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ヴィゼリア作戦とお財布事情

本編『忘失王子と風の船』ヴィゼリア編の後日を描いた小話です。

作戦にかかった“お財布事情”をめぐるエピソードのため、本編の内容に触れる部分があります。

本編を未読の方は、ネタバレにご注意ください。

ヴィゼリアでの作戦が終わったあと。

シオンには、ふと疑問が残っていた。


(……あの衣装とかって、どうやって調達したの?)


ベルナルドは伝手を使って揃えたと言っていたが、あんな高価な品々を貰えるわけがない。

だとしたら。


気になりだしたら確認しないわけにもいかず、シオンはベルナルドを見つけ声をかけた。


「ねえ」

「何、シオン。抱きしめてほしいの?」

「……声かけただけで何でそうなるのよ」


躊躇いなく腕を広げてきた彼に呆れ顔で返すと、「聞きたいことがあるだけ」と続ける。


「ヴィゼリアで、貴族の衣装とか、魔道具とか、他にも地図とか色々用意してたけど……。まさか、全部買ったの?」


シオンの問いかけに、ベルナルドは首を傾げた。


「そりゃ、空から降ってはこないよね」

「そんな事言ってないわよ! 一体いくらかけたわけ!? 素人目に見てもあの服、上質だったわよ!」


服だけではない。

装飾品も、容姿を変える魔道具も、迷宮の地図や鍵も。

どう考えても簡単に買える品々ではない。特に迷宮関連は、裏ルートでないと手に入らないだろうから相当だ。


「俺は、可愛いシオンが見れて満足したけど?」


質問には答えず、飄々と笑うベルナルドに、シオンは言葉を失う。

本気なのか冗談なのか分からない笑みに、思わず深い息が漏れた。


「そういう問題じゃないでしょ……。情報料込みで絶対、恐ろしい金額じゃない……」

「そういう問題だよ。シオンのためなら、俺は金なんか惜しまない。でも贈り物は受け取ってもらえないし、あんな時しか使い所無いからね」


無駄遣いを嫌うシオンは、高価な贈り物は絶対に受け取らない。

それは間違っていないが、またはぐらかされた気がする。


「……あれは、船全体で決めた仕事だから。そのうち返すからね」

「貸した覚えないのになぁ。シオンが納得するなら、それでもいいけど」


そこまで言って、ベルナルドは思いついたように不敵な笑みを浮かべた。


「あ。シオンからキスしてくれたら、一気にチャラになるよ?」

「お金払うわ」

「えー、即答?」


大げさに肩をすくめながら、「じゃあ、気長に待つね」とだけ言って、ひらひらと手を振るとその場を去った。

しかし、重要なことが聞けてないことに、すぐ気づく。


「……金額、教えなさいよ!」


受け取る気ないでしょ……と、少し悔しい気持ちになりつつ、シオンは談話室に向かった。

今のやり取りで、何だか喉が渇いてしまったのだ。






ーーーーーーーーーーーーーーー






談話室の扉を開けると、反射的に足が止まる。

先客がいた。

正直、今あまり会いたくない相手だった。


出直そうかと思ったが、向こうもシオンに気づき、うっかり目が合う。


「………」

「………」


そこにいたのは、ノクスだった。

彼も水を取りに来ていたのだろう。

ルナリアの一件のせいで、今非常に気まずい。


しかし。


彼ならば、わかるかもしれない。

それはそれ、これはこれと、シオンは問題を分けて考えることにした。


「ねえ。……ちょっと聞きたいんだけど」

「何だよ」

「この間のヴィゼリアの作戦の時。あの情報とか、魔道具とか、貴族の服飾とか……。……あれっていくらくらいかかったと思う?」


唐突な問いかけに、ノクスは首を傾げる。


「は?……ちゃんと見たわけじゃねぇが、あの衣装一式ならちょっとした屋敷くらい余裕で買えるだろうな。魔道具もひとつでそれくらいはする」


急な質問にも真剣に答えてくれるあたり、なんだかんだで真面目なのだろう。

しかしそれよりも、まさかの金額にシオンは驚愕の色を浮かべた。

その様子は気に留めず、ノクスは続ける。


「だがどっちかっつーと、高ぇのは情報だろ。セディの噂話と裏付け、アルナゼル情勢調査となると……まあ、城は買えそうだな」


城って何。

いや、城を知らないわけじゃないけど。

そうじゃなくて。


……スケールが大きすぎて、金額が浮かばない。


混乱で頭を抱えながら、シオンは呟くように言う。


「待って、屋敷とか城とか、一生かかっても100%返せるわけないじゃない……。というかあいつの資産どうなってんのよ……」


ベルナルドが裏稼業の人間だということは、もう知っている。

カジノであっさりと大金を稼いできたことから、そっちの腕もいい。

ある程度蓄えがありそうな気はしていたが、あまりにも桁が違いすぎる。


困り果てるシオンを見て、ノクスは呆れたように眉を寄せた。


「あのな、返してほしくて出せる金額じゃねぇだろ。あいつはお前にそんなん求めてねぇよ」


それは、わかっている。

さっきの態度からも、シオンから返してもらおうなんて微塵も思っていないのが伝わった。


そもそも、彼女が聞かなければ、話題にも出さなかっただろう。


「……でも、借りを作ったままは何か嫌」


プライドなのか、貸し借りを嫌う性格なのか。

ベルナルドに貸した気がない以上、杞憂ではあるのだが、彼女にとってはそういう問題ではなさそうだ。


何か、納得させる方法はないか……と思った時、ふとひとつの考えが過った。


「……あん時の詫びか、礼のつもりなんじゃねぇの」

「あの時?」

「一度裏切ってんだろ。その時死にかけたじゃねぇか」


軽く鼻で笑いながら言うノクス。

恐ろしい男と対峙し、船は沈み、危険な村で過ごした時の記憶が蘇る。

あれの原因は、確かにベルナルドだった。

礼というのは、そんな彼を再び受け入れたことを言っているのだろう。


「一生かかっても返しきれねぇ借りを、あいつはお前に作ってんだ。だったら遠慮なく受け取っとけ」


先日の件はシオンが作った借りではなく、貸しを返してもらっているだけだと。

そう言いたいらしい。

——納得しきれたわけではないが、確かに理屈は通っている。


「……じゃあ、そういうことにしておく」

「ああ、そうしろ」


それでも多分、返そうとはするんだろうな……と思いながら、とりあえず話が収まったことにノクスは安堵した。

シオンは一度小さく息を吐くと、ノクスに向き直る。


「ルナにしたことは、まだ許してないわ。でも、……教えてくれて、ありがとう」


それだけ言うと、シオンは談話室を出た。

ノクスは閉まった扉を見つめながら、僅かに灯った熱を冷ますように頭を乱暴に掻く。


「……マジで、面倒くせぇ女だな」



本編では描かれなかった「作戦費用」の裏話でした。

シオンにとっては一大事ですが、ベルナルドにとっては“使いどころがあったから使っただけ”。

そしてノクスは、いつものように常識人ポジションです。


こうしてみると、やっぱりシオンはお金や貸し借りに真面目なんだなぁと改めて感じます。

そしてベルナルドは……桁違いですね(笑)

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