鈴が鳴る前に
校門を出ても、誰も笑わなかった。
部活の時間のはずなのに、響くのは靴底が地面を擦る音だけだ。
乾いた音が、やけに遠くまで伸びる。
みおは数歩迷ってから、前を歩く真琴に声をかけた。
「……一緒に帰ってもいい?」
真琴は振り返り、ほんの少し目を見開いた。
それから、形だけの笑みをつくる。
「うん。ちょうど、話そうと思ってた」
並んで歩く。
山から吹きおろす風が、制服の裾を冷やした。
しばらく、何も言わないまま進む。
やがて真琴が口を開く。
「鈴祭りって、知ってるよね?」
「名前だけ」
「来週。ちょうど一週間後」
一拍。
「この村ね。祭りの一週間前から、人が山でいなくなるの」
足が止まりかける。
「……毎年?」
「うん。五年前から」
風が鳴る。木がざわめく。
「去年は高校三年。その前は消防団。その前は――」
言葉が切れた。
「律は、今年」
真琴の指先が、白くなる。
「祭りの“前”に、必ず」
胸の奥が、すっと冷える。
なのに。
驚きが、薄い。
恐ろしい話のはずなのに。
どこかで知っていたような、そんな感覚。
その違和感のほうが、よほど不気味だった。
「どうして、そんなことが起きるの」
「分からない。でも昔から、山には入っちゃいけないって言われてた」
真琴がこちらを見る。
「みおちゃんは、どう思う?」
答えられない。
喉の奥に、何かが引っかかる。
知らないはずだ。
この村に来たのは、数ヶ月前。
そのはずなのに。
――山。
崩れた建物。
差し込む光。
手のひらの中の、小さな欠片。
鈴の音。
かすかに。
確かに。
呼ばれた気がした。
真琴の声が、遠い。
「ねえ、聞いてる?」
「……うん」
自分の声が、少し遅れて届いた。
帰宅
家は静まり返っていた。
電気をつけても、明るくならない。
鞄を置く。
椅子に座る。
すぐに立ち上がる。
落ち着かない。
祭りの前。
山。
そして――研究所。
点が、線になりかけている。
なのに。
どうして、こんなにも冷静でいられる?
「……なんで」
声が小さく漏れた。
そのとき、浮かぶ。
山で会った警察官。
山口。
「あの人なら……」
立ち上がる。
考えるより先に、体が動いた。
夜
外はもう薄暗い。
街灯はまばら。
影が、濃い。
山口の姿を探して歩く。
いない。
そのとき。
背中に、視線。
足が止まる。
振り返る。
誰もいない。
風が、草を撫でるだけ。
……違う。
今、確かに。
エンジン音。
黒い車が、ゆっくりと通る。
スピードが、妙に遅い。
窓越しに、目が合う。
無表情の男。
迷彩に似た服。
視線が、逸れない。
車は通り過ぎる。
角を曲がる。
だが。
――止まった音がした。
喉が、乾く。
もう一度、振り返る。
いない。
けれど。
道路の端に、タイヤの跡が残っている。
ゆっくり、こちらを向いた形で。
胸が、強く打つ。
監視。
その言葉が、はっきり浮かんだ。
道の先に、人影。
山口警官だ。
思わず息を吐く。
だが。
隣に、もう一人いる。
白髪交じりの男。
背筋は伸び、動きに無駄がない。
穏やかな笑み。
けれど、その目は笑っていない。
村長――佐伯正弘。
二人は低く話している。




