夏の陽炎
途方もなくなく夜に溶けてゆく
波の音が何処からかする山に棲む私
祭り太鼓の音までする山に棲む私
「夏はまだか夏はまだか」
歳を取った私の最後の言葉
不意に切なくなるから恋は嫌なんです
郷愁はポケットから堕ちた寂びたナイフ
黄泉の路はそこかしこに開いてる
開かずの扉の前のように
通りゃんせの呼び声がする
踏切で赤い花を渡す
幽かな潮騒の声
宿場町に木霊する死者の輪舞
夢の後の様に
泡沫の響きの様に
凡ては廻る輪廻
さあ座敷の隅で幽かな夏の声を聞こう
幽玄の向こうに常世は待つ
蝉時雨、夕立、入道雲
夏は待っている
蝸牛みたいな
じめじめじとじと
暗い部屋が好きだから
昼間の日差しは強すぎて
甲羅の中に引きこもりたい
せめて懐かしい風景の中
漂っていたい
夜の闇を昼間にも探してる
旅人の影を追っている毎日は、その足跡を標本にして残したい
人生の岐路
古いキネマに映る俳優は体に悪そうな煙草を吸っている
孤独をもっと味わいたい世俗にいては駄目だ仙人のような心が欲しい
夜のメロディはどんよりとした雨の朝に似合う
人生ってなんだろな
孤独の愛し方という病気には処方箋がない
三ミリグラムの毒薬を頂戴
今日も孤独に過ごそう
世俗の騒がしさに疲れている宵闇
孤独を味わおう 暗い夜の向こうに 闇と眠る
人は、悲しみを想い出したくて孤独の夜を歩く
孤独な風景とは、自分の心の穴のなかにあるのかもしれない
ただそこにある青の孤独
旅人はコートの中に孤独を隠して
荒野のうえを歩いてゆく
君がその赤を捨てようとするなら仕方ない
簡単な世界地図はもうゴミバコの中
悲しくて泣く悲しみはとこしえに
夢みたいなシネマの中で口づけを交す恋人たち
今はもう雨の空みたいなって
只一人孤独を街の路地裏で見つける癖
彼岸花はいつまでも
孤独には顔がない
真っ暗なのっぺらぼうが土を蹴る
真昼の通り道には蝉の死骸が転がっている
いつの間にか何も考えられない頭になってる
あの家の窓から覗く顔は死んだ人
棺桶は菊の花の匂いが酷かった
子供は泣いている
神様はあの神社で一人で待っている
私はシンクタンクで海を作れないか考えている
すべての人の心の中にある孤独のかたまりは
薄夕暮れの懐かしい風景の中に
ぽっかりと穴を開けている
悲しみの海に二ミリグラムの毒薬をください
死の向こうにある常世の海に溺れたい
暗い世間には心はないんだよ
何処かのホームレスが云っていた
ただ輝くその石が欲しくて
ささやかな復讐のために
夏の日は遠い幻
あの日放せなかった手が今もこうして結ばれている
哀しみは深い青をしている
だからか海はあんなに涙を貯めたのだ
きらきら光る波に刹那の衝動がリフレインしてゆく
祭りの夜の鼓動と太鼓の音は連動して
失恋と恋を繰り返して人は過去を美しくしてゆくのか
途方もなくなく夜に溶けてゆく
波の音が何処からかする山に棲む私
祭り太鼓の音までする山に棲む私
「夏はまだか夏はまだか」
歳を取った私の最後の言葉
不意に切なくなるから恋は嫌なんです
郷愁はポケットから堕ちた寂びたナイフ
旅人は冬の風をコートに隠して
そっとアイスキャンデーを其処に突っ込んだ
隣の家の塀に置かれた林檎には
地獄行きと書いてありました
原罪でしょうか
お葬式のあった家の前は息を止めて歩く習わし
死んだ人が取り憑くからね
友達同士でそうやって秘密の約束を交わした夏
何故か鳥居や灯篭が家の庭にある家
大体塀で囲まれていて上の部分しか見えないのだけれど
気になって仕方ないので首を伸ばして庭を覗き込むと
線香の香りがぷんと鼻をよぎった
夢日記には見覚えのない御経の文字が
国語の授業に見慣れないお坊様が紛れ込む
夜の便器は光って見える
おぼろ月は遠い海の祭りを思い出す
日を焼べろ薪を焚け
祭りの太鼓が寒空の下
あの境内で待っている神様
電信柱には蛇が巻きついていて
明日世界は終わるよと不吉な預言
狂った世界で生きてます
座敷に取り憑いたすねこすり
蔵の中で見つけた銀硬貨を覗き込む大量の詐欺師たち
闇は此処にあります
夜の夢は黄泉比良坂の入口か
子宮の中は熱海の秘宝館を思い出す
貴女のドレスは水槽に沈んでも尚
墓場で行われる人魂のマラソン大会
そんなに気負わなくてもいいのだと
メダカの解剖で泣きだす同級生
雨が降っている真夜中の軒の下
月が密かに隠れていて
煙草を吸っている
帰れない思い出もありました
ずいぶん遠くまで来たものです
灯りはそう遠くない
今ならその腕の中で懐かしい想い出を見よう
からからと風車は廻り
季節外れの風鈴がちりんと
僕は冷蔵庫からサイダーの瓶を
そっと軒の下の月に渡す
下駄の音がからりころりと誰も居ない宿場町に響く
此処は昔がまだ息づく町
ふと曲がり角に目をやれば皺だらけの御婆さんが
無人販売所の蜜柑を買っている
彼岸花を供えられたお地蔵様
夢は確かに此処にありました
どうして過去は問いかけてくる
南無阿弥陀仏と
何処かの通り道に聞こえる御経の声
夏の窓辺は入道雲の見えるあの部屋で
夢ばかり見ていました
沢山のお墓の真ん中で
赤い糸を小指に結ぶおまじない
お地蔵様が雨に打たれて泣いている
その涙が赤い血のように見えたのは
十四の夏の頃
あの神社に行って狐の尾が隠れている
境内裏の小屋には
夕方になるとおかめのお面を被って舞う人々
ビールの瓶が転がっている部屋には
わずかな彼岸花の香り
もうそういう頃になりましたか
抽斗の中には賽子がぎっしり詰まっていて
遠き山から狼の吠える声がする
海から吹く風はシンクタンクの中の水母を呼ぶから
そっと丸くなって部屋の隅で眠るのさ
幽かな抵抗
首無しの人体模型のある開かずの部屋
雨が降っている
憂鬱な気持ちは幽かに熱を帯びる
空には神様が居眠り
仏壇の仏像はあくびを一つ
其処の衝立の裏でお雛様たちが賭け事
露天商から貰った若返りの薬で
僕は小さな小鬼になった
風を纏いながら
蟲毒の毒を川に流したら
川の匂いに過去に戻りたいって
蔵の中で密かにタイムマシンを作る人々
僕らは赤に呪われた世代
川に流されてゆく小さな赤い靴は
明日海までたどり着けるだろうか
過去はめぐりゆく
輪廻の部屋には
母体の不思議が隠されている
そう宿場町を夕焼けの中で見るような
仏間に集まる黒い影たちは
桜の花が嫌い
そっと孵化するひよこに
地球の命運は託された
夕陽の影に夜の夢
ピアノの音が何処かの家から聞こえる
真昼の月は無垢な少女の顔
電柱の下には蚊柱が立っていて
座敷の奥には赤い眼をした猫
真夏の夢を忘れるための枕の下のお化けの写真
懐かしいと思った風景は
地下の秘密基地に隠しておいたから
夏になったら迎えにおいで
どうして人は人を殺すのだろう
夢ばかり
夢の後
かすかな孔雀の尾を見た気がする
真昼の月は静謐さをたたえ
太陽の木漏れ日がカーテンの隙間を揺らす
人殺しは来ませんでした
神棚にも天皇陛下の写真は飾ってません
過去の夢を見るたびに
赤襦袢を羽織った娘が開かずの扉の中で
シャボン玉を飛ばす幻を見る
お地蔵様には彼岸花が似合う
関節の隙間に夜が堕ちていた
骨をかみ砕こうとしたら
粉々になった水晶が真昼の月に輝いていた
其処に行っては駄目だよと
道路の端の暗がりになんだかもやが立ち込めている
見てはいけないものもあるのだな
夏の風が不意に吹き抜けて
サイダーの味がやけにしょっぱい味がした
もうすぐ死ぬかもしれない
涙くんが呼んでいるよ
お風呂場の中でくらげと一緒に泳いでいる
夕暮れは不思議だね
不吉なくらいカラスが電線に止まっている
あの開かずの部屋には
ニコニコ嗤う七福神様が封じられていて
時折独りぼっちの子供を攫って
話し相手になってほしいだけ
夕べの夢は何処かの海沿いを
シーグラスを探す夢
さよならは言えなかった
宿場町に過去の人が眠る
ねえ此の金魚鉢に櫻の華を散らしたら
明日夢の中で夏の夢を見れるかな
仏壇にきらめく金の仏像は
誰も居ない仏間でいびきをかいている
古い木の匂い宿場町の
夕暮れには子供達の幻が見える
あの神社には夕暮れ時になると
喋る鴉たちが祭りに向けて踊る
夢ばかり見ていました
過去の眠る抽斗の中の
錆びだらけのブリキの警官人形
屋敷の味噌蔵の中にたたずむ黒い人影
見えない夢を見る
宿場町の通りはなんだか懐かしい
青空に夏を想い出してこっそり涙は懐に仕舞った
好きな物は好きと言おう
教壇の上の先生が来週は蛙の解剖と云った
ねえ幽霊は好きかい
人の居ない屋敷にぽつんと灯篭が
彼岸の季節の夜になると灯りが燈るという
櫻は夢を見る恋人の小指の赤い糸を撫でる白い掌
部屋の隅の赤い眼は
さくらさくらを詠うとため息を漏らす
教室の隅のメトロノームは夕暮れ時に勝手に音を鳴らす
仏壇の周りに見知らぬお坊様がいて
蚊帳の中は水浸しだ
古き物はどうしてこんなに惹かれるのでしょうね
古い外灯の下で線香花火をすると亡くなった人と逢える
古き町は眠る妖怪を隠して
ちゃんちゃんこの中の風車には
何かの呪文が書かれている
四辻は不吉だから近寄ってはならない
おいでおいでをする手の見える
あの角のお地蔵様には彼岸花が供えられて
夢の中を泳ぐ金魚は恋の味を知ってゐるか
あの蔵には櫻の精が眠っていて千年桜を明日咲かせる
屋敷の裏の川に棲んでいる人魚は
舟歌を唄いながら海に出る主を想う
首のない人体模型がひっそりと
息をしている押し入れの中
夢ばかり追ってきたのですね
旅人がコートから夜の囁きを
こっそりと手渡す占い
宇宙船は丁度真夜中の高架線の上を通り過ぎた後だ
お化けってやっぱり白いかな黒いかな
だったらシマウマ柄にしてしまおうと
廃屋の中のマネキンに縞々ドレスを着せた
彼岸花を育てて力を蓄える鬼の子は
三丁目の豆腐屋の神棚で笑ってゐる恵比寿様の金歯が怖い
水槽の中の水母は明日食べられる事を知って
物陰に隠れて唸り声をあげている
雨が降っている真夜中の軒の下
月が密かに隠れていて
煙草を吸っている
帰れない思い出もありました
ずいぶん遠くまで来たものです
灯りはそう遠くない
今ならその腕の中で懐かしい想い出を見よう
からからと風車は廻り
季節外れの風鈴がちりんと
僕は冷蔵庫からサイダーの瓶を
そっと軒の下の月に渡す