第七話 魔法とスキル
ダグラスさんのところで暮らしはじめて一週間が経った。農業は覚悟していたよりも覚えることもやることもたくさんで、一週間では何ひとつとして満足にできるようにはならなかった。
「最初はそんなもんだ。気を落とすな、マヒロ」
ダグラスさんは豪快だけど優しかった。村人に慕われているのもよくわかる。僕がやらかした多少のポカは笑い飛ばして対処方法を教えて、それでおしまいだ。
今は午前中の作業を終えて、ミシャさんが作ってくれた軽食を食べているところだ。あちこちで車座になった村人が舌鼓を打っている。
「どうですか? 慣れましたか?」
「いやもう全然……。ダグラスさんたちはやっぱりすごいですね」
まだ午後の作業もあるというのに、僕は早々にへばっていた。全身が「疲れた」と喚いている感覚だ。
「ふふっ。マヒロさんは魔力がないですからね」
「えっ? 魔力の有無が関係あるんですか?」
「そりゃありますよ」
ミシャさんはくすくすと笑った。ミシャさんが言うには、自分の筋力を強化したり、疲れを癒したりする魔法を適宜かけながら働くのが普通だとのこと。
「僕にもどうにかして魔法使えないですか?」
「うーん……マヒロさんは魔力自体がないから……」
ミシャさんは困ったように笑う。
そういえば、ドナドナさんは「僕にはまったく違う言語として伝わっている可能性が高い」って言っていたな。あの時は魔力がないことのほうが重大っていう雰囲気で聞けなかったけれど、どういう意味なんだろうか? あれは魔力とは関係のない話なんだろうか?
「……魔法は使えないかもしれないけど、ドナドナさんが「全く違う言語として伝わっているかも」って言ってたじゃないですか? あれは魔法ではないの?」
「ああ、あれはスキルって呼ばれているものですよ。スキルは魔法ではなくて、使おうと意識しなくても自然に使えているものが多いです。こうやって立ったり座ったりするのも、厳密にはスキルなんだそうです」
ミシャさんは実際に立ったり座ったりしながら教えてくれた。
「それで、ドナドナさんが言っていたマヒロさんのスキルは、たぶん翻訳系のスキルです」
ああ、そこは僕があの時考えた通りなんだな。
「ある言語を別の言語に置き換える、そういうスキルです。勉強などで後天的に会得することもあります。マヒロさんは私たちの言葉を、無意識のうちにマヒロさんが元々使っている言葉に置き換えているのだと思います。……だから、マヒロさんの話す言葉、私たちが聞こえている言葉が、マヒロさんの出身の手がかりにはならないということです」
ミシャさんは落胆した様子だ。
「いやいや、落ち込まないでください、ミシャさん。おかげでこうして話せているんですから」
ミシャさんはちらっと僕のことを見て、一度目線を逸らし、それもそうかと呟く。
「そろそろ休憩も終わりですね。じゃ、マヒロさん。無理しない程度に頑張ってくださいね」
ミシャさんはスカートについた土を払うと、軽食の残りを回収して家の方へ去っていった。
それにしても、スキル……か。
異世界らしい言葉が出てきたと思えば、蓋を開けてみれば元いた世界とあまり変わらない概念だった。立ったり座ったりも、運動の一種といえばそうなので、たしかにスキルと言えなくもないだろう。
もちろん、僕のスキルの翻訳?は元いた世界にはないものだけど……。
なんだろう、パッとしない。
そりゃあ話が通じるのはありがたい。というか、通じないと困る。でも、異世界転移っていうトンデモに遭遇した結果これは、なんだかあまりにもお粗末だ。
「おぉーい! マヒロ、次はあっちの畑だぞ!」
「はい! 今行きます!」
なんだか釈然としないまま、僕はダグラスさんの元に急ぐのだった。