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 アルベルトとブライトナー、二人の仲の悪さを決定的にしたのは剣術基礎と魔術概論の時間だった。16歳を迎えた今ではとっくにブライトナーの背丈を抜いているアルベルトだが、入学したばかりの頃はブライトナーの方が高いくらいだった。

 だから、身体を動かす剣術基礎も互角の腕前だったのだが、ブライトナーの身長の伸びが緩やかになるのと、アルベルトがぐんぐん成長しだすのは同時だった。

 背丈に差がある分、リーチの長いアルベルトに分がある。

 一方、座学では負けなしのブライトナーが中でも得意としているのが魔術概論だった。

 高名な魔導士を輩出する、と有名な一族の一人であるだけに、元々もった天賦の才か、努力の賜物か、彼が魔術概論でこの4年間主席を譲ることはなかった。

 アルベルトにはそれが腹立たしい。

 剣術基礎では七対三の割合でアルベルト有利にしても、魔術概論では十対〇で完全にブライトナーに分がある。総合的にみると自分の方がブライトナーに劣っているような気がしてならないのだ。


 無意識に二の腕をさすっていたことにふと気づく。

 おそらく何事もなければ、数日後にはアルベルトの左腕にも、シェリーと同じ腕輪がはめられることになるだろう。一生、魔術を行使するための呪いを血に宿すことを代償に。

 腕輪は魔法の行使者が、魔力の暴走から身を守るための最大にして最後の砦だ。腕輪は2枚の分厚い金属を前後ひとつずつ、合計2つのボルトで固定され、その円の状態を保っている。その円の上下に7個ずつ、合計14個の一回り小さいボルトが填められていて、魔術を行使するごとに、代償として抜けていく。2枚の金属を固定している大きな2つのボルトまでが外れると、腕輪は効力を失い、「人」ではなくなる。

 軍や政府にも数々の魔術師がいるが、その誰もがいつか人でなくなる危険を背負うことになる。

 元々、建国当初、魔法は選ばれし者にしか使えない、限られた術だった。それが数々の魔導士の研究と犠牲によって、人工的に魔力を増幅させる触媒を体内に埋め込み、血を巡らせ、人間がより便利に生きていくための「道具」として使うことができるようになったのだ。

 しかし、その代償もある。

 触媒によって、本来一般人には行使できないほど微力な魔力を、強制的に増幅させるのだから、腕輪が抑えられる範囲をとうに超え、その強大な力に呑みこまれてしまう者たちもいた。彼らは人ならざる異形の者となって、現れる。そんな「害獣」を駆除することも、魔導士の仕事のひとつだった。

 アルベルトの父は、閣僚を目指してフロイデンタールで励め、とアルベルトを送り出したが、彼自身、自分は国の大局を見極められるような人間ではない、と思っていた。

(自分は一片の刃となるべき人間だ)

 ベルクマン家の一員として、もちろん王国を支えていきたい。けれど(まつりごと)の才能があるとは思えない。アルベルトは、まるで今から後宮のような様相を呈している同級の女学生を見ると、彼女たちの方がよほど政治に長けていると思う。

 忘れられがちだが、フロイデンタールは共学だ。しかし、シェリーのように一人の軍人として卒業していこうとするのはその中の極々少数で、その大半が実地教程半ばで脱落していくか、文官となるか、フロイデンタールで見つけた夫の妻となるか、だ。

 良家の子息が集まるフロイデンタールは彼女たちにとって、格好の狩場でもあるのだった。

(そういえば、ブライトナーの浮いた噂はきいたことがないな)

 ブライトナーの、なぜか女子には人当たりがいいところもちゃらちゃらしていて嫌いなのだが、そのくせ彼が誰かと付き合っているという話はただの一度も聞いたことが無い。

 まあ、ついこの間まであのドバリーが番人よろしくくっついていたから、そんなもの作る暇も与えてくれなかったんだろうな、と思わなくもないが。

 大体の荷解きを終えて、ばたりとふかふかのベッドに身を任せる。叔父から入学祝にもらって以来、肌身離さずつけている腕時計が午後7時を告げている。

 夕食と、いよいよ新しい寮に移って、新たな仲間と共に過ごす4年間の始まりに同級生がそわそわしだすころだ。

 食堂でさっさと夕食を済ませる。こんな日にゆっくり食事している奴なんかいない。

 年に何度あるか分からない無礼講の日なのだから。

 足早に寮の大広間に向かうと、とっくに騒ぎは始まっていた。18歳から成人として飲酒が認められているから、先輩の中には早々に酔いが回っている先輩もいれば、アルコールを口にしたわけでもないのに馬鹿笑いしている連中もいる。

「ベルクマン」

「…フーゴ」

 褐色の肌に白い歯がまぶしい。無意味に目を細めてしまったら、「また気難しい顔して」と笑われた。祖父の代に南方の国から移民としてこの国に根付いたフーゴは、その血を色濃く外見に残している。濡れたように黒い髪と、その肌の色は、女性との間でも頻繁に話題になるぐらいには魅力的だ。

「お前も同寮だったのか」

「ああ、ベルクマンはお上品だからブロードハーストの連中は性に合わないんじゃねーの?」

「…お前はぴったりみたいだな」

「おかげさまで」

 整った歯並びで爽やかに笑うさまは、これからの数年間で異常に男前が増しそうな気配をぷんぷんさせている。

 とはいえ、アルベルトはこの爽やかで、その実話すと軽薄。しかし意外とやるべきところはしっかりもしている、という奇妙な友人のことを気に入っているのだった。前寮の時も4人部屋の同室のうちの1人で、よくフーゴが抜け出すのを手伝ってやったり誤魔化してやったりしたものだ。

 そんなアルベルトにフーゴは素知らぬ顔で『ベルクマン家のお坊ちゃんって聞いてたから、てっきりプライドツンツンで、俺みたいな平民はお呼びでないのかと思ってたよ』だのと言うのだった。

 自分がベルクマン家の子息なのも、プライドが高いのもまあ事実ではあるのだろうが、そんなふうに言われると苦笑するしかないので、こいつは本当にそういうところがうまいなあ、とアルベルトはよく思っていたのだ。

「どーよ、しゅくめーのライバル、ブライトナーと同室ってのは」

「どーよも何も、まだあいつとまともに話してない」

 はっはー、と得意げな顔をするフーゴに、並々と飲み物が入ったゴブレットを押し付ける。フーゴが押し付けられたゴブレットを事もなげにあけ、意味深に流した視線の先には寮長のディーン・ミネギシと巌のような体型のその仲間たちに、もみくちゃに頭を撫でまわされている所だった。

 ティーンたちの手から逃れながらも、笑っているブライトナーはなんだか年相応に見える。

「ふーん、ブライトナーって結構かわいい顔で笑うんじゃないの」

「男にかわいいもなにもないだろ」

「いやいや大事大事。日々の生活に潤い!」

 そういって笑うフーゴの前向き加減は、アルベルトも見習いたいところだ。


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