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斬り合いよりも手強いもの

このお話は、子供時代のアリウス・シュゼル・ノクスを書いた番外編です。

アリウスが8歳、シュゼルとノクスが9歳の頃のお話です。

ノクスがアリウスの従者になってから、約半年。

離れの塔での生活にも、随分慣れてきた。


王城敷地の端にあるこの塔に用意された寝室は、四部屋だけ。

ひとつは第二王妃セレーナ。

ひとつは第三王子アリウス。

ひとつは女性使用人である侍女とメイドの二人が使用している。


残る一部屋は、以前は従者であるシュゼルが一人で使っていたが、ノクスが来てからは二人で同室になった。

衝突の多い二人が同室で大丈夫かという不安や、「何で僕だけ違う部屋なんだろう」という的外れなアリウスの声もあった。

だが同じ年、同じ従者という立場なのだから、当然といえば当然である。


基本的にはお互い我関せずで生活していた二人だったが、その日の静寂はシュゼルの一言で崩れることになる。

朝の支度をほぼ終えた、その時のことだった。


「お前は少し愛想を覚えたらどうだ。常に不機嫌そうな顔をしていては、印象が良くない」

「別に機嫌悪いわけじゃねぇよ。だいたい愛想ってなんだ、媚びでも売れってことか?」


棘のある言い方に、シュゼルはため息をつく。


「そういうことではない。最低限の笑顔は交流の場では必要だ。アリウスの評判にも関わる」

「楽しくもねぇのに笑えるかよ」

「社交術の話だ。ただでさえ目付きが悪いのだから、少しは意識しておけ」


その言葉にノクスは視線を逸らし、吐き捨てるように言った。


「いちいちうるせぇんだよ。女みてぇな顔したやつに言われたくねぇ」


口にした瞬間、ノクスはハッとして固まる。

シュゼルは軽く下を向いたまま、静かに長く息を吐いた。


「……私の顔が、女性のようだと?」

「ま、間違ってねぇだろ!髪も中途半端に長ぇし、勘違いして攫われねぇように気をつけた方がいいんじゃねぇか」


動揺を隠すように余計なことまで口走るノクスに、シュゼルは顔を上げた。

その表情は氷のように冷めきり、確かな怒りを宿している。

そして、腰に据えた剣をスッと鞘から引き抜いた。


「……お前は一度、斬った方がいいようだ」


言うが早いか、剣が振り抜かれる。ノクスは咄嗟に防御壁を張って防いだ。


「いやいや待て!シャレになんねぇんだよ!マジで斬りかかるな!」

「黙れ、大人しく斬られろ」

「嫌に決まってんだろ!」


九歳にして、剣術の講師と本気で渡り合えるだけの技量を身につけたシュゼルに対抗するのは容易ではない。

それでもノクスは魔術で何とか防ぎながら距離を取ろうとする。

だが部屋はそう広くない。限界はすぐに訪れる。

振り下ろされた剣を魔術の盾でぎりぎり防いでいた、その時だった。


「シュゼル、ノクス!準備終わってる?」


ノックもそこそこに扉を開けたのはアリウスだった。

いつも先に集合場所にいる二人が来ないので、様子を見に来たのだろう。

明るい声と表情で入ってきた彼は、部屋の光景を見て動きを止める。


「え、ちょ、何してるの!?」


慌てるアリウスに、シュゼルは剣に込めた力を抜かないまま淡々と答えた。


「気にしないでくれ。単にこの男を斬ろうとしているだけだ」

「気にするよ!?何でそんなことに!?」


アリウスの問いに、ノクスも魔術の強度を保ったまま彼に視線を向けて言う。


「別に、こいつの顔が女みてぇって言っただけだ」

「顔?」


アリウスはシュゼルを見て、ぱっと笑顔になった。


「確かに、シュゼルの顔ってすごく綺麗だよね!初めて見た時、女の子かと思ったし。でも喋ったらすごく格好良くて、所作も優雅で感動したんだ」


初めて会った時のことを思い出したのか、楽しげに語るアリウス。

明らかに“地雷”を含む言葉に、ノクスは恐る恐るシュゼルを見た。


そして、その表情に唖然とする。


アリウスから顔をそらし、俯いたシュゼルの頬が真っ赤に染まっていた。

いつの間にか、剣に籠めていた力も抜け落ちている。

シュゼルは無言で剣を下ろすと、一歩下がり腕で顔を隠した。


「すまない、少し外す。……先に行っていてくれないか」

「え?あ、うん、わかった」


言い終わると同時に、シュゼルは早足で部屋を出ていった。

その背中を見送りながら、アリウスはポツリと呟く。


「……僕、何か悪いこと言ったかな?怒らせた……?」

「いや、あれはむしろ喜んでたぞ」


憮然とした顔で言いながら、ノクスは衣服を整えた。

腕に残る痺れを見つめ、小さく息を漏らす。


「……俺の時と、全然反応違うじゃねぇか」

「え、何か言った?」

「何でもねぇ。行くぞ」


ノクスはぶっきらぼうに言い捨て、乱暴に扉を開けて出ていった。

アリウスは一瞬きょとんとした後、慌てて後を追う。


「ちょっと待ってよ、ノクス!」


ノクスの歩幅はやけに大きく、アリウスは小走りで後を追う羽目になった。

二人が集合場所に着いても、肝心のシュゼルは現れない。

やっと姿を見せたのは十分以上も経ってからで、どこかぎこちなく、顔にはまだ赤みが残っている。


「遅かったね、シュゼル。大丈夫?」

「……問題ない。準備に手間取っただけだ」


そっぽを向いて答えるシュゼルに、アリウスは「?」と首をかしげる。

一方ノクスは、じろりと睨んでから大げさにため息をついた。


(……はぁ?俺の時は本気で斬りかかってきたくせに……アリウスに一言言われただけで真っ赤になって、戻るのに十分?バカじゃねぇのか、こいつ……)


「ねぇノクス、なんでそんなに怖い顔してるの?」

「は!?怖くねぇし!」

「……だから表情に気を遣えと言っている」


淡々と突き刺すシュゼルの指摘に、ノクスはみるみる顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

アリウスはさらに首を傾げ、ぽつりと呟いた。


「……二人とも、やっぱり変だよね?」


気まずさ全開のノクスと、平然としているが微妙に視線が合わないシュゼルと、首を傾げるアリウス。

三人の温度は、今日も絶妙にかみ合っていなかった。



アリウス絶対主義者であるシュゼルは、アリウスの言葉だけは純粋な「褒め言葉」として受け取ります。

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