その顔で口説かないで
シオン、ベルナルド、ノクスのドタバタな一日。
「シオン」
後ろから声をかけられ、振り返ると同時に誰かに抱きしめられた。
呼び方も、行動も、こんな事をするのは一人しかいない。
——はずなのに。
声も、姿も、違う。
腕にしっかり収められていて顔は見えないが、それが誰かは明白だった。
「は?……え、ちょ、何するの!?」
シオンが咄嗟に押し返すと、相手はよろけるように離れた。
黒くて短い髪、鋭い目、黒のローブ……。
間違いなく、『ノクス』なのだが。
彼がこんな事するはずがなく、シオンは混乱する。
そんな彼女を他所に、『ノクス』は顎に手を当てて少し考えた。
「う〜ん。シオンに押されただけでふらつくなんて、やっぱりひ弱すぎじゃないかなぁ」
「……は?」
まるで、自分を客観視しているかのような発言に、シオンから間の抜けた声が出る。
それに、この口調。——覚えが、ある。
訳がわからず思考がぐちゃぐちゃになっているところで、『ノクス』の頭に強烈な肘鉄が振り下ろされた。
「痛っ!?」
「人の身体で何してやがる、テメェは」
現れたのはベルナルド……の、姿の誰か。
癖のある銀髪も切れ長の紫の瞳も、彼そのものなのに、表情がぜんぜん違う。
こんなに眉間にシワを寄せて、不機嫌そうにしている顔は見たことがない。
それに、口も悪い。
「酷いなぁ。お前さんの身体に傷がついちゃうよ?」
「知るか」
「……待って、何がどうなってるの?」
頭を抱えながら、やっとの思いでシオンは口を開いた。
ありえないと思うが、この状況を表すならば。
「まさか……中身、入れ替わってる??」
ーーーーーーーーーーーーーーー
数日前、シオンたちは街で受けた依頼のために洞穴に入っていた。
その奥にある薬草採取が目的で、途中で手に入れた他のアイテムは持ち帰っても問題ないとのこと。
換金できるものはすぐに換金したが、魔力を帯びたアイテムは興味があったので、船で検分してみることにした。
船員の中でも、特に魔力の高いノクスとベルナルドがその検分を行っていた——の、だが。
そのうちのひとつが解析中に暴発し、気がついたらこんな状況になっていたらしい。
「いやぁ、困ったね。まさかこんなことになるなんて」
「困ってるように見えないんだけど」
軽い調子で語る『ノクス(の姿をしたベルナルド)』に、シオンは眉をひそめて言う。
ノクスの顔と声で軽口を言われると、正直不気味さしか感じない。
「魔術師くんが言うには、一定時間で効果が切れるらしいよ」
「それも解析でわかったの?」
「ああ。……モノはぶっ壊れちまってもう動かねぇが、痕跡から判断した」
『ベルナルド(の姿をしたノクス)』の返答に、シオンは頷きつつ、複雑な表情を浮かべた。
口が悪く、笑わないどころかずっと不機嫌顔の彼に対しても、同様の違和感がある。
……だけど。
シオンはじっと『ベルナルド』を見つめ、彼もそれに気づく。
眉間のシワを深めながら「何だよ」と聞かれ、シオンは呟くように言った。
「……ベルって、軽口叩いてないと案外かっこいいのね」
「は?」
元々、顔は整っている。
ただ普段の軽薄な表情と飄々とした態度のせいで、あまり感じたことがない。
最初こそ違和感がすごかったが、普段の態度を忘れてこの姿だけ見れば。
正直……結構、好みかもしれない。
「え、俺もしかして人格否定された?」
シオンの態度に傷ついたフリをしながら、『ノクス』はシオンとの距離を急に詰める。
「でも、見た目はかっこいいってことだよね?キャラ変したほうがいい?」
「そ、そういう問題じゃ……」
「だから、俺の身体でそいつに迫るんじゃねぇ。離れろ」
『ノクス』に詰め寄られて、僅かに頬を染めながら狼狽えるシオンの後ろから、『ベルナルド』が睨みつけた。
本気の怒気を含んだその瞳に、『ノクス』は楽しそうに口元を吊り上げる。
「へえ、俺って本気で睨むとこんな顔なんだ?迫力あるなぁ」
「ノクスの顔でそんなこと言わないで。……気味悪いから」
「……それはそれで地味に傷つくんだが」
自分でも不気味と思ってはいたが、人に言われると微妙な気分になるのか『ベルナルド』は言った。
そんな中、『ノクス』は少し思案したあと、再びシオンに近寄る。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「だから何で近いのよ」
「今赤くなってるのって、『俺』が迫ってるから?それとも、この見た目だから?」
その言葉に、場の空気が凍った。
「何、言ってるのよ……」
「よく見るよね?『どんな姿になってもあなたのことが好き』っていう、恋愛小説の一節。その理屈でいうとシオンがときめいてるのは俺なんだけど、見た目に引っ張られることもあるだろうし。どっちなのか知りたくて」
「どっちにもときめかないからね!?」
口調も雰囲気もベルナルドなのに、ノクスの声と顔で迫られて脳が混乱する。
頬に添えられた手に、思考がバグりそうだ。すると、急に肩を掴まれ後ろに引かれる。
よろめいた身体を、背後の人物に支えられながら、シオンは視線を上に向けた。
「いい加減にしろ。その身体で迫るなっつってんだろ」
不機嫌さが頂点に達した声で、『ベルナルド』は言った。
静かな怒気。その真剣な表情と低い声に——不覚にも、心臓が跳ねる。
「絵面的には、シオンと俺がくっついてる場面で悪くないんだけど。……やっぱり変な感じだよねぇ」
「黙れ。その口調が鼻につくんだよ」
強く睨みつけるが、『ノクス』は相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま動じない。
しかし、さすがにこれ以上は止めておこうかと思ったのか、『ノクス』は肩を竦めて言った。
「ごめんごめん、やりすぎたって。それより、そろそろ離してあげたら?困ってるよ」
その言葉に、『ベルナルド』はハッとしてシオンから手を離す。
肩を掴んだ体勢のままだったのだ。
シオンは赤い顔を隠すように俯いていたが、それを怒っていると感じたのか『ベルナルド』は言う。
「えっと、その……悪ぃ。痛かったか?」
「………別に」
シオンは短く答えると、落ち着くためにそっと呼吸を繰り返す。
(待って、何でこんなに動揺してるの?というか、『どっち』に対して……?)
ベルナルドのあの真剣な顔と声に対してなのか。
ノクスの行動に対してなのか。
答えがわからない。
(——どっちにも、興味なんてないはずなのに!!)
部屋の中には、依然として微妙な空気が流れ続けていた。
……そして翌朝。
二人は何事もなかったかのように、元の身体に戻っていた。
入れ替わりネタでした!
ドタバタに振り切ることもできたのですが、今回はあえて「微妙な空気のまま終了」にしてみました。
翌朝には普通に戻っているので大きな事件にはなりませんが、シオンの心にはしっかりと余韻が残っている……という感じです。




