第三話 鑑定の結果
ドナドナさんの家の中は、外見通りの薄暗さとは裏腹に、小綺麗な内装だった。さまざまな色を使いながらもシックな風合いの絨毯やタペストリー、使い込まれて艶が増した木製の家具なんかが、センス良く配置されていた。
中でも一際目を引くのは、ドナドナさん本人だった。色味こそまとまってはいるものの、カラフルな布地にくるまったような、独特な服。隣に佇むミシャさんの服装が茶色を基調とした素朴なものだから、余計に目立つ。
「ドナドナおばさま。こちらがマヒロさん。さっき目を覚ましたの」
ミシャさんは簡単に僕を紹介し、僕に手近な丸椅子に座るよう促した。僕が着席するのを見届けて、ミシャさんも傍らの椅子に腰掛ける。
「どうもはじめまして。ミシャは私のことをどうも買い被りすぎている節があってね、貴方もそれほど期待はしないでおくれよ」
ドナドナさんは品のいい所作で、布地の隙間から手を伸ばす。細い腕には金属製の輪っかがいくつも付いていた。
「失礼するよ」と断って、ドナドナさんは左手で拳を作り、そっと僕の胸に押し付けた。ドナドナさんは緩く拳を握っているだけなのに、すぐそこにもうひとつ心臓があるみたいに脈拍を感じた。
触れられているところから、じわりと熱が広がる。熱はゆっくりと時間をかけて、頭のてっぺん、指先、爪先まで行き渡った。その後はまたゆっくり時間をかけて、胸の辺りに集まっていく。
「おや……おやおや」
ドナドナさんは心底驚いた様子で小さく声を上げた。先ほどよりも強く、拳が押し付けられる。伝わる熱も強まった気がする。
そんなことを何度か繰り返し、ドナドナさんはようやく拳を離した。腑に落ちない様子でため息を吐き、あらかじめ用意してあった紙になにかを書きはじめた。
「……長く生きているが、こんなのは初めてだよ」
ドナドナさんは深くため息を吐き、伝えるべきかどうか迷っている様子だった。なにかとんでもなくすごい力があって信じられないとか、そういうプラスの様子ではないように見える。どちらかと言うと、本当に悪いニュースを伝えるのを躊躇っているときの、バツの悪い感じがした。
「私、席を外したほうがいい?」
ミシャさんが気を遣ってそう聞いてきたが、僕は首を振ってそれを制した。何か言われても、僕だけでは正しく理解できると思えなかったからだ。
ドナドナさんはひときわ大きく息を吐き、僕を見やった。
「貴方にはあるべき魔力がない。どんな人間にも漏れなく存在するはずの魔力が、ほんのわずかにもない」
隣でミシャがはっと息を呑む音が聞こえた。僕はというと「魔力」というものがピンとこず、「それは僕が異世界転移してこの世界に来たからでは?」と思っていた。
「そんな……だって、魔力がないなんて」
ミシャは恐ろしいことを口にしてしまったとばかりに口を覆った。ドナドナさんはかぶりを振り、確信があるのに信じられない、と言いたげな複雑な表情を浮かべていた。
「それだけじゃない。どう言った能力があるのか、その鑑定も極めて難しい。既知のどのパターンにも当てはまらない能力が多すぎる」
例えばこれ、とドナドナさんは紙に書きつけた模様を差した。
「このパターンは言語、そして現れている場所は感情。これ自体は翻訳関係の能力に見られる特徴だが、マヒロの場合はパターンに感情が混ざりすぎている」
ドナドナさんは僕とミシャさんの顔を見て咳払いした。
「……ともかく、これでは今通じていると思っている言葉も、まったく別の言語として伝わっている可能性が高い。ほぼそうだと言い切れる。つまり」
「つまり、言葉が通じるからと言って、この近くの出身ではない、ということ?」
ミシャさんははっとした。ここに来るまでに話していた手掛かりが一つ消えたことが、ショックだったんだろう。
僕はといえば、これで合点がいった。ミシャさんたちと話ができていることもそうだが、それ以上に固有名詞が聞き取りづらかったことについてだ。おそらく、無意識下で翻訳できない言葉は聞き取れないんだ。
「ほかにもなにか素性の手がかりはないか、いろいろと探ってみたが……あいにくと既知の能力に当てはめがたいものが多くて、ほとんどわからなかった」
ドナドナさんは紙を一瞥して残念そうに言った。それからその紙を僕のほうに手渡して、椅子に深く腰掛け直した。
「すまない、ミシャ。先程の鑑定で魔力を使いすぎた」
ドナドナさんはこころなしか虚な目で言った。
「うん……ドナドナおばさま、ありがとう……」
ミシャさんはショックを受けたままお礼を言うと、僕の手を引いてドナドナさんの家を後にした。
陽は傾き、あたりはオレンジ色に染まっていた。ミシャさんの青い髪は夕陽を受けて黒髪のように見えた。
「あの、ミシャさん。魔力がないって、どういう……」
ミシャさんは肩をピクリと振るわせた。
「魔力や魔法のことも知らない?」
ミシャさんは努めて明るい調子で微笑んでいるようだった。僕がうなずくと、ミシャさんは「見てて」とだけ言って少しだけ離れたところまで駆けていった。
「私、意外と得意なんだよ」
夕陽はみるみるうちに沈んでいき、あたりは青っぽい暗闇に覆われていた。少し離れたところでミシャさんはスカートを翻しながらくるくると回った。ぽっぽっと白い光の粒が舞う。
昼間に見た風景とは違う、幻想的で少し妖艶な景色だった。ミシャさんの髪は白い光を反射して青く輝きながら、闇夜をかき混ぜていた。
「これはね、光の魔法。本当は明かり代わりに使うんだけどね」
それから、とミシャさんはさまざまな魔法を見せてくれた。ぱちぱちと燃える火花や、ふわふわと漂う水滴……おおよそ魔法と聞いて思い浮かぶ全部を、舞踊りながら披露してくれた。
その姿はあまりにも綺麗で、自分に魔力がないことが悔しくなるほどだった。
「あはは、ねぇ、マヒロさんが褒めてくれるから、踊りすぎちゃった」
あたりはすっかり暗くなっていた。ミシャさんは肩で息をしていて、暗くて顔はよく見えないけど、声色は楽しそうだった。
「明日はダグラスさんのところに行こう。そうしたら、今度こそなにかわかるかも」
<改稿履歴>
2022/03/31 サブタイトル付与