第八話 ダグラスの頼み
夕陽が傾き始めた頃、畑仕事は解散となった。今からしばらくは自由時間。村に点在する街灯に淡い青緑色の光が灯る。
この街灯は「魔石」と呼ばれるエネルギー源で光っているのだそうだ。なんでも、光るのは副次効果で、本来の目的は別にあるんだとか。そのあたりについてはおいおい教えてくれるそうだ。
これからなにをしようか考えていると、不意に肩を叩かれた。この大きな手のひらに必要以上の強い力――間違いなくダグラスさんだ。
「よぅマヒロ。今日も頑張っていたな……少しいいか」
ダグラスさんはよく声をかけてくれるが、仕事終わりに一対一で話しかけてくることは、今までなかった。断る理由もなく、僕はうなずいた。声の感じからして、なにか重大な話だろう。
ベンチ代わりの丸太に腰掛けて、ダグラスさんが話し始めるのを待つ。もしかして、そろそろ出て行けとか、仕事が遅いとか、そういう話だったりしないだろうか? 今更ながら不安になってくる。
「……話ってのはなんだ、ミシャのことだ」
「ミシャさんの?」
思っていたのとは百八十度違う話題に、少々声が上ずってしまった。
「ああ。知っての通りミシャはオレの可愛い姪っ子だ。姪ってことはつまりミシャの父親は俺の兄ってことだ。でも、今この村にミシャの両親はいない。このことがわかるか?」
ダグラスさんは大きな体を小さくして、深いため息をついた。
ダグラスさんがいわんとしていることはわかった。一人暮らしには大きすぎるミシャさんの家――おそらくこれが答えだ。
「ああ、言わなくていい。わかってくれれば。ミシャがまだ小さい頃のことだった。オレは兄妹共々引き取ろうと思っていたんだ」
「兄妹?」
「なんだ、ミシャは兄のことは話していないのか?」
ダグラスさんは驚いた顔をした後、気まずそうに頭を掻いた。
「まぁそうか……ミシャには兄がいる。これがよくできた男でな、村人全員から慕われていたし、ミシャもよーく懐いていた。ついには騎士の紋章なんてもんが現れて、王都の騎士団に入団したんだ。それからあっという間にのぼり詰めて、今じゃ副隊長様だ」
ミシャさんのお兄さんのことを語るダグラスさんは誇らしそうだった。けれど、途端に落胆する。
「その兄と連絡がつかなくなったんだ」
ヒヤリ、と背中に冷たいものを感じた。
「マメな男でな、ミシャが手紙を出せば必ず返事が来ていた。それが二ヶ月前からぱったりだ。ミシャは大層落ち込んでな……無理もない。ミシャの唯一の家族なんだから」
ダグラスさんは落ち込むミシャさんを思い出したのか、目頭を抑える。
「そんな時に現れたのがマヒロ、おまえだった」
「……」
「ミシャは昔からよく動物を拾ってくる子だった。翼の折れたコウモリを拾ってきたこともあった。だが人間を拾ってきたのは初めてだ」
ダグラスさんは思い出を懐かしむように優しく微笑んだ。
「おまえがここに来てから、ミシャは前みたいに明るくなった。なぁ、マヒロ」
ダグラスさんは僕のほうに向き直ると、深く頭を下げた。
「ずっと……とは言わない。兄の安否がわかるまでは、あの子と一緒にいてやっちゃくれないだろうか?」
「そ、そんな頭を上げてください、ダグラスさん……!」
僕は慌ててダグラスさんの肩を掴んだ。ミシャさんはもちろん、ダグラスさんだって僕の命の恩人だ。なにか恩返しできればと思っていたし、そもそも僕には行くあてがない。頭を下げられてまで頼まれていいことじゃない。
ダグラスさんは頭を上げると、じっと僕を見据えた。
「ミシャは、どうも王都の騎士団に直接出向くつもりでいるようなんだ。本音を言えばオレがついていってやりたい……だが立場がそうはさせてくれない」
ダグラスは頭を振った。詳しいことはわからないが、村長という立場上、騎士団に目をつけられるようなことはまずいということなのだろう。
「僕が、ミシャさんについて行けばいいんですね」
ダグラスさんはうなずく。
「回りくどい言い方になってすまん。だが、お前に断られると、もう打つ手がなかったんだ」
ダグラスさんは苦虫を噛み潰したような顔で言った。僕はそれを否定して、ダグラスさんに言う。
「構いません。僕は明るいミシャさんしか知らないけど、落ち込むミシャさんを見たくないです。僕にできることなら、なんでもします」
ダグラスさんは目に涙を浮かべているようだった。
「そこまで言ってくれるか……! ミシャはおそらく明後日の定期便に紛れて王都に向かうはずだ」
つまり、その時に僕も定期便とやらに紛れ込んで、ミシャさんの後についていけばいいんだな。
「任せてください、ダグラスさん。……それと」
僕はさっきからずっと気になっていたことを伝えた。
「唯一の家族じゃないと思いますよ」