第六話 眠っていた時間
「さっきは、その、なんかごめんなさい……」
「いえいえ。マヒロさん、心細かったんですよ」
ようやく涙も収まって、僕は大変気まずくなっていた。どうしよう、ミシャさんとまともに目も合わせられない。ミシャさんのほうは気にしていないみたいで、特に変わった様子もないのが、なんだかちょっと悔しい。
「なにはともあれ、落ち着いてよかったです」
ミシャさんはぱっと明るい笑顔を浮かべる。
「荷物もまとまりましたし、いつでも行けますよ。どうします? マヒロさん、いつごろ向かいますか?」
「そうですね、暗くなる前には行きたいですね」
一瞬、ミシャさんの表情が曇った気がした。さっきまで、あんなに明るい笑顔だったのに。
「……まだ暗くなるまでは時間がありますね。少しだけお話ししましょう」
ミシャさんはまた明るくて人懐っこい笑顔を浮かべて言った。お話ししましょうと言われたものの、先程の表情の理由については聞きづらい雰囲気だった。
「私、マヒロさんは遠い異国の方だと思うんです」
ミシャさんは言った。間違ってはいない。ここからしたら、僕がいた世界は遠い異国のようなものだ。
「どうしてここに来たのか、なにか目的があったのかはさっぱりですけど、こうして言葉が通じるのも、昨日長い眠りから目を覚ましたのも、きっとなにか意味があると思うんです」
きっとなにか意味がある、か……。
「ん? 長い眠り?」
いい話の雰囲気だったし、できればつっこみたくなかったが、看過できない言葉が聞こえた。
「はい。大体……ひと月くらいでしたかね?」
ミシャさんはこともなげにそう言うが、一ヶ月!? それならスマートフォンの充電がなくなるのも当然だ。
「そ、そんなに長い間……」
あんぐりと口を開けた僕はさぞかし間抜けに見えるだろう。顔に気を遣えないくらい、僕にとっては衝撃だった。一日と言わずとも、せいぜい二、三日だろうと思っていた。それがまさかの一ヶ月。お世辞にも僕が知る医療が発達しているとは思えない村で、よくそれほど生きながらえたものだ。
「私がどうしてもって言うから、村のみなさんも協力してくれて……」
ああ、この村の人は文字通り命の恩人なんだな、と改めて噛み締める。これからダグラスさんのところで農業のお手伝いをすることになるけど、精一杯頑張らないと。決意を新たにした。
「見ず知らずの僕に、ミシャさんはそこまでしてくれたんですね」
僕は感動して、思わずそう言った。
「兄さんを思い出したから……」
「え?」
「いえ、私お世話するのが好きなんです! 倒れてるマヒロさんを見て、放っておけなかったの」
今「兄さん」って……。そういえば見たところ一人暮らしのミシャさんの家にどうして男物の服が? それに家も一人で暮らすには持て余すほど広い。僕が一ヶ月ベッドを占領していても、ミシャさんは他の部屋のベッドで寝ていたようだし、明らかにこの家は広すぎる。
ミシャさんの顔を見る。こころなし語気を強めた先程の口調とキリッとした表情。お兄さんについては触れてほしくないんだろう。それなら、触れない。
「ミシャさんが世話好きで本当に助かりました」
あはは、うふふ、と愛想笑いにも似た笑い声を掛け合って、それからふと窓の外を見る。ちょっと変な空気になってしまった。
「そろそろ陽も傾きますね。行きましょうか」
僕たちはそれぞれひと抱えはあるカバンを担いで、ダグラスさんの家に向かった。