
別の教師が入ってきた。
「……田辺先生が、昨夜から行方不明です」
静まり返る教室。
窓の外で、風が鳴る。
出席簿のページが、ひとりでにめくれた。
田辺直樹の名前。
その欄に、赤い丸がついていた。
昨日までは、なかったはずの印。
誰も、それに触れない。
鈴祭りまで、あと四日。
耳鳴りの奥で、鈴の音が鳴っている。
まだ、どこにも鈴はないのに。




