少女が"海賊”になった日
波祝の日の後のこと。
船に残されたシオンと、船主との対話。
――これは、少女が“海賊”として生きることを決めた日。
彼女の原点とも言える物語。
※この番外編はシリアスです。
奇妙な魔物に襲われて、家族とも呼べる一族を失った日から、どれくらい経ったのだろう。
時間の感覚なんてない。
この部屋は、不思議だ。
何も食べず飲まずに過ごしているのに、飢えも渇きもない。
ただ蹲って、塞ぎ込むだけ。
そんなシオンを、船主――シオンにとっては「爺様」と呼ぶ存在は、何も言わずただ見つめていた。
涙はとうに枯れてしまい、目の腫れも治まりかけてきた頃。
ゆっくり顔を上げたシオンは、虚ろな目で呟く。
「……幻の、秘宝」
その言葉に、船主の眉が一瞬だけ動く。
しかし何かを言うことはなく、ただシオンの言葉を待った。
「昔、聞いたことがあるの。願いを何でも叶えてくれる秘宝があるって。……それがあれば、ジークたちは生き返れるのかしら……」
どんな姿なのか、どこにあるのか、何もわからない。
ただ、伝承として聞いただけのもの。
おとぎ話だと、以前は気にも留めていなかった。
それなのに今思い出したのは、きっとそれ以外に縋るものがなかったからだろう。
「……それを探すのは、ものすごく困難だ。辛い思いをするだろうし、命を落とす可能性もある。ジークは、君が苦しむことはきっと望んでいないよ」
船主の静かな言葉に、シオンは首を振った。
「構わない。どんなに苦しくても、何でも……もう一度、会える可能性が僅かにでもあるなら」
そう言って立ち上がったシオンの瞳は、真っ直ぐ前を向いていた。
先程までの淀んだ色はもう無く、決意を固めているとわかる。
本当なら危険なことはさせたくない。
穏やかに、幸せに生きてほしい。
それは船主の、そしてきっとジークの願いでもあった。
だが、今のシオンにそんな事を言っても無駄だろう。
先刻まで、すぐにでも後を追ってしまいそうだった彼女が、今は生きる目的を見つけている。
それがどんな茨の道だったとしても、生きることを選んだ彼女の意志を崩したくない。
船主はそっと息を吐くと、シオンに言う。
「だったら、仲間を見つけなさい」
「仲間……?」
首を傾げるシオンに、船主は頷く。
「これからの航海は、とても困難を極める。ならば、同じ目的に向かってくれる仲間が必要だよ。一人では、出来ることなど限られているからね」
シオンは困ったように眉を寄せたが、ややあって小さく頷いた。
いきなり仲間を見つけろ、などと言われても戸惑うのは当然だろう。
それでも船主は、それを条件にした。
彼女の孤独を和らげてくれる存在が、必要だと感じていたから。
「もし船員にしたい人がいたら、儂のところに連れてきてほしい」
「爺様の所に?」
「儂は人の"本質”を見抜く力があってね。本当に信用していい人物か、確認したいんだよ」
それを聞いて、シオンは首を縦に振る。
船主の言葉は、嘘ではないが、真実でもなかった。
彼が本当に見極めたい条件は、それだけではないから。
ただ、それをシオンに告げる気はない。
「そうと決まったら、準備をしないと。爺様、また後で」
シオンは船主の部屋の扉を開け、甲板へと出る。
それと同時に、足元がふらつき、壁に手をついた。
先程までは疲労も空腹も何も感じなかったのに、急に力が抜ける。
やはり船主の部屋には、特別な力が働いているのかと思ってしまうほど。
(ジークが「結界」とか何とか言ってた気がするけど……考えても仕方ないわね。とりあえず、何か食べないと)
そう思い至ると、彼女は談話室奥の食料保管庫へと向かった。
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仲間を探すと言っても、どうしていいかなんてわからなかった。
ただ、弱い人間についてこようとする人なんていない、そんな気はした。
だからシオンは、ひたすら鍛錬に明け暮れた。
ジークに秘密にするよう言われていた響術の特訓を中心に行う。
教われる相手なんていない。
でも、使うたびにどんどん感覚が研ぎ澄まされて、自分の思うままに扱えるようになっていった。
複雑な風を操って、刃のように斬り裂くことを覚えた。
自分の周りの風を調節して、空を飛ぶこともできた。
最初はすぐに落ちてしまったけれど、続けるうちに速度も高さも調整できるようになっていく。
しかし響術は体力も精神力も急激に消費するため、これだけには頼れない。
護身術として覚えた剣術とも組み合わせて、攻撃手段を増やす。
魔物との戦いで大怪我を負うことも少なくなかった。
それでも弱音を吐くことなく、無心で身体を鍛え続けた。
数カ月後には、見違えるほどの強さを手に入れていた。
そして、修行の一環のつもりで訪れた氷雪の地で。
ーー初めての「仲間」を手に入れたのだった。
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「……情報が、ない」
一人目の仲間こと、ルナリアと出会って二ヶ月ほどした頃。
シオンはポツリと呟いた。
「情報、ですか?」
「そうなのよ。この間の街でも聞き込みをしたんだけど、伝承以外の情報が何も無いの」
どこに行っても、聞けるのは知っている内容ばかり。
あまりの進展のなさにため息をついた時、ふと一つの言葉が思い浮かんだ。
「……海賊」
「はい?」
「そうよ、宝について知りたいなら、海賊が一番詳しいじゃない」
昔、カルマーレ族の誰かが言っていた。
海には海賊と呼ばれる者たちがいて、独自のネットワークを築いていると。
海賊の情報は海賊同士でしか教えない、暗黙のルールがある。
だとしたら、それを知るためには……
「海賊になるしかないわね」
そうすれば、今より有益な情報が得られるかもしれない。
しかし口にした直後、ハッとした様子でルナリアを見る。
「……でも、あなたは海賊になるつもりでついてきたんじゃないわよね……?」
自分だってなるつもりがなかったのだから、ルナリアがそんな事考えていたはずもない。
海賊にもいろいろな在り方があるが、一般人からすれば総じて「犯罪者」だ。
そんなものに好んでなりたいはずがない。
シオンが躊躇っていると、ルナリアは淡々と言った。
「私は"あなた”についてきたんです。あなたが何になろうとも、私が離れることはありません」
迷いのない声色に、シオンはルナリアを見る。
「……あなたも犯罪者扱いされるかもしれないのよ?」
「元々消えるはずだった命です。だからあなたの目的に近づけるなら、反対する理由なんてありません」
偽りのない真っ直ぐな瞳で、ルナリアは告げた。
ずっと孤独だと思い込んでいたのに、こうして隣に立ち続けてくれる人がいる。
その事実が、心細さよりも強さを与えてくれた。
そしてその確かさが、ためらっていた心に火を灯し、進む覚悟へと変わっていく。
揺るぎない彼女の姿に背中を押されたように、シオンは立ち上がった。
「ありがとう。じゃあ、決まりだわ。これからは海賊として、“幻の秘宝”を全力で探すわよ」
「仰せのままに」
片膝をつき、頭を垂れるルナリア。
その忠臣のような態度に、シオンは『そんな固くならなくていいのに……』と繰り返したが、彼女の態度は変わらなかった。
だがそこは気長に変えていければいいか、と思う。
そしてこの瞬間、彼女は「海賊」と名乗ることを決めたのだった。
シオンが“海賊”を名乗ることになるまでの話でした。
本当は本編に入れたかった場面なのですが、物語の流れの中ではどうしてもタイミングが合わず、番外編としてまとめることにしました。
この時、船主に「仲間を見つけなさい」と言われたことが、シオンにとって大きな転機になっています。
一人で生きるのではなく、共に歩んでくれる仲間を求める――。
それは後に『ガーネット』の仲間たちと出会い、船長として立つ彼女の姿へとつながっていきます。
もし本編で語っていたら、重たくなりすぎてしまったかもしれません。
でもこうして番外編という形でお届けできたので、彼女の「原点」を少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
【余談】
元々、この船には名前がありませんでした。
けれど海賊を名乗ると決めた時、シオンはジークから贈られたイヤリングの宝石の名を取って「ガーネット」と名付けます。
それは彼女にとって、大切な人との絆と、これから歩む航海への決意の象徴でもあったのです。




