【おまけ】髪を伸ばす理由
「シュゼルの髪って、本当に綺麗だよね」
従者になって間もない頃、庭園で休憩中にアリウスに言われた言葉だった。
じっとシュゼルの髪を眺めたあと、「触っていい?」と聞いてきたので頷けば、嬉しそうにその髪に触れた。
「すごい、サラサラだ。いいなぁ」
「そうか?アリウスの髪もふわりとしていて、とても似合っていると思うが」
「でも伸びてくるとすぐハネるから、これ以上伸ばせないんだよね」
自分の毛先に触れながら、アリウスは言う。
伸ばしたいわけではない。
ただ、ちょっと気になるだけ。
「シュゼルは長い髪も似合いそうだよね。ていうか、絶対似合う!」
「男が髪を伸ばしたらおかしくないか?」
「そう?歴代の王様の中には、長い人も結構いたよ」
王宮に飾られた肖像画を思い出しながら、アリウスは言う。
その笑顔を眺めたあと、シュゼルは空を見上げて呟いた。
「……君がそう言うのなら……試してみるか」
風に攫われるほどの小さな声は、誰の耳にも届かなかった。
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談話室を出て、部屋へと続く廊下を歩きながら、ヘリオスは前を歩くシュゼルに声を掛けた。
「……ごめん、その、みんなを止められなくて」
申し訳無さそうな声色に、シュゼルが足を止める。
そして不思議そうな顔で振り返った。
「何故君が謝る」
「だって、シュゼルが顔のこと言われるの、好きじゃないって知ってるのに。……止めるどころか同意しちゃったから……」
うつむきがちに謝るヘリオスに、シュゼルは迷いのない声で答える。
「あれは、あの男の口車の所為だろう。ヘリオスに非はない」
本心からそう思っているのだろう。
確信に満ちたその響きに、ヘリオスは安心しつつ小さく苦笑した。
それから少し間を置き、シュゼルは淡々と口を開く。
「だが、あまりにも悪ノリしすぎだ。あの詐欺師とノクスは一度斬るべきだと思う」
「斬るのはやめよう?」
物騒なことを淡々と口にしたシュゼルを、ヘリオスは即座に止めた。
冗談ではなく、本気で言っていることが伝わってきて、僅かな焦りを覚えた。
流石に流血沙汰は避けたい。
歩みを再開してしばらくしてから、ヘリオスはふと気になっていたことを口にした。
「あのさ。……嫌だったら、答えなくていいんだけど」
「何だ?」
「勘違いされるのが嫌なのに、どうして髪伸ばしてるの?」
一瞬だけ、シュゼルの表情が固まる。
しかしすぐに平静を装い、問い返すように言った。
「やはりおかしいと思うか?違和感があるならすぐに切ろう」
「え!?違うよ、全然おかしくない!すごく似合ってるし、切ったら勿体ないって思うけど……」
慌てて答えるヘリオスを見て、シュゼルは小さく微笑む。
いつもの優しい――けれどどこか寂しげな笑みに、ヘリオスは言葉を失った。
「君が変だと思わないなら、それでいい」
静かな声が廊下に落ちる。
「……うん? そう……なんだ?」
「ああ、そうだ」
シュゼルはそれ以上何も言わず、再び歩き出した。
結局理由は聞けなかった。
けれど、はぐらかすということはーー無理に触れない方がいいのだろう。
ヘリオスはそれ以上追及せず、ただ彼の背中を見守った。
きっと、彼の中にそっと抱えられた、大切な理由があるのだろう……と。
廊下の窓から差す光に、白金色の髪がふわりと揺れた。
シオンやレイジを責めていないのは、二人の言葉が純粋な好奇心から出たものであり、悪意やからかいの気持ちがないと分かっているからです。
悪意がないからこそ、ある意味一番やっかいかもしれません。




