東京悪夢物語「花壇の男」
ヨッシーのショートshort「花壇の男」
ふんふんふん〜(鼻歌)
隣の奥さんは、植物が好きだ。
いつも花壇の手入れをしている。
本当に熱心だ。
水やり、肥料やり、今日も花壇の手入れをしている…
ある日のこと、
私は、回覧板を届けに隣の家へ行った。
「ごめんください」
「ごめんください、」
返事がない、留守かな?
「すいませ〜ん。今、妻は買い物に出かけていま〜す」花壇の方から声がした。
花壇を見る。
誰もいない、
おかしいな?
確かに、花壇の方から声がしたが、
「こっちです、こっち〜」
私は、恐る恐る、花壇の方に近づいてみた。
そこには、
土に埋まった男の人がいた。全身が土に埋まっており、顔だけが地表に出ている。
「どうしたんですか、今、助けますよ!」
「いいえ、いいんです」
「私は、ここで生活をしているんですから」
「ええっ…」
……
……
「私は、会社でのストレスから、心の病気になってしまったんです。毎日がつらい、生きることがつらい。すべてが嫌になってしまった」
「そしたら、妻が『植物になったら』と言ってくれたんです。びっくりしました、考えたこともなかった。しかし、私は、思い切って植物になりました」
「初めは心配でした。でも、妻は優しく世話をしてくれました。植物の生活は楽しい。日の光を浴び、風を受け、私は大自然の一部だと感じる様になりました」
「たちまち、病気は治りました。しかし、もう、元の生活には戻る気がしませんでした」
「このままがいい」
「妻も、『それでいいわよ』と言ってくれました」
「私は、うれしかった」
旦那さんは、目に涙を浮かべた。
「食事は、どうしているのですか?」
「はい、食事と水は、妻がやりに来てくれるんです」
「そうだったのですか。いつもまめに、奥さんが花壇の手入れをしていたのは、実は旦那さんの世話をしていたんですね」
「はい」
「妻は、私の顔の周りに生えてくる雑草も、一本一本丁寧に抜いてくれます。本当に良くしてくれます。感謝しています」
「いい、奥さんですね」
「はい、いい妻です」
奥さんが帰って来た。
「あら、お隣のご主人とお話しをしていたんですか、よかったですね」笑顔。
「待ってて下さいね。今、お水をあげますから」
「いつも、ありがとう」
すると、旦那さんが小声で言った。
「実は、私には夢があるんです」
「何ですか?」
「それは、立派な花を咲かすことです」
「それは、無理ですね」
「そうですか、ハハハハハ…」
それ以来、
私は、隣の花壇を微笑ましく眺める様になった。
ある日、
隣の奥さんが旅行に出かけた。
「いってらっしゃい、」
花壇の旦那さんは、笑顔で見送った。
数日後、
隣の奥さんが帰って来た。
「ただいま〜」
「あれ?どうしたんだろう」
隣の旦那さんは、干からびて死んでいた。
「あ〜あ、枯れちゃった」
「仕方がないか、また新しいのを買ってこよう」
ふんふんふん〜(鼻歌)