女装が似合うのは誰?
時間軸は物語の中盤(ベルナルドが戻ってきたあたり)です。
航海中の、ある日のこと。
珍しく談話室に皆が集まっていた中で、シオンは軽く伸びをしたあと、周囲を見渡し呟いた。
「……この中で、一番女装が似合うのって誰かしら」
あまりに唐突な発言に、一同は動きを止めた。
意味を飲み込むのに時間を要したのだろう。
そんな中、最初に正気を取り戻したカルロがシオンに問いかけた。
「……突然どうしたんだ?」
「暇なの」
あまりに簡潔な答えに、今度はノクスが顔を顰める。
「暇で口にする内容じゃねぇだろ」
「だってこの船、男ばかりなんだもの」
答えになっていない返事をしながら、シオンはため息をつく。
実際、現在船員の中で女性は二人しかいない。
そのうち一人は理由あってこの場に来ることができないため、基本的にはシオンしか女性はいないのである。
「だからって、その発想になる理由がわかんねぇよ」
「ちょっと気になっただけよ。まあ、少なくともあんたは無いわよね。背は低いけど、目つき凶悪すぎて似合わなそう」
「似合ってたまるか。あと俺の背は低くねぇ」
淡々と耳につくことを言われノクスが抗議するが、シオンはどこ吹く風だ。
ちなみに、彼女に悪意はない。
「カルロも顔立ちが男らしすぎるし、体格的に無理があるわよね」
「……だろうな」
二メートル近い高身長と、鍛え上げられた身体を見て誰もが同意する。
ありえないと分かってはいたが、対象から明確に外されたことに僅かな安堵を覚えた。
ベルナルドはこれまで傍観していたが、どうやら面白くなってきたらしい。
シオンに近づくと、わざと必要以上に顔を寄せ、からかうような笑みを浮かべて問いかけた。
「ねえ、俺はどう思う?」
「近いんだけど!?」
「え、普通じゃない?」
平然と答える彼の肩を「そんなわけないでしょ!」と言いつつ押し返しながら、聞かれたことに対して少し考える。
ベルナルドの容姿はかなり整っていて、誰もが端正な顔立ちだと答えるだろう。
ただ、その美貌も色気もあくまで"男性的”であり、女性の格好が似合うとは思えない。
あと、普通に見たくない。
「……なんか嫌だから、却下」
「そう?意外と美人になるかもよ。まあ、さすがに嫌だけど」
「じゃあ何でノったんだよ」
ノリノリで聞いてきた割にはあっさりと否定するあたり、本当に掴み所がない。
呆れたようなノクスの声に、ベルナルドは「悩んでるシオンが可愛いから」とだけ返し、何食わぬ顔で近くの椅子に腰掛けた。
また妙に距離を詰めてくるが、今は突っ込まないことにして、今度はレイジを見る。
「レイジは可愛い顔してるから、普通に似合いそう」
まだ十四歳という年齢で幼さも残り、どちらかと言えば可愛げのある顔をした彼は、確かに似合わなくもないだろう。
しかし。
「すみません、嬉しくないです船長」
男としてのプライドはちゃんとあるのか、少し落ち込み気味に言う。
自分をかっこいいと思ったことはないが、だからといって可愛いという言葉も素直に喜べなかった。
「ヘリオスも雰囲気は可愛いけど、女装はちょっと違う気がするのよね」
「想像はしないでほしいな……」
ヘリオスの顔を見つめながら、多分何かを想像しているシオンに、彼は困ったように苦笑いを浮かべる。
そもそも、雰囲気が可愛いとはどういうことなのか。
だがここで、ふとシオンは違和感を感じた。
ヘリオスを「可愛い」と表現した時は、大抵同意の言葉が飛んでくるのに、何の反応もない。
「……あれ?」
その時、ヘリオスの隣の席に、本来いるはずの人がいないことに気づく。
いや。さっきまでは、確かにいたはずだ。
そんな彼女の疑問に気づいたベルナルドは、楽しげに目を細めながら言う。
「そうだねぇ。今まさに逃げようとしてる人が、一番似合いそうだと思うよ」
彼の言葉に、一同はハッとして談話室の出入り口を見た。
その瞬間、扉に手をかけていたシュゼルの動きが止まる。
「ねぇ?……金髪くんも、そう思わない?」
「え?……いや、まあ。シュゼルは綺麗だから、似合うと思うけど……」
突然話を振られたことに驚きながら、つい思ったことを口にしたヘリオス。
その様子を振り返り、シュゼルは瞳を鋭くしてベルナルドを睨んだ。
「……ヘリオスをくだらない話に巻き込むな」
低い声とともに、腰の剣へと自然に手が伸びる。
「だって、男にしとくの勿体ないくらい美人さんだし」
「ま、自覚があるから逃げたんだろ。そういや昔――」
「なるほど。斬られたいようだ」
二人の軽口に、本気で抜剣しそうになったのを見て、慌ててヘリオスが止めに入った。
「お、落ち着こう?剣から手離そう??」
「……でも確かに、ダントツで綺麗ですよね……」
和らぎかけた空気の中、うっかり溢れたレイジの言葉に、場が凍りつく。
失言に気づいた彼が慌てて目を逸らすが、シュゼルはそちらを見ることなくベルナルドたちに冷たい視線を送ったままだ。
「……何系が似合うのかしら」
さらに、空気を読む気がないのか、シュゼルを見ていたシオンがポツリと呟く。
シュゼルはシオンに視線を移すが、先程までの冷たい眼差しと言うよりは、呆れを含んだような目で彼女を見た。
「君も真剣に悩むな。そもそも体格的に無理があるだろう」
「それは……そうかもしれないけど」
実際シュゼルは、船内でカルロの次に体格が良い。剣士としての鍛錬の賜物なのだろう。
しかしその身体つきには無駄がなく、引き締まってはいても筋肉質という印象は受けない。
また、着痩せするせいで実際より華奢に映り、スラリとしたその姿は、一見すると儚げにすら見えるほどだった。
「肩幅とか体型を誤魔化せる服もあるから、そういうのなら問題ないって。背の高い女性も結構いるから」
「問題しかない」
ベルナルドの余計な一言にシュゼルが間髪入れずに答える。
何でそんな事に詳しいのかとシオンが問いかければ、「変装知識?」とはぐらかすように流した。
全く折れる気配がないシュゼルを見て、シオンは少し考えたあと、思いついたように口を開く。
「まあ、そこまで嫌なら仕方ないわね。じゃあ代わりに髪ほどいて?」
「何故そうなる」
「女装は諦めたんだし、せめてそれくらい見たいなって」
「なぜ妥協したような流れになっているんだ」
――そもそも「誰が一番女装が似合うか」という話であって、実際女装する話ではなかったはずだが。
怪訝そうな表情を浮かべながらシュゼルは言った。
しかし、その後ろで更に勝手に話が進んでいく。
「でも、確かに見たことないですよね。ちょっと気になります」
「金髪くんは見たことある?ずっと一緒にいたんだよね」
「……あれ?そう言えば見たことないかも。寝るのは僕より遅いし、起きる頃には準備終わってるから」
またヘリオスを巻き込んでいることに、シュゼルの眉が小さく動いた。
「じゃあヘリオスも見たいってことよね?一回でいいから!」
「私は見世物ではないのだが……」
なかなか引かないシオンの様子に、シュゼルは段々面倒になってきたのか額を抑えた。
そして仕方ないというように、首元の髪紐に手をかける。
「……これで終わりにしてくれ」
ゆるく結び目をほどくと、さらりと白金色の髪が肩から背へと流れ落ちた。
灯りを受けてきらめく髪が揺れ、その整った横顔に柔らかな影を落とす。
その一瞬、談話室の空気が凍りついたように静まり返る。
誰もが言葉を失い、沈黙が落ちる。
その静けさを破ったのは――シオンだった。
「……化粧したい」
「なぜそうなった」
シオンの言葉に反応しつつ、言葉を失っている面々から目を逸らすと、シュゼルは再び扉の方を向いた。
「……私は部屋に戻る」
「あ、えっと、じゃあ僕も戻ろうかな」
早足で出ていくシュゼルを、ヘリオスが追いかける。
彼らが談話室を去ったあと、残された面々はしばし無言で視線を交わした。
先ほどまでの軽口が嘘のように、白金の髪が揺れた一瞬の光景が、まだ脳裏に焼きついている。
沈黙を破ったのは、ぽつりと落ちたレイジの声だった。
「……綺麗すぎて直視できませんでした……」
シオンは肩をすくめ、少し気まずそうに呟く。
「流石にやりすぎたかしら。でも、髪解くのってそんなに嫌?」
「余計女性に間違われやすくなるからじゃない?確かに身体つきは男だけど、あの顔のインパクト強すぎて一瞬わかんなくなりそう。
……間違えて惚れる人、絶対いるって」
面白そうに語るベルナルドに、レイジはついうなずきながらも首を傾げる。
「でも、だったら何で髪伸ばしてるんでしょう? 短くても絶対かっこいいのに」
その疑問に、ノクスが「くだらねぇ……」とばかりに答えた。
「大方ヘリオスに『長い髪似合いそう』とでも言われたんだろ。勘違いされてでも伸ばす理由なんて、他にねぇよ」
言い切った後、ふとベルナルドと目が合う。
彼はにやりと笑みを深め、「だろうねぇ。で、何でお前さんは微妙に不機嫌なの?」と探るように尋ねる。
その問いに、ノクスはむすっと顔を背けた。
「この顔は元からだ」
再び場に小さな笑いが広がり、先程の緊張を誤魔化すように、それぞれが取り繕った笑みを浮かべる。
そんな中で、シオンはほんの少しだけ眉を下げる。
(……後で、一応謝った方がいいわよね)




