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 アルベルトの視線に気づいたらしいドバリーが、ブライトナーに耳打ちしている。

 舌打ちを抑えて目をそらす。

 視界の端で、ブライトナーが振り向くのに気付いた。どうせすぐ素知らぬふりをするんだろうけど。

 あいつらの寮で、今日ネクタイを渡すのはきっとブライトナーだろうと思っていた。結果は予想に違わず彼だったわけだ。


 最後の一人にネクタイを渡し終えて扉を閉める。アルベルトの方には、ドバリーのような取り巻きはいないから自分で扉を閉めるしかないのだ、と皮肉気に思う。

 全部で三寮あるうちの残り二寮も程なくしてネクタイを渡し終え、扉を閉める。9年生、5年生の順でネクタイを渡すことになっているので、自分たち5年生の入場で最後だ。

 学校長からの堅苦しい挨拶、各教員からの進級祝いの言葉。誰もがそわそわと話半分で聞いている。教員の方もそれを分かっているのか、皆、話は手短に畳んでしまう。

 5、9年生はその後にある寮割りのことで頭がいっぱいだし、その他の学年の生徒も今晩各寮であるどんちゃん騒ぎのことしか考えていないのだ。

 ぞろぞろと教員たちが広間を後にすると同時に、教員たちの席の後ろに白い布がかけられた大きな板が現れる。

 年に一回この時期に寮割りを発表するだけに使われるその巨大な掲示板に張り出された名前を見て、我が目を疑う。

 2人部屋の相手として、自分の対となる列に書かれていたのはロイク・ブライトナー。アルベルトとは離れた席で苦虫を噛み潰したような顔をしている彼だった。




 昨晩の間に荷物をまとめていたから、新しい自室への引っ越しに大した手間はかからなかった。元々家具や寝具は備え付けのものがあるし、大きなトランクとたった二つの箱で自分の身の回りの物や洋服、教科書などは事足りた。

 元々、基礎教程の間は城の外へ出る機会がほとんどなかったこともあって、手持ちの私服なんかも数えるほどだった。

 もし必要なものがあればその時は、家から持ってきてもらうように頼めばいい。


 城をコの字型に囲む巨大な建物は全て学生寮となっていて、その各辺がそれぞれの寮となっている。

 城から一番近い順に学年が低くなっていて、学年が上がるほど個人の自由が確保されるという寸法だ。全学年共通の共有スペースが大広間として、寮の中ほどの階に位置している。10年生が各寮の寮長を務めている。

 一度荷物を部屋に置き、憂鬱なまま大広間へ足を運ぶ。ブライトナーとなんてうまくやっていけるわけないし、教員か何かの意図を感じる。今更文句を言ったところで、アルベルトにはどうしようもないのだが。


「ようこそ、我らがブロードハースト第二学生寮へ」


 腕を組んでアルベルトたちを迎えたのは、東方系にしては珍しく骨太で背の高い男だ。岩から切り出したような武骨な様相は、見るからに軍人だった。10年生ともなれば22歳。まだ10代そこそこのアルベルト達と一際も二際も違うのは当然のことだった。

 彼の隣には金髪碧眼の女性が立っていて、そのブロンドは首筋ですぱりと切りそろえられていた。腕を組む細身の彼女の二の腕には武骨な太い金属の腕輪が片腕にだけはまっていて、その独特の装身具を見れば誰もが一目で彼女は魔導士志望なのだ、という事が分かる。


「俺は寮長のディーン・ミネギシ。正直面倒なんで寮の細々したことは彼女に任せてる。シャリー」

「私が副寮長のシャーリー・マクネアです。アッテンボロー、コールフィールドから来てくれた子は何かと勝手が違うことも多いだろうと思うけど、そんなときこそブロードハーストのことをよく知ってる同期の力を借りて。ディーンはこんなこと言ってるけど、もしなにか困ったことがあれば彼になんでも言ってください。見ての通り頼りになるから」


 シャーリーの言葉に、ディーン本人はえらく嫌そうな顔をする。どうやら本心から面倒事を嫌がっているらしい。

 確かに10年生ともなれば、いよいよ卒業と同時に国の中枢へ実際に行くわけだから、後輩連中の面倒を見ている暇なんてないはずなのだ。そんな中で寮長と副寮長に選ばれるのは、本人たちにとって名誉なことであると同時に、厄介ごとでもあるのだった。


「とりあえず今晩一晩は無礼講だ。俺たちや教員たちの手を煩わせない程度に騒いでくれて結構。お互い親睦を深めてさっさと打ち解けておいたほうが利口だぞ。人とごたつきながら、ついてこれるほど実地教程は甘くないからな」

 にやりと唇の端をつりあげるティーンに、シャーリーはため息を隠さない。

「ディーン…入寮早々、後輩をいじめなくたっていいわよ…」

「失礼な。後輩じゃないだろ、先輩から後輩への暖かいアドバイスだ。なんせ、今年のブロードハーストは豊作だからな。4年寮主席が二人もいる」


 にやりと笑うディーンの視線は間違いなくアルベルトに注がれていた。今日、寮の同級生にネクタイを配ったことからも明らかだが、アルベルトは前寮・コールフィールド第三学生寮で主席の座を勝ち取った。


「ベルクマン、我らがブロードハーストのエースと仲良くやれよ。ブライトナー、お前色々と寮のことやら教えてやれ」


 相変わらず表情を曇らせたままのブライトナーは、珍しく「…分かってます」だのと、反抗的な態度だ。しかし、ディーンが気を悪くした様子はない。

「ディーン、いい加減いつものブライトナーいじりはやめなさい。大人げない」

 シャーリーがいい加減話のたたみ時だ、とディーンをせっつく。なんせ、ここにいる面々は進級式を終え、まだ寮を移ってから荷ほどきもしてないのだ。

「はいはい、シャーリー、分かったよ」


 散れ散れ、というディーンの言葉を合図に、学生は散っていく。部屋が同じだから必然的にブライトナーの後ろをずっと歩くことになる。

 居心地悪い。

 それはあっちも同じようで、いつにもましてやけに早足で寮の階段を上っていく。

 重たい戸を開けるブライトナーに続く。先程は荷物を置いてバタバタと階下に降りて行ったから気づかなかったが、やはり4人部屋と比べて大分広々としている。

 2人分のベッドと机が背中合わせに並べられていて、天蓋付の大きなベッドがプライベートスペースの仕切りの役割も果たしている。

 気が重い。

 ただでさえ、コールフィールドから移ってきてアウェイだというのに、同室がブライトナーではまったく頼りにならない。

 黙々と教科書やノート、着替えをトランクから出しては、てきぱきとあるべきところをへ収めていくブライトナーの背中を見やる。

「…寮を移ったと言っても、同じ学校の中なんだから規則は大して変わらない。一々説明されるより、分からないことはその都度聞いた方がいいだろう?」

 首だけアルベルトの方を向けて、にこりともせずにブライトナーはそう言った。無言のうちに『だから、余計なことで僕の手を煩わせるなよ』とでも言わんばかりの視線だった。


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