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無駄作業の多いセイナさんの日常

作者: キリ

 カチッカチカチ。

 月明かりの灯る、いつもの夜更け。

 まばらな明かりを点々と光らせているとあるマンションの一つ。

 カーテンに滲む小さな蛍光色のライト。

 部屋の電気は消えている。それでも薄っすらと光っているのはテーブルランプのわずかな光と、もう一つ少し違った輝きを持つ光ーー。

 真夜中に光るテレビ。

 画面には人がいる。拳銃のようなものを持っていて、画面中心に標準が定められている。

 また、鳴り響く。

 カチカチッカチ、という子気味の良い音。

 テレビの前にはオーバーサイズの水色のパーカーを来た女の子がいた。薄暗いせいで良く分からないけれど、白く優しい肌をしていて、前髪が少し眉にかかってはいるけれど蒼いショートヘアだ。

 ヘッドホンをして没頭しているようだった。

 画面に映ったのはプレイヤー名だろう。「セイナ」とポップな文字が見えた。

 セイナの手元には黒いコントローラーがある。指先はせわしなく働いているように動く。繊細な細い指で素早く連続でボタンを押し込んだり、スティックを左右に動かしたりしている。

「あ」

 セイナはそう一言発した。

 画面に映っていた人が倒れこんだ。そして画面が暗転した。

 コントローラーを机の上に置いて、「ふう」と一息ついた。

 セイナは今日は調子が出ないと感じている。先ほどから無念の六連敗。流石に精神的に疲れを感じてきているのだが、敗北が積み重なるにつれ、やめ時を見失っていた。

 このままでは投稿するための動画が完成しない。

 セイナにとってこの問題は重要事項だ。

 毎週水曜日に必ず動画を投稿するルールがあってそれを破りたくはない。それだけはこの動画投稿を始めてからずっと続けていることだった。

 そして今日は火曜日の夜二三時。更に明日は学校がある。だからどうしても今日中に動画を取っておかなくちゃならない。

 ヘッドホンを外し、椅子から離れて部屋の角に広がるベッドに向かって倒れこむ。枕にうずくまりながら、スマホいじる。

 不意にラーメンの写真が流れてきた。

 今のセイナにとってその写真は、地雷を踏んでしまったかのように致命的な威力を持っていた。

 ぐぅ。

 部屋にこだましたのはお腹の悲鳴。

「そうだ。やっぱりそれしかない」

 そう。例えばの話。

 最大限のパフォーマンスをするためにアスリートはルーティンを作っているという。他にも願いを叶えるためには儀式が付き物だ。ソシャゲにおいてもガチャで推しが出す為にグッズをスマホの周りに並べた配信者もいた。

 つまり、人が最大限に何かをこなすためには儀式が必要なんだ。

 セイナはベッドからばっと立ち上がり、歩き出した。

 目には目を、木には木を。空腹には飯を。

 これは儀式だ。

 最高のパフォーマンスをするために必要なコト。

 だから仕方ないんだ。

 そうぼそぼそと言ってセイナはキッチンへと歩いて行ったのだった。




 少し背よりも高い位置にある棚に手を伸ばしている。小椅子にのって背伸びしてようやく棚の中が見渡せる。一体どうやってしまったのだったけ。そんなことを思ったセイナだった。

 見つかったのはカップ麺だけだった。みそ味のラーメン。しかもかなりの量が入っている特大サイズ。これをこの時間帯に食べられるほどの度胸はないようで、セイナの眉はぴくぴくとしていた。

「マジか……」

 でも一度食べると決意してしまったセイナのお腹はもうブレーキが利かなくなっていた。

 ふと横にあるもう一つのカップを見つけた。

 ラーメンとは違うパッケージ。これは、焼きそばだ。

 特大サイズでもない。

 普通の焼きそば。

「ラーメン……焼きそば」

 ラーメンを食べるつもりだったのだけど、夜中の特大サイズは荷が重い。でも最初にラーメンにするって決めたし。どうしたものか。

 しかし、セイナの空腹は悩む時間すらも許してくれなかった。

「う、お腹が疼く。早く食べなきゃ死ぬな、これ」

 早く食べたい。なるべく早く。それならば焼きそばにした方がいい。理由は明確。ラーメンより量が少ないのだからやればすぐにできる。

 食べるモノは決まった。

 でもそれだけで儀式を済ませるつもりはないらしかった。

「音楽も欲しい」

 出来上がるまでのわずかな時間だけどその時間を有効に使いたい。より最高のパフォーマンスに仕上げる為に必要なプロセスだ。

 そう考えたセイナは細長い指でスマホをいじり始めた。

 今の気分的に、出来るだけ静かな、それでいてリズムの良い音楽。一定の間隔で刻むベースのリズムがいいはず。

「ーーよし。これにしよう」

 防音の部屋ではあるものの、部屋に音楽を響かせるというのは気分的に違うらしく、ワイヤレスイヤホンをわざわざ探した。ヘッドホンはゲーム用でイヤホンは音楽用。それはセイナのこだわりだった。

 あとは。

 十二分に儀式として必要な要素は集めた気がする。しかし、何というか一部足りない気がいした。デザートが足りないみたいな。パズルのワンピースが抜けているみたいな感覚だった。

「あ、眠気だ」

 儀式の最後に珈琲を飲もう。




 耳の中で静かな暗がりの道を歩くような子気味の良いベースのリズムが鳴っている。

 電気ポットの中では水が高温の拷問を受けていた。

 その隣で小椅子にまたがり、リズムに乗って小さく首を振っている。

 カチッ。

 電気ポットのお湯をカップに注ぎ、再び待ち時間。時間はおよそ二分四五秒。ラーメンだったらキッチンではなくて机に座っていたな、とぼんやり考えている。

 ふわぁ、とあくび一つ吐きながらカップのお湯を流していく。湯気が立ちこみ、顔に直撃したせいで「うえ」と情けない声が出てしまったがおかげで眠気が少し取れた。

 何回も湯切った後でミスをしていたことに気付いた。

「野菜、入れ忘れた……」

 今更気付いてもどうしようもない事ではあるけれど、セイナも女の子。炭水化物オンリーの食事はまずくないか、と気になってしまった。

 そこでセイナは思いついた。よく考えてみれば、夜中に食べること自体太る原因なんだし、野菜分の食べなくて済むと考えられるじゃん、と。

 それからはルンルンな様子で椅子まで行った。

 ふたの上で温めておいたソースを麺にかける。橋でぐるぐると混ぜ合わせて、最後にふりかけをパラパラ、とかける。

「よし」

 完成だ。ついでにお茶も加えて完全な夜食が出来上がった。




 心地の良い落ち着いた音楽と共に麺を噛む。

 啜るよりも噛む方がこっそりと食べている感じがして、気が楽だった。

 真夜中に、ご飯を食べながら、音楽を聴く。これは犯罪に近い行為だ。

 でも、儀式なんだから仕方がない。全ては最高のパフォーマンスをするための過程に過ぎない。

 それから麺を口に含んでは噛んで、お茶を飲む、という真夜中の小さな犯罪を繰り返した。その時のセイナの顔はふくよかな笑顔をしていた。

 カーテンを開けると月明かりが部屋に入って来た。

 少しの間だけ、珈琲を片手に外の様子を眺めていた。

 この景色を見ているのはもしかしたら、自分だけではないのかもしれない。そう考えるとどこか神秘的、なのかもしれない。

「さてと」

 儀式は済んだ。

 これでパワー全開なはず。

 寝る前の一仕事、片付けに行きますか。

 セイナは椅子に座りテレビの電源を付けた。

 コントローラーを握り、録画のボタンを押す。

 再び、音が聞こえてきた。

 カチッカチカチ。

 暗い部屋の中で、テーブルライトとテレビの光だけが灯っていた。

 やがて、テレビの光が消えて、テーブルライトも消えた。

 そして、一度部屋を出ていった。

 数分後、戻って来たセイナはパジャマを着ていた。

 スッとした表情をしており、まるで何かの大仕事を終えたようだった。

 そしてそのまま、ベッドにダイブしていった。

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