第四話 叔父と姪
翌朝、僕はミシャさんに連れられ、ダグラスさんという人の家の前までやってきた。
ドナドナさんの家とは違い、どっしりとした石レンガ造りの家だった。ピュルエ村の中心に位置するこの家は、村の集会所としても使われるらしい。確かに周りの家と比べてひとまわりもふたまわりも大きかった。
「ダグラスさーん。例の男の子連れてきましたよー」
ミシャさんはドアをノックしながらダグラスさんを呼ぶ。中から何人かのざわざわとした声が聞こえてきて、その中には「ミシャちゃんが来たよー」「ダグラスさーん、お客さーん」というものもあった。村の人たちがここに集まっているのだと思う。
しばらくするとドアが開いた。二メートル近い大男がぬっと現れる。手袋と靴は泥だらけで、畑仕事に精を出していたのが一目でわかる。
「ほー。ようやく目が覚めたか」
泥がつくことも構わず自身の顎ひげを撫でながら、大男――おそらくダグラスさん――は僕を値踏みするようにジロジロと見た。
「佐伯真紘です。ミシャさんにはよくしていただいて……わっ!?」
ダグラスさんは僕の自己紹介を聞く様子もなく、大きな手で僕の両肩を掴んだ。手袋越しでも力強さが伝わってくる、無骨な手のひらだった。結構な力で掴まれたので、思わず声を上げてしまった。
「ほっそいな!!」
がははと豪快に笑い、ダグラスさんは僕の肩をばんばんと叩いた。裏表のなさそうな笑顔から、それは単に力が強いだけで危害を加えるつもりはないということはわかるが、それにしても痛かった。
「ダグラスさんはミシャさんの叔父さん……なんですよね」
「なんだ? 似てないって言いたいのか?」
「いえ、そんなつもりは」
ダグラスさんに凄まれて、僕は慌てて否定する。図星だったのでちょっと気まずい。
「ミシャの世話好きはオレ譲りだと言ってもいい」
なぜかふんぞりかえるダグラスさん。ミシャさんに世話になった身としては、その世話好きには感謝するところなので、なにも言えなかった。
「まぁいい。しかしなんだってこんなところで倒れていたんだ?」
ダグラスさんは当然の疑問を口にした。僕が答えに詰まっていると、先にミシャさんが口を開いた。
「覚えていないんだって。昨日、ドナドナおばさまに見てもらったけど、手がかりなしだったの」
ダグラスさんは驚いた様子だった。ミシャさんもダグラスさんも、ドナドナさんに信頼を寄せているようだ。どういう仕組みかわからないけれど、本人も自覚していないようなことを「鑑定」できるドナドナさんは、確かに手がかりを掴むのにうってつけの人材だろう。
ダグラスさんは顎に手を当て、何か他に方法はないか考え込んでいる様子だった。
「うーん……ドナドナさんでもわからないとなると、打つ手はないな」
想像よりも簡単に、ダグラスさんは諦めた。ぽんと手を叩き、ある提案をする。
「ま、どうせ行くアテもないんだろ。幸いなことにここは農村、働き手はいくらあっても足りない。どうだマヒロ、しばらくここに住まないか?」
「えっ! いいんですか!?」
僕としては願ってもいない話だった。ミシャさんに限ってそんなことはないと思うが、追い出されてしまったらこの異世界に僕の居場所なんてない。いつまでもミシャさんの好意に甘えるのは気が引けるし、ダグラスさんの提案は心の底から嬉しいものだった。
「もちろん、仕事は手伝ってもらうがな。寝床も飯も提供してやろう。ついでにその細っこい体、ばっちり鍛えてやるから、覚悟しとけ!」
「ありがとうございます!」
僕は勢いよく頭を下げた。ダグラスさんは気前よく笑った。鍛えてやる、というのが気になるが、異世界で生きていくのに力がないのは致命的だ。僕には魔法という選択肢もないのだから、なおさら。
「じゃあ荷物持ってこないといけないですね」
ミシャさんはふふふと笑った。こうなることがわかっていたみたいだった。もしかしたら……いやもしかしなくても、ダグラスさんはミシャさん以上に世話焼きなのかもしれない。
それにしても、荷物? 僕は身一つでこちらの世界に来たんじゃないのだろうか?
「荷物なんて持っていましたか?」
「荷物というほどではないかもしれませんが、ベットに寝かせる時に服を替えたんです」
「服を……」
視線を落とせば、僕はミシャさんたちと同じテイストの茶色を基調とした素朴な服を着ていた。薄緑の膝当てが可愛らしい。あまりにも当たり前に着ていたので、もともとこの服装で転移したものだとばかり思っていた。たしかに自覚してみれば体にぴったりとあったサイズではなく、シャツもズボンも一回りは大きい。
それにしても服って――そうか、学生服! トラックに轢かれた時の服装のまま、こちらの世界に転移したんだ。ということは、もしかしてアレもあるかも……!
「ミシャさん!」
「えっ! ……あ、大丈夫ですよ。着替えさせたの私じゃなくてダグラスさん……」
いや、そこはどうでもよくって!
僕はいてもたってもいられなくなって、ミシャさんに言った。
「服に手がかりがあるかもしれません! 取りに行きましょう!」
「手がかり……あっ! 確かに!」
「ダグラスさん、これからよろしくお願いします! 僕、精一杯働きます!」