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りんご騒動〜握力の強さ〜

船の仕事は、色々ある。

船体の点検や舵取り、物資調達、見張り——その他諸々。

それぞれが得意分野を担当しているが、力仕事は専らカルロが担っていた。

ただ、最近はシュゼルが手伝っているのをよく見る。


「……ねえ」

「何だ?」


シオンに声をかけられ、シュゼルが足を止める。

軽々と木箱を抱える姿は、彼女から見て若干の違和感があった。

カルロと比べ、正直かなり線が細いからだ。


「実はそれ、軽いとか?」

「重くはないが、それがどうかしたのか」


試しに持ってみたいと言ったシオンに、木箱を渡す。

その途端、シオンがバランスを崩しかけたため、すぐに木箱を取り上げた。


「待って、重いんだけど!?」

「そうか?」

「いや、『そうか?』じゃなくて……」


完全に渡されたわけでもないのに、かなり重かった。

少なくとも軽々持てるものとは思えない。


「実は、かなり力強いの?」

「比較対象がわからないが、少なくとも力がなければ剣は振れない」

「それはそうだけど」


シオンは少し考えたあと、シュゼルを見上げる。


「ねえ、終わったら談話室に来てくれる?」

「構わないが」

「じゃあ待ってるから!」


そう言って急ぎ足で談話室に向かうシオンを不思議そうに見送りながら、シュゼルは残りの仕事を続けた。






ーーーーーーーーーーーーーーー






シオンが談話室の扉を勢いよく開けると、中にいたメンバーが驚いて振り返った。

航海日誌をまとめていたレイジ、本を選んでいたヘリオス、食料保管庫の点検をしていたノクス。


「どうしたんですか?そんなに急いで……」


レイジが聞くと、シオンは「ちょっと気になることがあって」と言って保管庫に近づいた。


「今って開けて平気?」

「確認は終わったから構わねぇが」


シオンは中を覗き込み、りんごをひとつ取り出す。

そして奥の棚から大きめのボウルを取ろうとして——届かなかった。


「………」

「届かねぇのかよ」

「う、うるさいわね!普段使わないんだから仕方ないじゃない!」


呆れ顔をしながらもノクスは手を伸ばし、棚の上段のボウルを取るとシオンに渡した。

シオンはよく『あんただって背が低い』とノクスに言っているが、それはあくまでここの男性陣と比較してのこと。

シオンよりは二十センチ以上高い。


ちょっと悔しそうにしながらも、お礼を言いつつそれを受け取ると、シオンはりんごとボウルをテーブルに置いた。


「なにか作るの?」

「まあ、最終的には」


ヘリオスの問いに、シオンはどこか曖昧な返答をする。

一体何をする気だろうと一同が思う中、談話室の扉が空いた。


「あ、来た」

「え?……あ、シュゼル、お疲れ様!」


談話室に入ってきたシュゼルにシオンが反応し、ヘリオスも声を掛ける。

シュゼルはヘリオスを見て小さく頷き、続けてシオンに視線を向けた。


「それで、何の用だろうか」

「お願いがあって」


目を輝かせるシオンに、何となく嫌な予感がする。

テーブルに置かれたボウルとりんごも謎すぎる。

すると、シオンはりんごを手に取り言った。


「りんご潰して?」

「何故」


彼女の問いに、即座に反応したシュゼル。

確かに訳が分からない。


「握力強そうだから、もしかして出来るのかなって」

「試したことはないが……。そもそも食べ物を粗末にするものではない」


すると、シオンはボウルを指して言う。


「大丈夫。後ですりつぶしてお菓子にするから」


ルナが……と小さく付け加えたのを、その場にいた全員が聞いた。

自分では作らないようだ。

少し大きめのりんごをまじまじと見ながら、レイジが首を傾げる。


「そもそも、りんごって素手で潰せるんですか?」

「握力しだいで出来るって聞いたことあるわよ」

「どうしても見たいなら、カルロに頼めばいいだろう」

「だって、あんたの方が意外性あって面白そう」


確かに、カルロなら出来そうだが、意外性はない。

見れば驚くだろうけど。


そう言いながら、シオンは試しに自分で握ってみる。

硬すぎてびくともしない。

レイジやヘリオスも挑戦するが、凹みすらしなかった。


「というわけで、やってみて」


キラキラとした目でシオンに言われ、シュゼルは一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、ヘリオスからも期待の眼差しを向けられ小さく息を吐く。


そして右手に洗浄魔術をかけたあと、シオンに差し出した。


「貸してくれ」


りんごを受け取り、シュゼルはテーブルに近づくとボウルの上に手を動かす。

そして、特に力む様子もなく表情も変えないまま——りんごは手の中で粉々になった。


「………」

「………」


談話室に沈黙が走る。

……ボウルに滴る果汁の音だけが響いた。


シュゼルはハンカチで手を拭いながら、シオンを振り返る。


「……満足したか?」


呆然と固まっていたシオンだが、その声で我に返り口元に手を当てた。


「……このネタに需要が多い意味が分かった気がする」

「言っている意味が全くわからないのだが」

「なんでもないわ、ありがとう」


そう言って、ボウルを持って談話室の奥に入っていった。

砕け散ったりんごが、その握力の強さを物語っていて、ちょっとだけ冷や汗が出る。


そして、同じように固まっていたヘリオスたちも、ようやく口を開いた。


「あれ、砕けるんだ」

「あんなに硬かったのに……」

「………」


ノクスだけは、まだ無言である。

目を逸らしたまま。


「あの程度ならそれほど力を入れる必要もない」

「……ちなみに力を入れないと砕けないものって、何ですか?」

「例えば首のほ……」


純粋なレイジの問いについ答えそうになって、シュゼルは言葉を止める。

そして何事もなかったかのように「そもそも砕く必要がない」と答えた。


(……今、首の骨って言おうとしやがったな……)


ノクスだけは気づいて青ざめていたが、ヘリオスとレイジは気に留めていない様子だった。

その考えに至らないのだろう。

だが王子の従者として護衛もしていたシュゼルなら、刺客相手にそのようなことをしていてもおかしくない。

——本来、素手でへし折れるものでもない気がするが。


「僕ももう少し鍛えた方がいいのかな。びくともしなかった」

「りんごを潰せるかどうかで人の価値は決まらない。ヘリオスには不要だろう」

「……でも、さっきのカッコよかったし」


それならば少しトレーニングを変えてみるかというシュゼルの提案にヘリオスは頷き、レイジも興味深そうにしていた。


その光景をしばらく見ていたノクスだが、話が飛び火しないうちにこの場を去ろうと談話室から出ていく。

あまり力の話には関わりたくない。


(相変わらず化け物じみてんな……)


彼の見た目とのギャップに呆れながら、船室へと戻っていった。



シュゼルは見た目以上に握力が強いです。

それこそ首の骨を砕けるほど……。


ちなみに、保管庫には物質保存の魔道具が使われているため、定期的にノクスがチェックしています。

彼が来る前は街で依頼していました。

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