恋人ってなにするの?《前編》
シオンの疑問。巻き込まれるヘリオス。
「キスの先って何なのかしら」
ある日の談話室。
本を読みながらふと口を開いたシオンの言葉に、ヘリオスは飲んでいた水を盛大に吹き出しかけ、慌てて堪えた結果、思い切り咽た。
「ごほっ、ごほっ……っ!」
「ちょっと、大丈夫?」
咳き込むヘリオスにシオンが心配そうに声を掛けると、彼は目を潤ませながら必死に呼吸を整えた。
「だ、大丈夫……。でも急に、なにその質問……?」
「恋愛小説読んでると、大抵そこまでなのよね。結婚式でキスは見たことあるけど、それ以上のことって全然書いてなくて」
首を傾げるシオン。
一族を失ったのは幼い頃で、婚約者もいたとはいえ知識を得る前に全てを失った。だから十七歳の今でも“何も知らない”。
「……で、それを僕に聞くの?」
「カルロは困りそうだし、年下は頼りづらいし、ノクスには絶対バカにされるし、シュゼルは聞きにくいし。そうなるとヘリオスが一番かなって」
「………僕も困るんだけど!?」
一応ヘリオスには知識がある。
王侯貴族は世継ぎのために教育を受けるからだ。
ただ、“知識”はあっても“記憶”はないので、いつどこで習ったかは思い出せない。
「やっぱり恋人同士なら、距離が近いのかしら」
「ちょ、近い近い近いっ!」
「……そこまで近い?じゃあ近寄らずにできること?」
「な、なんで実演形式なの!?」
シオンは至って真顔。ヘリオスだけが大慌てだ。
「流石に恋人じゃないんだし、実際に試すわけじゃないけど。じゃあ、どうすれば説明しやすい?」
「説明前提!?」
「……え、そんなに恥ずかしい話なの?」
顔を真っ赤にして狼狽えるヘリオスを見て、シオンも少し冷静になった。
そこまで困ることなのかしら……と思い始め、距離を取ろうとしたその時。
「……何やってんの」
談話室の入口に、ベルナルドが腕を組んで立っていた。
目は笑っていない。
その姿に、シオンの頬に熱が集まる。
「な、何でもないわよ!」
シオンは条件反射で叫び、椅子を蹴るように立ち上がると、そのままベルナルドの横をすり抜けてダッシュで退室していった。
嵐のような退場に、残された二人は一瞬沈黙した。
(……恋人のこと知りたかったのって、もしかして……?)
二人の関係がどうなっているのか、正確にはわからない。
だがベルナルドがシオンを好きなのは明らかで、シオンも恐らく意識している。
理由がわかれば微笑ましいような気もするが、そんな感想を漏らす暇もなく。
「で?結局、何してたの?」
にこやかな笑みを浮かべつつ、ベルナルドの目はやはりまったく笑っていなかった。
ヘリオスは反射的に背筋を伸ばす。
「ち、違うから!!その、相談受けてただけだよ!」
「相談?あの距離で?」
声が裏返り、手をパタパタと必死に振る。
だが否定すればするほど挙動不審さが増していった。
そして納得していないベルナルドの言葉に、蚊の鳴くような声でそっと答える。
「……ひ、秘密……」
必死過ぎる声に、ベルナルドは額に手を当て、深いため息をついた。
シオンはたまに、突拍子もない事を言い出したり聞いたりすることがある。
今回もその一件なのだろうけれど……
「……マジで何なんだよ。説明下手すぎて逆に怪しいけど、……追及する気も失せた」
これ以上ヘリオスからは聞けそうにない。
それに下手に彼を問い詰めてると、過保護な幼馴染が現れて敵視されかねない。
それはちょっと面倒くさい。
(シオンを探すか……)
そう思い至ったベルナルドは、ヘリオスに背を向けると談話室を後にした。
ヘリオスは「2年以上前の記憶」を封じられていますが、王族に直結しない知識(一般常識や地理歴史など)は覚えています。
そのため、こうした恋愛や生活に関する“知識”は頭の片隅にあるものの、知った経緯は思い出せない――という微妙な立ち位置になります。




