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魔法適性ゼロの異世界転移  作者: 藪蛇
第一章 村の暮らし
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第一話 ここはいったいどこなんだ?

 瞼越しに光を感じて、僕は目を開けた。ぼんやりと霞んだ視界には、見知らぬ天井が映る。


 ――僕はトラックに轢かれて死んだはず。


 記憶ははっきりとはしないが、最期に見た灰色の空が夢や幻だとはどうしても思えなかった。今見える世界はしっかりと色付いていて、灰色の世界ではない。

 もしかしたら、病院で目が覚めたのかも。そう思い至って寝たままの体勢で目を動かすが、近くに誰もいない。部屋の明るさからして昼間だろう。そんな時間帯なら、看護師さんやお見舞いの誰かがいてもよさそうなものなのに。

 誰かに状況を聞かなきゃ、と体に意識を向けると、不思議なことに痛みがないことに気が付いた。そんなわけない。一命を取り留めたとしても、あんな目に遭って怪我ひとつないことなんて、ありえない。胸がざわついた。


 居ても立っても居られなくなり、僕は自分が寝かされているベッドから起き上がった。途端に言い知れない違和感に襲われる。

 病院のベッドにはどうにも見えない、木製のどっしりとしたベッドフレーム。そこに掛かる、色とりどりのパッチワークの掛け布団。ニスも塗られていない無骨で年季の入ったフローリング。土か漆喰で塗り固められたザラザラとした壁。柱やドアも見慣れた滑らかな製材でなく、凹凸のある木材。窓枠にはめられたガラスも表面が波打ち、外の景色は歪んでいる。

 叫び出したい気持ちでいっぱいだった。


「あっ……。目、覚めましたか?」


 女の子の声。僕と同じくらいか、少し若いくらい。少なくとも僕が期待するような大人の声ではない声。

 僕はおそるおそる声のした方を振り返った。


 木製の桶を抱えた女の子がこちらを心配そうに見つめていた。声の印象通り、同い年か少し年下か、そのくらいの年頃に見える。でも、この子のにもまた、違和感を感じた。

 青い髪。腰まで届くような長い髪の毛は、根本から毛先まで目が覚めるような青色だった。染めているような感じではない。青い髪が放つ違和感は強烈だけど、「もともとこうでした」と言わんばかりによく馴染んでいた。


「起き上がって大丈夫ですか?」


 八の字の眉をさらに寄せて、女の子は心配そうに近寄ってきた。何重にも布が重なっているのか、歩くたびに重そうなスカートが遅れて揺れる。


「あの、ここは……?」


 女の子の質問には答えられなかった。ここはどこ? なんてまるで記憶喪失みたい。

 女の子はというと、心配が和らいだのか、眉を寄せるのをやめて微笑んだ。


「◾️◾️◾️村です」


「え?」


 聞き取れなかった。村の名前を教えてくれたということはわかるのだけど、聞き覚えのない言葉と発音に、脳みそがついていかない。


「ごめんなさい。もう一度お願いします」


「◾️◾️◾️村、です」


 今度もやっぱり聞き取れない。女の子の顔を見れば、再び心配そうに眉を寄せていた。


「すみません、聞いたことのない村だったので……」


 3度も聞き返すと余計に心配をかけてしまいそうで、お茶を濁した。

 村の名前は文字の並びが目新しいとか、そういうたぐいのものではなく、発音自体が馴染みのないものだった。女の子の話す言葉は僕が話すものと同じなのに、唐突に混ぜ込まれたまるで馴染みのない発音は違和感の塊だった。


「それで、えぇっと……。ああ、起き上がっても大丈夫です。特に痛みもありません」


「そうですか。よかったぁ……」


 女の子は心底安心したように、ほっと胸を撫で下ろした。


「驚きました。道の真ん中に倒れていたんですよ」


 はにかみながら、女の子はそんなことを言った。


「最初は行き倒れかと思いました。でも、身なりは綺麗だし、痩せこけてもしないし。それで、森の動物に襲われたのかとと思ったんですけど、傷のひとつもないし……。ほんと、目が覚めてよかったです」


「介抱してくれたんですか?」


 女の子は照れ臭そうに頷く。僕はお礼を言って頭を下げた。見ず知らずの人を助けてくれるなんて、なんていい人なんだろう。


 そう思うと同時に、いくつも疑問が湧いた。

 人が倒れていたとして、どうして自分の家に招き入れて介抱するんだろう? 救急車なり警察なりを呼んで、病院に搬送されるのが普通じゃないだろうか?

 それに真っ先に口から出てきたのが「行き倒れ」。事故や病気で倒れているならなんとなくわかるけど、真っ先に思い浮かぶほど、行き倒れがメジャーなものだとは思えなかった。


「僕みたいなことはよくあることなんですか?」


 女の子は一瞬きょとんとして、それから「まさか」と手を顔の前で振って否定した。


「はじめて……は言い過ぎですが、そんなに頻繁にあることじゃないです。ここは都市からも離れていますし、そもそも外から人が来ることは少ないですし」


 そこまで言って、女の子は「あ」と思い出したように言葉を切った。


「えぇっと、お名前……。私はミシャと言います。お名前を教えてもらえますか?」


 少し怪しかったが、「ミシャ」という名前は聞き取れた。もしかしたら「ミサ」かもしれない。村の名前ほどではないけれど、名前の発音も聞き馴染みのないものだった。


「佐伯真紘です」


 それにしても、ミシャってたぶん下の名前じゃないだろうか? 初対面の自己紹介で下の名前を名乗ることは、あまりないような気がする。


「マヒロさんですね。どうして倒れていたか、覚えていますか?」


 ミシャさんは当たり前のように下の名前を採用して、次の質問へと移った。なんだろう、この違和感。

 自分にはあまり馴染みのない文化圏に来たら、こんな違和感を覚えるんじゃないだろうか。些細な、でも常識的な部分の違いを感じずにはいられない。


「マヒロさん?」


 黙りこくっていた僕に、ミシャさんは再び心配そうな顔になる。


「すみません、えっと、どうして倒れていたかでしたよね」


 記憶を辿るまでもなく、「交通事故に遭ったから」だ。ただ、ミシャさんから聞く限りでは、なんだか正しい答えではない気がする。

 トラックに轢かれそうになって、世界がスローモーションになって……その前は? その前に僕は突飛もないことを考えていた。


 まるで異世界転生モノの冒頭みたい――。

<改稿履歴>

2022/03/31 サブタイトル付与

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