好敵手に告ぐ
郭凌は土煙と灰が飛び交う空気の中でありながら清い風の中にあるように涼しげに立っていた。
それは目前の武人も同じで、悠然とした態度で郭凌を見つめている。しかしその態度に油断という言葉は一つもない。
今彼らの間に吹く土煙がうねり明瞭な視界は保たれておらず、互いに膠着しているのがわかった。むしろそれが郭凌としても好都合だったのだろう。視線が合ってしまえば兵も主も顧みずすぐにでも打ち合ってしまうから。
郭凌は今じっと大刀を構えてその土煙が霧散するのを待っている。
思えば長い人生だった。名も地もない地方の豪族から、主に見出され、武芸を持って将軍への道を邁進するのみ。それもこれも目前に立つ強者との再戦のためだった。
あの日、主を支持して間もない頃の敗戦の日だ。小勢相手に主命を全うできず、味方へ被害は甚大である。一刻の猶予もなかった郭凌は、残る手勢を率いて急いで逃げ帰ったのだ。恥を忍んで退却する只中で、郭凌は一人の武人を目に焼き付けることになった。
数多の兵士の中を空を滑る龍がごとく滑らかに鮮やかに切り捨てていく。その足は取ろうにも尾のように力強く蹴り上げ、体を狙えば槍を支点にふわりと浮き上がる。1対多の中で自在に動き回る姿を見れば、磨き上げられた武に対する敬意とともにその姿に魅入られた。味方が次々とやられていく様を見ているのに、心の底から湧き出る感情は確かな胸の高鳴りと高揚感。
「その武、お見事なり。今は打ち合うこと叶わぬが、次相見える時にはその武、我が身で受けようぞ!」
気付くけば兵士の足音と、悲鳴の中で武人へと向けた言葉が確かに紡がれた。それとともに、踵を返して兵士とともに主のいる城へと足を進め始める。
「次は背ではなくその顔をよく見せてくれるだろうか。」
若竹の青く澄んだ声が郭凌の耳に届いた。意識して聞いていなかったはずだったが、いやに近くでその声が聞こえる。郭凌は唇を噛みながら振り返らず真っ直ぐと城を目指してひた走っていった。
土煙に巻かれながら懐かしいことを思い出していた郭凌はあの日から方時もかの武人を忘れていない。歌功頌徳の賛辞も珠玉のような褒賞もあの日あった武人との一戦の方が郭凌にとって何万倍もの価値がある。土煙が薄くなっていくほどに周囲の、郭凌の緊張感が増してゆく。
いく年月を重ねて待った再開の時は郭凌に理性を与えない。恋にも似た執着を持って生きてきた郭凌は焦ったさと興奮の間で笑った。
郭凌と目前の武人との間の土煙が晴れたからに他ならない。